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会談の結果は逐次東京へ送られた。まだ安定した通信回線はなく、短波を中心に複数の経路を使って断続的に報告が届いた。官邸では高畠がそのたびに新しい紙を受け取った。
「調査団、到着しました」
「ライシャワー博士も?」
「はい」
「アメリカ側の反応は」
「まだ未来から来たということを正式に認めたわけではありません。ただ、政府間協議を続けることには同意しています」
高畠はうなずいた。少しして別の報告が届いた。
「親書をワシントンへ送るそうです」
「原本を?」
「まず写しを電送し、原本も別途送るとのことです」
「大統領まで届くんですね」
「その予定です」
高畠は椅子へ背を預けた。つい数日前まで電話一本つながらなかったアメリカの大統領へ、自分の名前を書いた文書が1941年の通信網を通って運ばれていく。その事実には、タイムスリップそのものとは別の奇妙さがあった。
「向こうから直接こちらへ連絡する方法は、まだないんですか」
高畠の問いに、防衛大臣が説明した。海自と海保による太平洋上の無線中継網は構築が進んでいる。しかし1941年アメリカ側の通信設備と現代日本の設備では、使用できる方式も機材も違う。そこで海自から別の提案が出ていた。現代側で用意した通信装置一式をアメリカ側へ提供し、ワシントン側に専用局を設けてもらうのである。装置は1941年側でも運用できるよう必要な電源設備と操作手順をまとめ、アメリカ側の通信担当者へ直接引き渡す。
「それでワシントンと直接話せるようになるんですか」
「音声通話まで安定して行えるかは設置してみなければ分かりません。ただ、少なくとも政府間の専用無線回線を作れます」
「贈りましょう」
高畠は即答した。
「一式だけで足ります?」
「予備も含めて複数用意します」
「だったら最初からそうしてください。向こうで壊されても困りますから」
防衛大臣がわずかに笑った。
「分解禁止と書いておきます」
「大きくお願いします」
通信装置を運ぶ任務には、すでに太平洋へ出動準備を進めていた海自の護衛艦が使われることになった。日本側だけでハワイ近海まで接近すれば、1941年の米海軍に余計な警戒を与える。そのためハワイ側との協議で、途中から米艦艇が合流し、真珠湾まで護衛することが決まった。海自艦には通信装置のほか、交換部品、電源設備、操作説明書が積み込まれ、通信要員も同行する。将来的には同じ設備をワシントンにも送り、ハワイを中継して東京とアメリカ政府中枢を直接結ぶ計画だった。
出港した護衛艦が太平洋上を進み、やがて1941年の米海軍艦艇と接触した。双方とも事前に識別手順を知らされていたため、Pー1やUSー2のときのような混乱はなかった。それでも、互いの姿を初めて目にした乗員たちには驚きを隠せなかった。米艦の水兵は、砲塔らしいものがほとんど見当たらない日本の軍艦を双眼鏡で眺め、海自側は甲板に立つ1941年の米水兵たちを見つめた。やがて米艦が前方へ位置を取り、護衛艦はその後へ続いた。日の丸を掲げた21世紀の護衛艦が、星条旗を掲げた1941年のアメリカ軍艦に護衛されてハワイへ向かう。その光景は、数日前に赤城の艦内で未来の日米同盟を説明した映像を、そのまま80年以上前の太平洋へ持ち出したようなものだった。




