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しかし政府が目を向けなければならないのは満州だけではなかった。中国大陸には戦線が広がり、さらに南方にも日本軍部隊が展開している。真珠湾攻撃だけを中止しても、別の場所で戦闘が拡大すれば日米交渉そのものが崩れかねない。
「東南アジア方面にも人を送る必要があります」
外務大臣の報告に、高畠は疲れた顔でうなずいた。
「今度は何で?」
「海路が現実的です」
「護衛艦ですね」
「はい。現地部隊との接触、状況確認、政府方針の伝達を兼ねます」
「出してください」
高畠は即答した。
「ただし、こちらも攻撃目的ではないことを徹底してください。日本軍を止めに行った自衛隊が日本軍と撃ち合ったなんてことになったら、何をしているのか分かりません」
こうして海自には、太平洋の通信中継とは別に南方へ向かう任務が加わった。海保との調整、燃料、補給、現地との識別方法、1941年側の日本軍との通信手順。
防衛省作戦室では、例の参謀の机へまた新しい資料が運ばれた。
「満州です」
部下が一冊置いた。
「聞いてる」
「こっちは南方です」
もう一冊積まれた。
「それも聞いてる」
「オスプレイの運用計画です」
「そこに置いて」
「護衛艦派遣案の改訂版です」
参謀はようやく顔を上げた。
「まだある?」
「あります」
参謀は胃薬の瓶へ手を伸ばした。
「先にそれを聞くべきだったな」
官邸の決定は、準備が進むたびにニュースとなって国民へ伝えられた。真珠湾攻撃阻止の次に流れたのは、政府が朝鮮半島、台湾、満州との接触を開始するという速報だった。さらに九州から政府特使を乗せた自衛隊機を大陸へ派遣する方針、東南アジア方面の旧日本軍部隊へ海上自衛隊艦艇を派遣する方針まで報じられた。
テレビのニュース画面には1941年当時の地図が映し出された。朝鮮半島、台湾、満州国、中国大陸。その地図を見た若い視聴者の中には、学校で習ったはずなのに現在の地図との違いを改めて見て言葉を失う者もいた。
「満州国って、本当にあるの?」
食卓でテレビを見ていた高校生が尋ねた。
父親は箸を止めた。
「あるんだろ。いまは」
「皇帝も?」
「ニュースじゃそう言ってる」
「ラストエンペラーの人?」
「その人だよ」
2人ともテレビへ目を戻した。画面には溥儀の古い写真が映っていた。しかし、もうそれは「古い写真」と呼んでよいものではなかった。写真の人物は、いまこの瞬間にも大陸のどこかで生きている。
別の家庭では、年配の男がニュースを見ながら難しい顔をしていた。
「関東軍まで相手にするのか」
隣にいた息子が聞いた。
「そんなにまずいの?」
「まずいも何も、お前……」
男はそこまで言って、言葉を探した。
「俺だって教科書でしか知らん」
テレビでは、九州の自衛隊基地でオスプレイの出発準備が進んでいると伝えていた。
昨日までは、1941年は歴史だった。
今日、その歴史の中へ政府特使が飛んでいこうとしていた。




