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官邸へも問い合わせの急増が報告された。
「海外滞在者だけではありません」
官房長官が高畠へ説明した。
「沖縄、南西諸島、転移範囲外と確認された島嶼部にいた人についても、家族から照会が殺到しています。航空会社には国外を飛行中だった便について問い合わせが集中しています」
「人数は分かりますか」
「まだ集計中です。観光客、出張者、留学生、船員、航空関係者まで含めると、すぐには」
「生きている可能性は?」
高畠が尋ねた。室内が静かになった。官房長官は慎重に答えた。
「20XX年側がそのまま存続しているなら、生きている可能性はあります。ただし、こちらから確認する方法がありません」
「つまり、安否不明ですらないんですね」
「はい」
「死んだわけでも、行方が分からないわけでもない。いるはずの場所は分かっている。でも八十年以上先にいる」
高畠は椅子へ身体を預けた。真珠湾攻撃を止めたという知らせを受けたとき、ようやく最初の危機を乗り越えたと思った。しかし国民にとって重要なのは、歴史の教科書がどう書き換わるかではない。昨日まで電話で話していた夫や妻、子供や親が、今日から二度と声を聞けないかもしれないことだった。
「相談窓口を一本化してください。外務省だけでは処理できません。自治体、航空会社、旅行会社、企業から情報を集めて、国外と転移範囲外にいた人の名簿を作る。それから法務省にも入ってもらってください」
「法的な扱いですか」
「はい。財産も、給与も、保険も、婚姻もあります。勝手に死んだことにはできません」
高畠はそこで言葉を止め、机の上の真珠湾攻撃阻止の報告書を見た。
「歴史を変える話ばかりしていたけど、先にやらなきゃならないのは、昨日までいた人をどう扱うかですね」
防衛省では、そのころも参謀の電話が鳴り続けていた。海自から中継艦の配置案が届き、海保から協力可能な船艇の報告が入り、海底ケーブル調査班からは探索候補海域を絞ったとの連絡が来た。
「それで、いつつながるんです?」
外務省から電話口で尋ねられ、参謀は思わず額を押さえた。
「こちらが聞きたいですよ」
「総理官邸から最優先と言われています」
「最優先が今日は六つあります」
「では、その六つの一番上に」
「全部一番上なんです」
受話器の向こうが黙った。参謀は言い過ぎたと思ったが、訂正する気力もなかった。
「とにかく、ハワイとの定時連絡を先に作ります。ケーブルはその次です。護衛艦の配置が決まったら連絡します」
電話を切ったところで、机の端に置いた胃薬が目に入った。瓶を持ち上げると、軽い音しかしない。
「これも補給計画に入れてもらうかな」
参謀がつぶやくと、そばにいた部下が真顔で
「国内生産品なら優先順位は高くないと思います」と答えた。
「冗談だよ」
「今は冗談かどうか分からないんです」
参謀は瓶を戻した。その瞬間、また電話が鳴った。
窓のない部屋の壁には、太平洋の大きな海図が掛けられていた。日本からハワイへ向けて何本もの線が伸びている。無線中継艦の配置、海保船艇の担当海域、海底ケーブルの推定位置。その一本一本はまだ計画にすぎない。それでも、日本列島が1941年へ落ちて以来初めて、外の世界へ向かって線が引かれ始めていた。一方、街では号外を手にした人々が、1941年という数字の意味をようやく自分自身の生活に引き寄せて考え始めていた。世界との通信をつなぎ直そうとしている政府のすぐ外で、国民は、自分たちが失ったつながりの大きさに気づき始めていた。




