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太平洋交際和平条約

太平洋交際和平条約


2087年。


世界は戦争をやめた。


正確には、


戦争する理由を忘れた。


⸻


きっかけは一本のトマトジュースだった。


⸻


当時の世界は疲れていた。


宗教。


政治。


経済。


SNS。


AI。


宇宙開発。


みんな何かを主張していた。


⸻


ある日、


太平洋諸国首脳会議で


1378ページに及ぶ和平条約が提出された。


誰も読まなかった。


⸻


そこで一人の掃除係の老人が言った。


「長すぎる。」


⸻


首脳達は怒った。


「これは世界の未来だぞ!」


老人はうなずいた。


そしてテーブルの上に


トマトジュースを置いた。


⸻


「これは何だ?」


と大統領が聞いた。


⸻


「トマトジュースです。」


⸻


「見れば分かる。」


⸻


「では和平とは何ですか?」


⸻


会議室は静まった。


⸻


1時間。


誰も答えられなかった。


⸻


老人は紙を全部シュレッダーに入れた。


1378ページ。


世界が悲鳴を上げた。


⸻


そして新しい条約を書いた。


⸻


たった一行だった。


⸻


『一緒にトマトジュースを飲めない相手とは戦わない。』


⸻


世界は大混乱になった。


⸻


学者は反対した。


軍人も反対した。


政治家も反対した。


⸻


だが誰も、


その一行より分かりやすい条文を書けなかった。


⸻


結局採用された。


⸻


これが後に


太平洋交際和平条約


と呼ばれる。


⸻


条約は単純だった。


交渉前に


必ず同じトマトジュースを飲む。


以上。


⸻


国境問題も。


資源問題も。


軍事問題も。


まず飲む。


⸻


不思議なことに、


飲み終わるまで怒り続けられる人間は少なかった。


⸻


100年後。


戦争は歴史の授業でしか見なくなった。


⸻


子ども達は質問する。


「どうして昔の人は戦争したの?」


⸻


先生は答える。


「たぶん、先に話し始めたからだ。」


⸻


「先に飲まなかったんだ。」


⸻


教室の壁には


初代条約の原本が飾られている。


⸻


たった一行。


⸻


『一緒にトマトジュースを飲めない相手とは戦わない。』


⸻


その下に小さく、


作者不明の落書きが残っている。


⸻


『複雑な問題ほど、入口はシンプルでいい。』


⸻


そして今も世界中で、


毎年一回、


国家元首たちは集まる。


⸻


何も議論しない。


何も演説しない。


⸻


ただ太平洋を見ながら


黙ってトマトジュースを飲む。


⸻


その儀式は退屈だと言われている。


だが、


退屈な100年は、


刺激的な戦争よりずっと安かった。

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