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挿絵(By みてみん)

 草鹿が椅子からわずかに腰を浮かせた。幕僚たちも画面へ顔を寄せる。南雲だけは姿勢を変えなかった。


「赤城もか」

「はい」


 低い返事だった。

 南雲は足元を見た。

 いま自分が立っている艦である。発動機の振動が床から伝わり、隔壁の向こうでは兵が動いている。食事を作る者がいて、航空機を整備する者がいる。その赤城が、半年あまり後には沈むと目の前の機械は告げている。


「我々はどうなる」

「その質問にはお答えできません」

 南雲の目が鋭くなった。

「知っているのだな」

「はい」

「私のことも?」

 大佐はしばらく黙っていた。

「記録はあります」

「家族についてもか」

 その問いに、大佐の後ろにいた隊員の一人がわずかに顔を動かした。

「あります」

「見せてもらおう」

「できません」

 南雲の顔に怒気が浮かんだ。

「なぜだ」

「個人の将来に関する情報は、今回の任務に必要ありません。政府からも開示を許可されておりません」

「政府、政府と言うが、その政府は我々の政府ではあるまい」

「その通りです」

 大佐は否定しなかった。

「ですから、われわれはあなた方に命令するために来たのではありません」


 南雲は眉を寄せた。

 大佐の後ろから書類が差し出された。大佐はそれを両手で受け取り、南雲の前へ置いた。

「20XX年の日本国内閣総理大臣、高畠君枝からの文書です」

 南雲はすぐには手を伸ばさなかった。

 大佐は再生機を操作した。

 画面に一人の女が現れた。

 背広姿で正面を向き、落ち着いた表情をしている。南雲たちは、その人物が誰なのか分からない。

 女は自らを日本国内閣総理大臣、高畠君枝と名乗った。

 未来日本で発生した異常について簡潔に説明し、現在の日本国政府には1941年の日本と戦争する意思がないことを告げた。そして最後に、真珠湾攻撃を中止するよう求めた。


 映像が終わった。

 誰もすぐには口を開かなかった。

 南雲はようやく文書を取り上げた。紙面へ目を走らせ、最後まで読むと机へ戻した。

「要請、とある」

「はい」

「命令ではないのだな」

「われわれの政府には、第一航空艦隊に対する指揮権があるとは考えておりません」

 南雲は大佐を見た。

「では、断ることもできる」

「できます」

 室内の何人かが大佐へ視線を向けた。

「我々がこのまま東へ進んでも、君たちは止めないというのか」

「われわれがここで武力をもって貴艦隊を阻止する命令は受けていません」

「では、何のために来た」

「攻撃を思いとどまっていただくためです」


 南雲の口元がわずかに歪んだ。

「日本は負ける。半年後に赤城は沈む。だから引き返せ、と?」

「それだけではありません」

 大佐はノートPCの画面を閉じた。

「この作戦は、すでに奇襲ではありません」


 南雲の顔が変わった。

 草鹿も大佐を見た。

「どういう意味だ」

「われわれは貴艦隊を発見する前に、史料からその航路と目的を知っていました。潜水艦部隊についても、おおよその位置を確認しています」

 南雲は机へ両手を置いた。

「それを誰に知らせた」

「日本政府です」

「それだけか」

 大佐は一呼吸置いた。

「いいえ」

 南雲の目が細くなった。

「別のPー1がハワイへ向かいました」


 沈黙が落ちた。

「何のためだ」

「日本政府代表団を運ぶためです」

「ハワイへ?」

「はい」

「アメリカ軍のところへか」

「はい」


 南雲の拳が机の上で固く握られた。

「貴様ら……」

 初めて声が荒くなった。その響きに、それまで抑えられていた郷里の訛りがわずかに混じった。

「それが何を意味するか、分かってやっておるのか」

「分かっています」

「我々の作戦を敵に売ったのだぞ」

「まだ日本とアメリカは戦争状態にありません」

「詭弁だ!」

 南雲の声が室内に響いた。


 大佐は姿勢を崩さなかった。

「だからこそ、戦争になる前に止めるために来ました」

 南雲はしばらく大佐を睨んでいた。

「その飛行機は、もう止められんのか」

「止めません」

「命令すれば?」

「われわれの政府は命令しません」

「もう着いている可能性は」

「あります」


 南雲は何も言わなくなった。

 幕僚たちも沈黙していた。

 その意味を理解するのに、未来についての知識は必要なかった。

 真珠湾奇襲の計画を知る航空機が、すでにハワイへ向かった。そこには日本政府の代表団が乗っている。もしその話が事実なら、米軍は攻撃の日も、目標も、少なくとも攻撃が迫っていることも知ることになる。

 奇襲の前提が崩れている。


 南雲は草鹿へ目を向けた。

 短い指示が出された。

 海自側は別室へ案内された。

 扉が閉じた。


 そこから先の協議に未来人は加えられなかった。

 赤城は東へ進み続けていた。

 海自隊員たちは狭い通路脇の区画で待った。誰も時計から目を離さなかった。艦内では普段どおり水兵たちが行き交っている。彼らのほとんどは、自分たちの進路について艦の奥で何が話し合われているのか知らない。


 例の二曹は壁際に立っていた。

 向こうから数人の水兵が歩いてきた。

 その中に、先ほど見た若い男がいた。

 二曹は無意識に姿勢を正した。

 若い水兵もこちらに気づいた。歩きながら二曹の顔を見て、また不思議そうな表情を浮かべる。すれ違った。

 二曹は今度も声をかけなかった。

 足音が遠ざかる。

 もし、あの男が本当に曾祖父なら、未来の記録では半年あまり後にこの艦とともに死ぬ。

 しかし、いま艦の奥で行われている決定によっては、その未来そのものがなくなる。

 二曹は振り返らなかった。


 長い時間が過ぎた。

 やがて扉が開き、海軍将校が現れた。

 海自側の一行は再び司令部へ通された。

 南雲は先ほどと同じ場所にいた。

 机の上には高畠の文書が置かれている。ノートPCも再生機も閉じられたままだった。南雲はもうそれらを見ようとはしなかった。

 大佐が正面に立った。

 南雲はしばらく何も言わなかった。


「ひとつ確認する」

「はい」

「ハワイへ向かったという飛行機は、本当にもう止められんのだな」

「はい」

「米軍は我々が来ることを知る」

「少なくとも、われわれは知らせます」

「潜水艦隊は?」

「位置を確認しています。別途接触します」

 南雲は目を閉じた。

 艦内の振動だけが足元から伝わってきた。

 南雲は目を開いた。

「……なら、奇襲ではない」

 声は低かった。


 草鹿が南雲を見た。ほかの幕僚たちも動かなかった。

 南雲は海自大佐ではなく、草鹿へ顔を向けた。

「参謀長」

「はい」

「ハワイ作戦を一時中止する」

 草鹿の表情が引き締まった。

「全艦に通達。現針路を解き、艦隊を反転させる」

 幕僚の一人が動きかけたが、南雲は手を上げて止めた。

「待て。無線封止も解除する」

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