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不定期更新ですみません^^;
「デートの邪魔してごめんね」
ビクッとして鹿山はパッと晶湖へ回した腕を外した。
振り返ると今までいなかったはずの場所に二つの人影が見えた。いや一つは大柄の獣だろうか。
「上村さん、邪魔してごめんね。でも、それはだめだよ」
「え?上村さんの知り合い?」
驚いて、鹿山は真凜に聞く。
──え!?先生?!!
真凜も急に現れた晃輔に驚いて我に返る。その瞬間自分が何をしようとしていたのか気がついた。
抱き合っていた自分を晃輔に見られたことに顔がカッと熱くなる。そしてそれ以上に自分がしそうになっていたことに絶望して泣きそうになった。
「やだっ!これは違うの!」
真凜は鹿山を物凄い力で突き飛ばすと、それ以上に物凄いスピードで走って逃げた。
「なっ!」
突き飛ばされた鹿山は尻もちをついて地面に転がった。
「朔!」
「承知」
朔の尻尾の一本が切り離され、それは小さな狐の朔となって真凜の後を追った。
「大丈夫か?」
晃輔は地面に転がっている鹿山のところへ向かった。
狐の姿となった朔がその後ろにふわりと降り立つ。
「あ、あんた誰だ。う、上村さんは?」
「よし、頭は打ってないな?具合が悪くなったり怪我してたら申し訳ないが自分で病院に行ってくれ!」
晃輔は鹿山に大した怪我がないとわかるとそう言い残して走り出した。
「朔!」
「こちらに」
朔は追従しており晃輔の服を咥えると自分の背中へ放り投げた。晃輔はそのままの背中に跨り真凜を追った。背中に跨りがてら晃輔は朔に問う。
「さっきの彼には?」
朔は勿論抜かりない。
「施してございます」
予想通りの答えが返ってきた。
「ありがとう!」
晃輔は朔の背に跨ったまま礼を言う。
鹿山は真凜と食事をして別れた後、何故か転んだと思うだろう。
本人は彼女といい雰囲気だったと思っただろうから可哀想な気もするが、喰われるよりはマシだろう。
「さて、彼女はどこへ行ったかな?」
「国立公園まで行ったようでございます」
「早い!流石に凄い足だな。途中で誰か襲ったりしていないといいけど」
駅から国立公園までは車で五〜六分ほど、人間の足なら歩いて二十分近くかかる距離である。
「それはございません。彼女も坊ちゃまを認識していましたから先ずないでしょう。ただし、時間の問題です」
「そうか、急ごう」
何故自分を認識すると人を襲わないのか疑問だったが、一先ずそれは置いておく。
時間は午後二十時を半分ほど回ったばかり。JRの駅近くはそれなりに人がいる。
晃輔を乗せた朔はなるべく人目につかないように建物の屋根伝いに追いかけた。
国立公園は正規の門は閉まっているので、人目に付かないところを狙って柵を越えて入る。
ハッキリ言って不法侵入である。
「さて、彼女はどこだ?」
昼間は自転車が走ると思われる道路を走る。真っ暗でほとんど何も見えない。
『坊ちゃま!こちらでございまするっ!』
先行して追わせていた小さな朔が暗がりの中ぼんやりと光って見えた。
『この先を右に行った先の広場に上村さんはいらっしゃいまするっ!』
小さな朔が宙をくるくると上下に周りながら道を案内する。暗がりの中でふわふわくるくるする姿はまるで毛玉のようである。
『こっちでございまするっ!』
行く先を毛玉がぽんぽんと宙を跳ねるように先行する様に晃輔はくすりと笑ってしまう。
「何がおかしいのです?」
走りながら晃輔の下で朔が怪訝な顔をした。
「いや、すまん。久しぶりにミニ朔を見たからさ。櫻川さんが見たら喜びそうだと思って」
「ああ…そうでございますね。あの方は私の分身も可愛がってくださいますでしょう」
『何を無駄場話ししてございまするかっ!もうすぐ着きますでございまするよっ!』
小さな朔…ミニ朔に叱られながら走っていると右手の上の方に暗くてよくわからないが、子供向けの遊具があるようである。
