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関東軍の将校たちの視線が、その小さな機械へ集まった。オスプレイという巨大な航空機で飛来しておきながら、特使たちが証拠として取り出したものは、書類より少し大きい程度の薄い箱だった。特使の随員がノートPCの蓋を開くと、内側の黒い面が明るくなった。何人かが思わず身を乗り出したが、梅津は動かなかった。吉本は画面と操作する随員の指先を交互に見ていた。
「これは何だ」
「電子計算機です。われわれはパソコンと呼んでいます」
「計算機?」
「計算だけに使うものではありません。文書、写真、映像なども記録できます」
説明だけでは意味が通じていないことを察し、随員は最初の資料を表示した。画面いっぱいに現代の東京が現れた。高層建築が林立し、その間を高架道路が走っている。別の写真へ切り替えると、何本もの線路が集まる巨大な駅が映った。さらに夜の東京、自動車で埋まった道路、高速鉄道、空港へと画像が変わっていった。
「東京だと言うのか」
「はい」
「どこだ、これは」
場所を説明すると、関東軍側から小さなどよめきが起きた。地名そのものは知っている。しかし、そこに映っている街を知る者はいなかった。写真は次々と切り替わり、国会議事堂が現れた。建物そのものには見覚えがある。それでも周囲の景観はまったく違っていた。
特使は別の再生機を動かした。今度は静止画ではなく映像が流れ始めた。自動車が走り、人々が歩き、高速鉄道が画面を横切った。色がついているだけではない。人間も車も動き、その動きに合わせて音まで出ている。映画なら理解できる。しかし映写機もフィルムもない。机の上に置かれた小さな機械だけで映像が流れている。
「映画か」
「記録映像です」
「フィルムはどこにある」
「使っていません」
その答えに、吉本が再生機を覗き込んだ。
「この中に入っているというのか」
「はい」
「何尺ある」
「尺では数えません」
また一つ、話が通じなくなった。
映像は海へ移った。灰色の艦艇が進み、甲板から航空機が発進する。見慣れた軍艦とは形が違う。巨大な砲塔がなく、代わりに用途不明の構造物が並んでいる。続いて迷彩服を着た隊員たちが映った。彼らの制服は、飛行場へ降り立った者たちと同じだった。
「これが自衛隊か」
「はい」
「陸軍でも海軍でもない?」
「われわれの時代には、現在の陸軍と海軍は存在しません」
その一言で、それまで機械に集まっていた注意が特使へ戻った。
梅津が口を開いた。
「存在しないとは、どういう意味だ」
特使はすぐには答えなかった。
「その経緯については、今回の任務で開示を許可されていない事項が含まれます」
「未来の日本を説明すると言いながら、そこは話せないのか」
「はい」
「都合の悪いところは秘密というわけか」
吉本の声には明らかな不信があった。
「そう受け取られても仕方ありません。ただし、われわれがここへ来た目的は未来の歴史をすべてお伝えすることではありません」
「では何だ」
「まず、1941年の日本側諸機関との連絡を回復することです。そして、これ以上軍事行動を拡大させないための協議を始めることです」
室内の空気が少し変わったが、特使はそこで話を広げなかった。今日ここで満州の将来を決める権限など、自分たちにはない。高畠からも、それを忘れないよう念を押されている。
再生機の映像が切り替わった。
今度は日本人とアメリカ軍人が並んでいた。背後には日の丸と星条旗が掲げられている。別の映像では、日本の港にアメリカ海軍の艦艇が停泊していた。
「これが、先ほど申し上げた日米関係です」
梅津は画面を見つめた。
「同盟国」
「はい」
「日本国内にアメリカ軍がいるように見える」
「います」
「占領されているのではないのか」
「違います」
「そう言われて、はいそうですかと信じると思うか」
「思っていません」
特使は淡々と答えた。
「ですから、信じていただくために来たというより、まず事実を確認していただくために来ました。われわれが乗ってきた航空機も調べていただいて構いません。ただし、分解はしないでください」
その言葉に、関東軍側の何人かが顔を見合わせた。
「なぜ分解してはいかん」
「元に戻せなくなる可能性があります」
「我々の技術者を馬鹿にしているのか」
「そういう意味ではありません。80年以上の技術差があります。われわれ自身でも、製造元の設備なしには修理できない部品があります」
吉本の表情が変わった。
「80年……」
初めて、その時間が数字として現実味を持ったようだった。
