3
ハワイでは、親書を受け取ったワシントンから次の指示が届いた。日本代表団の一部をアメリカ本土へ招き、政府間の直接協議を行う。未来日本を正式な国家としてどう扱うのか、1941年の日本政府との関係をどう整理するのか、そして何より日米間の戦争を回避するために何ができるのか。ハワイだけで決められる問題ではなくなっていた。外務副大臣を中心とする日本側代表団は本土行きを受諾した。
エミリーにも同行が求められた。アメリカ国籍を持ち、日本語ができ、1941年の日米交渉を専門に研究している。しかも未来日本側の事情を知っている。ワシントン側にとっても、日本側にとっても外す理由がなかった。
「私もですか」
エミリーが確認すると、日本側の担当者は
「むしろ、あなたには行ってもらわないと困ります」と答えた。
エミリーは一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。ワシントンへ行けば、ハルがいる。ルーズベルトがいる。海軍情報局には、まだ24歳の(*注)ジョン・F・ケネディ少尉までいる。自分にとって書類と写真の中の人物だった人間が、次々と生身の姿で現れる可能性があった。
その夜、ライシャワーとエミリーは再び顔を合わせた。ライシャワーは彼女が本土へ同行すると聞くと、
「では、しばらく一緒ということになりますね」と言った。
「そうみたいです」
「今度こそ、あなたの日本についてゆっくり聞けそうだ」
「話せる範囲なら」
エミリーは念を押した。
「まだそれを言うのですか」
「あなたについても同じです」
「私の将来はそんなに秘密にするほど面白いのかな」
エミリーは答えなかった。ただ、その顔に一瞬だけ浮かんだ表情を見て、ライシャワーはかえって興味を持ったようだった。
エミリーは窓の外へ目を向けた。暗いハワイの向こうにアメリカ本土がある。自分の国だった。しかし、自分の出生記録はなく、両親もまだ生まれていない。代わりに、書物でしか知らなかった人々が生きている。そして、どこかには若い曾祖母もいる。
数日後、エミリーは日本政府代表団とともにアメリカ本土へ向かうことになった。
自分にとっては帰国のはずだった。
しかし、そこに待っているのは、彼女が一度も暮らしたことのないアメリカだった。
(*注)ジョン・F・ケネディ少尉。ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(英語: John Fitzgerald Kennedy; 1917年5月29日 - 1963年11月22日)は、アメリカ合衆国の政治家。同国第35代大統領。1941年9月25日に海軍士官に任官され小説の時点では海軍情報局に勤務。