晃輔は静かに朔から降りると、なるべく音を立てないように丸太の階段を登っていった。
広場を見回すと滑り台やブランコなどいくつかの遊具がみえる。
『あそこでございまするっ!』
ミニ朔が晃輔の周りをくるくる周りながら、方向を示した先には、曲がりくねったジャングルジムのような遊具の上に、どうやってのぼったのか腰掛けている真凜の姿があった。
晃輔はなるべく刺激しないようにゆっくりと近づいていく。
距離にして三メートルくらいのところで真凜に声をかけた。
「上村さん、危ないから降りておいで」
「!」
晶湖はびくりとして晃輔を見た。
「せ、んせい…?」
「ここはこの時間は立入禁止だよ。さ、帰ろう?」
晃輔はなるべく刺激しないように気をつけながら声をかける。
「どうして追いかけて来たの?!私、今ダメなのに!変なの!」
「何がダメなんだい?」
「だって私っ!」
言うが早いか真凜はジャングルジムから飛び降りて晃輔のいる側の反対方向に逃げようとする。
慌てて晃輔は叫んだ。
「朔!逃がすな!」
『分かってございまするっ!』
ミニ朔が晶湖の前に周り行く手を阻む
『こちらには行かせませんでございまするっ!』
それならと真凜はくるりと方向を変える。
「そちらにも行かせません!」
朔はさらに尻尾の一本を飛ばしミニ朔二号を作り出した。
『こちらの道も通行止めなのですわっ!』
ミニ朔とミニ朔二号と朔によってじりじりと晃輔のいる方へ押されていく。
「だって…だって私…」
逃げ道がないとわかると真凜は自分で自分を抱きしめるように身体をまるめた。
──先生に男の人といるところを見られた。ナニガイケナイノ?だって誤解されちゃう。ナニヲ誤解サレルノ?先生は私があの人と付き合ってると思ったかもしれない。ダッテ仕方ナイジャナイ。付き合ってると思わなくても游んでると思われちゃうかもしれない。ダッテオ腹ガ空イテイタンダモノ。そう食べても食べても足りないの。ソウ、オ肉が食ベタイノ。だめ、今は我慢しなくちゃ。ドウシテ?あの男ハイイノニ?彼もだめ!デモ、オ肉ガ食ベタイノ、魚ヤ牛ジャナクテ。だめよ!だめ!抑えなくっちゃ。アノ男二知ラレタクナイナラ食ベテシマエバイイ。そういうことじゃない!食ベタイノ。だめ!食ベタイ。だめよ!食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、食ベタイ、せんせい…
「喰ワセロ!」
「『『坊ちゃま!』』」
突然真凜が妖気を纏って晃輔に襲いかかった。
間一髪で避けたが真凜の右の爪が晃輔の左の頬を掠った。
綺麗なネイルをしてたはずだったが、爪はそれ以上に伸び、見る影もない。
顔はまさに鬼の形相で、前髪のすきまから左前額部に角が小さく見えている。
「さて、どうしたものか。本当にまだ間に合うのかな?」
晃輔は額に汗が浮かび、頬の傷からも血が滲んだ。
「人を喰わねば完全な鬼にはなりませぬ」
朔が捕まえようと飛びかかるも真凜は腕も使いまるで四つ足の動物のように飛んで避けた。
そして、そのまま晃輔にまた飛びかかる。
晃輔は横っ飛びで避けてそのまま転がった。
朔は晃輔を庇いながら真凜を捕まえようとするも、真凜は素早く、飛び跳ねるように逃げては、また晃輔に飛びかかる。
「坊ちゃま。上村様の動きが早すぎて手加減ができませぬ。朔が全力で捕まえようとすると上村様をつぶしかねませぬ。分身と共になるべく追い詰めますから、坊ちゃまが捕まえてくださいませ」
「うわっ、責任重大だね。わかった。なんとかやってみるよ」
真凜は食欲に支配されて、もうここから逃げることもせず晃輔を狙っている。
それはある意味、晃輔にとっても願ってもないことであった。
「自分が喰われるかもしれない相手を捕まえるって物凄いスリルだね」
晃輔は軽口を叩きながらも目線は真凜から切らず中腰で構える。
真凜に唇は血のように赤く、隙間から上下に伸びた犬歯が見える。