特使はノートPCを操作し、現在の日本列島の地図を表示した。次に1941年の地図を並べた。関東軍側の視線が画面へ集まる。朝鮮半島、台湾、満州、中国大陸。1941年の地図では日本の勢力圏として描かれている地域が、現代の地図ではまったく違っていた。
「待て」
吉本が鋭く言った。
随員の手が止まった。
「この地図は何だ」
「20XX年の東アジアです」
「朝鮮は?」
特使は一瞬黙った。
「現在の説明に必要な範囲を超えます」
「台湾は」
「同じです」
「満州はどこへ行った」
その問いに、室内が静まり返った。
特使は画面を閉じた。
「その問題について、今日ここで回答することはできません」
「できないのか。したくないのか」
「両方です」
吉本が何か言おうとしたが、梅津が手を上げて制した。
梅津は閉じられたPCを見た。それから特使たちへ視線を戻した。
「君たちは、我々が知らないことを知っている」
「はい」
「この満州の先も知っているのだな」
「われわれの知る歴史については」
「我々がどうなるかも?」
特使は答えるまでに少し間を置いた。
「記録はあります」
「見せられない」
「はい」
梅津は椅子の背へ身体を預けた。
「妙な話だ。80年後から来たと言い、証拠らしきものを持ってきた。南雲中将が極秘作戦を中止したと言い、アメリカとは同盟国になったと言う。そのくせ、肝心なことは話せない」
「申し訳ありません」
「謝ってもらいたいわけではない」
梅津はしばらく黙った。部屋の中には、さきほどまで映像を流していた再生機の小さな作動音だけが残っていた。
「ひとつ聞こう」
「はい」
「東京はどうなっている」
特使は質問の意味を測りかねた。
「現在の東京、という意味でしょうか」
「そうだ。君たちの日本には政府がある。軍隊の代わりに自衛隊なるものがある。そして総理大臣までいる。ならば、現在の東京は正常に機能しているのか」
「混乱はしています。しかし政府、行政、交通、電力その他の主要機能は維持されています」
「国民は?」
「混乱しています。それでも生活しています」
「日本そのものが滅びたわけではない」
「はい」
梅津は小さくうなずいた。
その質問が何を意味しているのか、特使にはまだ分からなかった。しかし関東軍側にとって重要なのは、未来から来たという話以上に、本国が現在も国家として存在しているかどうかだった。
吉本が机の上の書類を指した。
「この高畠という人物が、現在の日本政府の首班なのだな」
「はい」
「その政府は、我々に何を求めている」
ようやく、そこへ来た。
特使は姿勢を正した。
「本日は、まず皆さんとの連絡を確立し、われわれの存在と日本で起きた事態をご説明することを第一の目的としております」
「それだけではあるまい」
「はい」
特使は否定しなかった。
「日本国政府は、満州および中国大陸における軍事行動について、皆さんと協議する必要があると考えています」
吉本の目が鋭くなった。
「協議?」
「はい」
「命令ではなく?」
「われわれの政府には、関東軍へ命令を下す権限があるとは考えていません」
その答えは、関東軍側にとって予想外だったらしい。何人かの将校が互いの顔を見た。
梅津も特使をじっと見た。
「自分たちを未来の日本政府だと言いながら、我々に対する指揮権はないと言うのか」
「はい。皆さんは1941年の日本の制度に基づいて行動されています。われわれは20XX年の日本国政府です。同じ日本人だからという理由だけで、われわれが皆さんの上級機関を名乗ることはできません」
「では、何をしに来た」
「話し合うためです」
再び沈黙が訪れた。
それまで関東軍側は、目の前の一行が正体不明であることを警戒していた。しかし、話を聞けば聞くほど別の疑問が増えていった。もしすべてが巨大な欺瞞なら、その目的が分からない。未来日本が関東軍を支配しようとしているのなら、なぜ自ら指揮権を否定するのか。軍事機密を知り、見たこともない航空機と機械を持ちながら、肝心な未来情報は制限している。
そして何より、飛行場にはいまもオスプレイがある。
あれだけは議論しても消えなかった。
梅津は机上の高畠の文書をもう一度手に取った。
「今日はここまでにしよう」
特使がわずかに頭を下げた。
「承知しました」
「君たちの話を信じたわけではない」
「承知しています」
「だが、調べる価値はある」
梅津は吉本へ顔を向けた。
「飛行機について調査させろ。ただし壊すな」
「はっ」
「それから、この者たちの宿舎を用意しろ。勝手に市内を歩かせるな。監視もつける」
特使は異議を唱えなかった。
「明日、続きを聞く」
「ありがとうございます」
会見はそこで終わった。




