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Pー1の乗員にとっては航空博物館や古い記録映像の中で見る機体である。その戦闘機が現実の空気を切り裂き、プロペラを回してこちらへ近づいてくる。操縦席には人間の姿まで見えた。
Pー40の操縦士たちは、それ以上に困惑していた。西から現れた巨大な四発機は、これまで見たどの航空機とも似ていない。四つの発動機を持ちながら、そこにあるべきプロペラがない。大型機とは思えない速度で飛び、胴体も翼も異様なほど滑らかだった。爆撃機ならあるはずの銃座も見当たらない。
一機のPー40が慎重に距離を詰め、Pー1の左側へ並んだ。操縦士は風防越しに巨大な機体を見上げるようにして観察し、その視線が胴体を前から後ろへたどっていく。やがて一点で止まった。
日の丸だった。
Pー40はすぐに距離を取り、別の一機が右側へ回り込んだ。二機はPー1を挟むような位置についた。まだ真珠湾攻撃は起きていないとはいえ、日本との関係が破局寸前まで悪化している時期である。そこへ日本の国籍標識を付けた正体不明の大型機が、太平洋の西からハワイへ一直線に飛んできたのだ。Pー1は速度を落とした。Pー40を振り切ることは難しくなかったが、そのような行動を取れば敵意があると受け取られかねない。
通信員は事前に調べてきた周波数を次々に試し、英語でハワイ側へ呼びかけた。日本政府の代表団を搭載していること、攻撃の意思がないこと、オアフ島への着陸を希望していることを繰り返す。しかし返答はなかった。周波数を変えて何度呼びかけても、聞こえてくるのは雑音ばかりだった。現代の通信装置と一九四一年の地上設備では、こちらが送信できるからといって簡単に会話が成立するわけではない。
米軍将校が前方へ移動してきた。残りの飛行時間を確認してからヘッドセットを受け取り、自らマイクに向かって呼びかけた。
「United States Air――」
そこまで言って言葉を止めた。
将校は一瞬だけ目を閉じた。この時代には、まだ自分が知るアメリカ空軍は存在していない。陸軍航空軍だ。知識としては当然知っていたことなのに、実際に八十年以上前の米軍へ呼びかける段になって、初めてその奇妙さが実感となった。
言い直した。自分がアメリカ軍人であること、氏名と階級、日本政府の使節に同行していること、この航空機に敵意がないことを、できるだけ簡単な英語で繰り返した。だが、相手にとって彼の所属部隊は存在せず、認証方式も身分証明も未来のものだった。声だけで信用しろというほうが無理な話である。
米軍将校の声にも、次第に焦りが混じり始めた。左右を飛んでいるのは自分と同じ国の軍人である。しかし彼らが所属しているのは、自分が生まれるよりはるか以前のアメリカ陸軍だった。こちらから見れば歴史上の米軍であり、向こうから見れば自分こそ所属不明の怪人物だった。
やがて雲の向こうに陸地が見えた。機内では地図と窓外の地形が照合され、海岸線の形、山地の位置が確認された。
オアフ島だった。
Pー1は島の沖合で大きく旋回し、再び着陸許可を求めた。その間も二機のPー40は左右に張りついたままで、距離は近く、主翼に描かれた当時の米軍国籍標識や操縦席の人影まではっきり見えた。八十年以上の時間を隔てた二種類の航空機が、同じ速度に合わせて同じ空を飛んでいた。
明確な着陸許可はまだ得られない。Pー1は旋回を続けたが、いつまでも待つことはできなかった。日本から北太平洋を飛び、機動部隊と潜水艦部隊を捜索したうえでハワイまで来ている。残燃料には余裕を見込んでいたものの、無限ではない。
Pー1は一度、ゆっくりと翼を左右に振った。
左側のPー40はしばらく同じ位置を飛び続けた。操縦士がこちらを見ている。やがてPー40が前へ出ると、その機体も大きく翼を左右に振った。それから緩やかに旋回し、オアフ島へ機首を向けた。
意図は明らかだった。
Pー1はPー40の後を追った。
島が急速に大きくなった。海岸線を越えると、眼下には乗員たちが知るハワイとはまったく違う風景が広がった。高層ホテルも高速道路もなく、建物は低く、道路を走る自動車も小さい。さらに進むと真珠湾が見えてきた。水面には灰色の軍艦が並んでいる。
写真でしか知らない真珠湾が、そこにあった。
先導するPー40が高度を下げた。Pー1もそれに続く。地上では正体不明機の接近を知った兵士たちが走り回り、滑走路周辺には車両が集まり始めていた。消防車も動き、武装した兵士たちまで配置についている。
滑走路が正面に入った。現代の誘導設備はない。Pー1は目視で進入経路を確認しながら高度を下げていった。先導してきたPー40は滑走路上空を抜けると翼を翻し、横へ離れていった。
Pー1の車輪が出た。
機体はゆっくりと降下を続け、主脚が地面へ触れた。タイヤから一瞬白煙が上がり、続いて前脚が接地した。速度を落としたPー1は誘導されるまま滑走路を離れ、指定された場所で停止した。
滑走路の周囲には、すでに大勢の陸軍兵が集まっていた。彼らは一様に、目の前の巨大な航空機を見つめている。プロペラのない四発機。見たこともない形。聞いたこともない発動機の音。そして、その胴体には間違いなく日の丸が描かれていた。
四基のエンジンが順に停止した。
一九四一年十一月二十七日。独立したアメリカ空軍さえまだ存在していない時代のハワイへ、八十年以上未来の日本から来たPー1が降り立った。