その口からは涎を垂らし、朔達に囲まれながらも隙を狙いながら晃輔を目で追っている。
お互いがお互いを捕まえる鬼ごっこ。
命がけの鬼ごっこである。
真凜が晃輔に掴みかかる。それを晃輔は身体を捻って避けた。ミニ朔達が真凜の周りをくるくると回ってを牽制する。真凜は両腕を振り回して追い払おうとする。その隙をついて今度は晃輔が真凜を捕まえようとするが、真凜はそれを素早く飛んで逃げた。その先に朔が回り込む。そこへまたミニ朔達が真凜に纏わりつく。真凜はミニ朔たちを爪で切り裂こうとするが今度は距離を取り牽制を続ける。
そんな事を幾度となく繰り返しているうちに晃輔の息が上がってきた。
「…ぜぇ、ぜぇ…おじさんには辛い役割だなぁ…」
足が重く感じ、額からは汗が吹き出すように流れ落ち、結構の良くなった頬の傷からは血が滴り落ちた。
『坊ちゃま頑張ってくださいませっ!』
『もうちょっとでございまするっ!』
ミニ朔達が応援する。
その隙をつくように真凜が晃輔に飛びかかった。
『『あ!!』』
「やばっ!」
晃輔は避け損ね、真凜が晃輔を組み敷く。この小さな身体にどこにそんな力があるのかという強い力で晃輔を押さえつけ、そのまま首筋に噛みつこうとした時だった。
「上村さん、ごめんね」
晃輔は真凜の両腕を絡め取り、下から片足を突き上げると両腕を大きく円を描くようにと自分に引き込んで、自分の頭上に投げ飛ばした。華奢な身体は軽々と宙を舞う。そのまま今度は晃輔が真凜を上から組み伏せた。
そして素早く真凜の両腕を片方の手で押さえつけると、真凜のみぞおちの辺りに、空いた片方の手の平を当てる。
──トンッ──
軽く手のひらを押し当てた瞬間、真凜の身体から何かが押し出されるように抜け出した。
『キシャァァァァァァァァァァァ!』
真凜の身体から飛び出した半透明の人の形をしたそれは苦痛に身体を震わせ、叫び声を上げた。
「さぁぁくっ!」
「心得ましてございます!」
晃輔は座り込み、真凜の上半身を抱きかかえながら叫んだ。
直ぐ様朔が晃輔と真凜の前に躍り出る。ミニ朔とミニ朔二号は尻尾に戻り、朔は三本の尾をふわりと振った。
それはまさに鬼そのものの造形をしていた。目は落ちくぼみ、眉間にはシワが寄り白目の多い目がこちらを睨んでいる。半開きになった口からは長く伸びた四本の犬歯が見え、前額からは二本の角が生えていた。
上半身は袈裟懸けに破れた布を纏い、二の腕は筋骨隆々で胸部も筋肉で覆われていた。腰にも布を纏いその下に伸びる足も太く、爪も鋭く伸びている。
『身体ヲヨコセ!肉ヲ喰ワセロ!』
鬼はもう一度真凜の身体に入り込もうと、晃輔と真凜を庇うように立つ朔を威嚇する。
そしてそのまま朔に襲いかかり、朔の爪によってあっさりと切り裂かれた。
「眷属の元へお帰りなさい」
切り裂かれた身体はサラサラと音を立てて霧散した。
「坊ちゃま、大丈夫ですか?」
晃輔は顔の他にも腕や足など何箇所か真凜の爪によって服は裂かれ血が滲んでいる。
身体の方も全身びっしょりになるほど汗をかき今すぐには立ち上がれないほど疲労していた。
「なんとかね。でも、今すぐには立てないや」
晃輔は気を失った真凜の上半身を自分の胸に立てかけるように片手で抱きかかえながらそう言いうと、空いた片方の腕で額の汗を拭った。
「もうちょっとだけ休んだらクリニックに戻ろう」
「承知いたしました」
朔はそう言うと、フッとどこかへ消え、すぐに戻ってきたかと思うと、どこで買ってきたのか、水の入ったペットボトルを口に咥えていた。
「坊ちゃま、どうぞ」
「ありがとう、喉カラカラだ」
晃輔はペットボトルを受け取ると、キャップを開け、一気に半分くらいの水を飲んだ。
「ふぅ…これで終わったかな?」
やっと人心地ついて朔にそう聞くと、朔からも
「そうでございますね」
と穏やかな返事が返ってきた。
クリニックに戻り、真凜を診察室ののベッドへ寝かせる。
