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挿絵(By みてみん)

 太平洋を飛び続けてきた飛行艇がホノルルの海面へ降りたのは、ワシントンから調査団派遣の決定が伝えられてから2日あまりが過ぎたころだった。飛行艇は長い白波を引いて速度を落とし、やがて静かに水上を進み始めた。出迎える側には陸海軍の関係者が並び、その少し後方には日本から来た代表団の姿もあった。ヒッカムへ突然Pー1が降りて以来、ハワイでは異常な出来事が立て続けに起きていたが、本土から正式な調査団が到着したことで、ようやくワシントン自身がこの事件へ直接手を伸ばしてきたのである。


 エミリー・カーターは到着者の名簿をすでに見せてもらっていた。国務省、陸軍、海軍、情報関係者、航空技術者。その中にあった一つの名前を見つけてから、彼女は妙に落ち着かなくなっていた。飛行艇から乗客が降り始めると、エミリーは一人ずつ顔を確かめた。軍人が降り、背広姿の政府関係者が続く。そして、大きな鞄を手にした痩身の若い男が姿を現したところで、彼女の視線が止まった。


 エドウィン・O・ライシャワーだった。

 31歳。写真で見慣れていた晩年の姿とはずいぶん違う。それでも間違えようがなかった。エミリーは大学で日米外交史を研究する過程で、彼の著作だけでなく経歴や写真も何度となく目にしていた。後に日本研究を代表する学者となり、さらに駐日アメリカ大使となる人物が、いま目の前で飛行艇から降りてくる。思わず前へ出かけ、途中で自分の立場を思い出して足を止めた。

 ライシャワーのほうも、出迎えの中に若いアメリカ人女性がいることに気づいた。移動中に何度も読んだ資料に載っていた顔だった。東京大学大学院の留学生を名乗り、1941年の日米外交を研究しているというエミリー・カーター。まだ生まれていないはずのアメリカ人だった。2人が紹介されると、エミリーは普段より少し早口になった。


「お会いできて光栄です」

 そこまで言ってから、言いすぎたことに気づいた。ライシャワーが怪訝そうに眉を上げた。

「私をご存じなのですか」

「もちろん……研究者として」

嘘ではなかった。ただし、彼女が知っているのは1941年までのライシャワーだけではない。目の前の31歳の男がこれから何を研究し、誰と出会い、どんな役職に就くのかまで、未来の記録には残されている。


「私についての記録も、あなたの時代にはあるんですね」

 いきなり核心を突かれ、エミリーは言葉を止めた。移動中に資料を読み込んだだけあって、ライシャワーは状況を理解するのが早かった。

「あります」

「どのくらい?」

「それには答えられません」

 今度ははっきり答えた。

「個人の将来については、政府から話さないよう指示されています」


 ライシャワーは少し残念そうな、それでいて納得したような顔をした。

「では、私は少なくとも記録に残る程度には長生きしたと思っておきましょう」

「それも答えになってしまいます」

 エミリーが即座に返すと、ライシャワーは初めて笑った。エミリーもつられて笑ったが、内心ではひどく困っていた。話せば話すほど、何気ない一言から未来を教えてしまいそうだった。


 調査団はそのままヒッカムへ移動し、午後には正式な会談が始まった。これまで日本側の代表団はショート中将、キンメル大将、マーティン少将らに事情を説明してきたが、今度はワシントンから大統領の命を受けて派遣された者たちが加わっている。日本側は改めて高畠総理の親書を提示し、日本列島に起きた現象、南雲機動部隊との接触、真珠湾攻撃中止までの経緯を説明した。未来から来たという主張を直ちに信用する必要はない。ただし、日本政府にはアメリカと戦争を行う意思がなく、1941年の日米両政府にも戦争を回避するための交渉を開始してほしい。それが親書の中心だった。


 ライシャワーは日本側の説明を聞きながら、何度もエミリーへ目を向けた。彼女の日本語は確かに流暢だった。それだけなら日本留学経験のあるアメリカ人として説明できる。しかし、1941年の日米交渉について質問が及ぶと様子が変わった。(*注1)野村吉三郎、(*注2)来栖三郎、ハル、日米諒解案、アメリカ側の対日政策。エミリーは質問された範囲について驚くほど正確に答えながら、少しでも未来へ踏み込む質問が出ると明確に回答を拒んだ。その境界があまりにはっきりしているため、ライシャワーには、彼女が知らないのではなく知っていて話さないのだということが分かった。


 日本側が持参したノートPCと再生機も再び使われた。調査団の技術者たちは、映像の内容より機械そのものへ目を奪われていた。薄い画面にカラー映像が表示され、指先の操作だけで別の写真や文書が次々と呼び出される。東京の高層建築、現代の鉄道、自動車、航空機、海上自衛隊。そして日本国内に存在するアメリカ軍基地。ライシャワーはそこに映る東京を長く見つめた。自分が生まれ育った都市の名前を持ちながら、知っている街並みはほとんど残っていない。それでも画面の中を歩く人々の仕草や、ところどころに残る地名や建物には確かに日本があった。

(*注1)野村 吉三郎(のむら きちさぶろう、1877年〈明治10年〉12月16日 - 1964年〈昭和39年〉5月8日)は、昭和初期に活躍した海軍軍人、外交官、政治家。海兵26期次席。日米開戦を回避するため奔走。

(*注2)来栖 三郎(くるす さぶろう、1886年(明治19年)3月6日 - 1954年(昭和29年)4月7日)は、日本の外交官。駐ドイツ特命全権大使としてベルリンで日独伊三国同盟に調印。その後、特命全権大使としてアメリカ合衆国に派遣され、大東亜戦争直前の日米交渉にあたる。戦後GHQにより公職追放された。

Wikipediaより抜粋

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