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挿絵(By みてみん)

 南雲忠一中将は、目の前に立つ男を黙って見つめていた。

 見慣れない制服だった。海軍のものではない。しかし帽章にも制服にも海を思わせる意匠があり、男自身の立ち居振る舞いにも長く艦上勤務を経験した者に特有のものが感じられた。先ほど名乗った階級は大佐。そこだけは南雲にも理解できた。


 大佐の後ろには数名の男が控えている。その一人が机の上へ黒い鞄を置いた。留め金を外して中から取り出したものは、薄い板を二枚重ねたような奇妙な機械だった。


「始める前に申し上げます」

 海自大佐は南雲だけでなく、草鹿龍之介参謀長をはじめ室内に集まった幕僚たちにも視線を向けた。

「われわれがお見せできる情報は、日本国政府が今回の任務に必要と判断したものに限られます。われわれの知っている未来のすべてをお伝えすることはできません」


 南雲の眉が動いた。

「未来と言ったな」

「はい」

「その前に聞こう。海上自衛隊とは何だ。海軍とは違うのか」

「違います」

 即答だった。


「われわれは大日本帝国海軍ではありません。20XX年の日本国に置かれた防衛組織です」

「20XX年……」

 南雲はその数字を繰り返した。

「つまり君たちは、八十年以上先の日本人だと言うのだな」

「そのように判断しております」

「判断?」

「何が起きたのか、われわれにも分かっていないからです」


 大佐は日本列島で起きた異常を簡潔に説明した。国外との通信が一斉に途絶したこと。人工衛星が消え、GPSが使用不能になったこと。天文台が月や惑星、恒星の位置を観測し、その配置が1941年11月27日と一致したこと。そして北太平洋へ哨戒機を送り、史料に記録されていた位置で、この機動部隊を発見したこと。


 幕僚たちは黙って聞いていた。

 荒唐無稽という言葉では足りない話だった。しかし、それを話している男たちが乗ってきた飛行艇は、いまも赤城の近くに浮かんでいる。日の丸を付け、聞いたこともない「海上自衛隊」という文字を記した、海軍の技術者なら誰一人として機種を説明できない巨大飛行艇だった。


 南雲は腕を組んだ。

「それだけでは、君たちが未来から来た証拠にはならん」

「承知しています」

 大佐は振り返った。

 後ろの隊員が机の上の機械を開いた。

 薄い上蓋の内側が突然明るくなった。

 幕僚の何人かが身を乗り出した。

 そこに映像が現れた。

 東京だった。


 しかし彼らの知る東京ではない。空へ伸びる巨大な建物が林立し、その間を何車線もの道路が走っている。見たこともない形の自動車が途切れることなく流れ、高架の上を白い列車が猛烈な速度で通過していった。場面が変わる。巨大な駅。空港。港湾。工場。夜の繁華街。無数の灯火が、昼間のように街を照らしている。


 映像の中を歩く人々は日本人だった。

 軍人ではない。

 買い物袋を持った女、学校帰りらしい学生、幼い子供を連れた親、背広姿の会社員。どこにでもいる普通の人々が、南雲たちには用途すら分からない小さな板を手に歩いている。

 誰も言葉を発しなかった。

 映像はさらに変わった。


 国会議事堂が映った。

 その建物には南雲たちにも見覚えがある。しかし周囲の東京はまるで違う。議場の映像に移ると、大勢の男女が議席を埋めていた。


 次に海が映った。

 灰色の艦艇が波を切って進んでいる。形は軍艦に違いないが、煙突から煙を吐いていない。甲板上に大砲らしいものは少なく、代わりに見たこともない箱や板のような構造物が並んでいる。

「これが海上自衛隊です」

 大佐が言った。


 画面に、赤城の近くへ着水したものと同型の飛行艇が現れた。

 南雲の視線が止まった。

 疑問の余地はなかった。先ほど自分たちが実際に見た飛行艇である。

 さらに四発の大型機が映った。こちらにはプロペラがない。機体の下にはPー1という文字が示された。


 画面が変わった。

 今度は二種類の軍服を着た人間が並んでいた。

 日の丸。

 星条旗。

 日本人とアメリカ人が同じ場所に立っている。


 草鹿が初めて口を開いた。

「これは、どういうことだ」

「われわれの時代では、アメリカ合衆国は日本の同盟国です」

 室内の空気が変わった。

 南雲の表情にも、初めて明らかな動揺が浮かんだ。

「アメリカが……日本の?」

「はい」

「同盟国?」

「そうです」


 誰かが息をのみ込む音がした。

 南雲はしばらく画面を見ていたが、やがて大佐へ顔を戻した。

「では、この戦はどうなった」

 大佐は答えなかった。

「君たちは、この先を知っているのだろう」

「知っています」

「ならば聞こう。我々は勝ったのか」

 大佐は一度だけ視線を落とした。

「いいえ」

 それだけだった。

 南雲は動かなかった。

「日本は敗れました」

 室内が静まり返った。


 大佐は別の小型再生機を机の上へ置いた。こちらには最初から画面が付いていた。操作すると、簡単な年表が表示された。


 1941年12月8日 真珠湾攻撃。

 1942年6月 ミッドウェー海戦。

 1944年 サイパン。

 1945年 沖縄戦。

 1945年8月 敗戦。


 南雲の視線が途中で止まった。

「ミッドウェー?」

「はい」

「何があった」

 大佐は少し迷ってから、政府から許可された資料だけを表示した。


 赤城。

 加賀。

 蒼龍。

 飛龍。

 四隻の名が並んだ。

 その横には同じ日付が記されていた。

 1942年6月。

 沈没。

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