顔や手についた汚れを落としていると、どうも、四肢の筋肉が損傷している可能性が出てきた。
あれだけ人の域を超えた激しい動きをしていたのだから無理もない。
そうなると、より精密な検査や場合によっては治療が必要で、ここではそれは出来ない。
晃輔は兄の壮亮に電話することにした。
──プルルルルルルルル。
「あ、兄貴?今どこ?あ、そう。うん、実は一人そちらの病院で受け入れてほしい患者さんがあるんだけど。違う、整形。うん、筋挫傷か断裂。靭帯もその可能性あり。うん、そう。うん、悪いんだけど。うん、うん。今は寝てる。このまま車で連れて行くから。うん、うん頼むよ。ごめん、て。じゃ。後で」
「壮亮坊ちゃまに?」
朔が珈琲を入れて持ってきた。
「うん。ちょっとここでは診れなさそうだからね。兄貴から整形外科へ紹介してもらって診てもらおうと思って」
「左様でございますか」
朔はコトリと机の上にマグカップを置いた。
「…ううん…せんせい…?」
真凜が目を覚ましたようだった。
「上村さん、起きた?身体はどう?」
晃輔が優しく声をかける。
「…せんせい…全身が痛いです」
真凜が掠れ声で答える。
「ははは…そうだよね。今から病院に行くからね。まだ寝てていいよ」
「…喉が乾いた。…前に…先生のとこ、ろで飲んだ、紅茶が美味し、かった」
「そっか。朔さん、頼める?」
「勿論でございます」
朔は音もなく処置室から退出した。
「さっきは悪かったね。彼氏は気を悪くしてないかな」
場を持たせるつもりもあって晃輔は鹿山の事を謝った。
「ヤダ、せんせい…あのひ、とは…彼氏じゃありません…会社、の先輩で…彼、氏なんていない…」
真凜は掠れた声で、一生懸命訂正する。ここだけは晃輔に誤解されたくない。
「そっか。じゃあ大丈夫?かな」
何が大丈夫なのか晃輔にもわからなかったが一先ずそういうことにしておく。
そうこうしているうちに朔が紅茶を入れて持ってきた。
「すぐ飲めるように冷ましてあります」
アイスではなく温いミルクティー。
「上村さん、起きれるかな?」
晃輔は真凜の上半身を支えながらゆっくりと起こした。
真凜は少し顔を歪めた。
「大丈夫?」
「だい、じょう、ぶです」
晃輔は片手で真凜の上半身を支えながら、空いたもう片方の手で紅茶の入ったカップを真凜の口元へ運ぶ。
冷めていると言われても、ルーティーンのように真凜はふーふーと息を吹きかけ、そっと口をつけた。
「美味しい…」
「それはよかった」
真凜はゴクゴクを紅茶を飲んだ。
「ゆっくりね」
晃輔は真凜の飲む量に合わせて少しずつカップを傾ける。真凜は言われた通り飲むペースを落とし、口に含むと真凜はコクっと飲み込み、また口をつける。それを繰り返した。
「ははっ、雛に餌を与えてる気分だね」
晃輔は思わず笑った。
「せんせい、ヒドイ…」
真凜は不貞腐れる。でも嬉しい。この時間を少しでも伸ばしたかったが、喉が乾いていた真凜はあっという間に紅茶を飲み干してしまった。
飲み終わるとまたゆっくりと晃輔は真凜をベッドに寝かせた。掛け物代わりの大きなバスタオルを足元から胸までかける。
「せんせい…」
「何だい?」
「私ね、変なの。自分が鬼になって職場の先輩を食べようとしたり、せんせいを食べようと襲ったりしたの…。大きいのと小さいのの犬みたいなのが一生懸命せんせいを守ってて…それで食べられなかったんだけど…せんせいを食べられなくてよかった…とっても怖かったの…」
真凜は話しているうちに涙が流れてきた。顔を手で隠したいが腕が上がらない。
「そうか…。大丈夫、それは夢だ。眠ってしまえば忘れられる夢だよ」
「ほんとうですか…?」
真凜は子どもが甘えるような声で聞いた。
「勿論。だからお休み」
晃輔は真凜の頭を撫でた。それで安心したかのようにしばらくして真凜は寝息をたて始めた。
「全部忘れられるからね」
晃輔は独り言のようにそう言って真凜の頭をもう一度撫でた。




