2
派遣団の人選が始まった。防衛省からは旧陸軍、とりわけ関東軍の組織と1941年当時の指揮系統を理解できる幹部。外務省からは中国・満州関係を扱える官僚。さらに現地の行政機構について説明できる者が加えられた。海自が南雲機動部隊へ接触したときと違い、今回は最初から政治交渉を前提とした特使だった。高畠自身の親書も用意されることになった。
同時に、政府内では関東軍についての猛烈なリサーチが始まった。国会図書館、大学、研究機関、防衛研究関係の資料が集められ、1941年11月時点の組織、人事、兵力、司令部の位置、満州国政府との関係が洗い直された。未来日本には、当時の人間自身がまだ知らない「その後」の記録まである。しかし高畠は、その扱いには慎重であるよう求めた。
「また未来を見せて説得するんですか」
官房長官の問いに、高畠は首を横に振った。
「必要なものだけです。南雲司令官のときと同じ。何でも教えればいいわけではありません」
「関東軍が拒否した場合は?」
「だから、それを考えるために調べるんです」
高畠は机上の資料を指した。
「誰なら話が通じるのか。何を言えば警戒されるのか。何を証拠として持っていくのか。まずそこからです」
出発前、特使に選ばれた防衛省幹部と外務官僚らが官邸へ呼ばれた。高畠は一人ずつ顔を見てから口を開いた。
「皆さんにお願いするのは、1941年の日本軍を従わせることではありません」
派遣団は黙って聞いていた。
「私たちが何者なのかを説明して、話し合うための道を作ってください。向こうから見れば、私たちのほうが正体不明なんです。それを忘れないでください」
「関東軍側から、政府としての正統性を問われる可能性があります」
外務官僚の一人が言った。
「当然でしょうね」
高畠はうなずいた。
「そのときも、こちらが正しいから従えとは言わないでください。1941年の政府と私たちの政府は別です。いま必要なのは、どちらが上かを決めることではありません」
「最優先事項は?」
「軍事行動を勝手に拡大させないこと。それから、満州国政府との連絡を確保することです」
高畠は一度言葉を切った。
「そして溥儀本人の安全を確保してください。私たちは歴史を知っています。でも、歴史を知っているからといって、そこにいる人間を駒として扱っていいことにはなりません」
派遣団が一礼した。
「お願いします」
訓示はそれだけだった。
九州ではオスプレイの出発準備が進んだ。現代の航空燃料、予備部品、通信機材、政府文書、ノートPC、ディスプレイ付き再生機が積み込まれる。南雲機動部隊への接触で効果を発揮した未来日本の映像資料も用意されたが、内容は満州向けに改めて選別された。同行者は何度も資料を読み返し、1941年の地図と現代の地図を並べ、飛行経路と着陸候補地を確認した。




