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次の日の朝も真凛は不調だった。
スマートフォンのアラームで目を覚ますと身体を起こしてベッド脇に腰掛ける。
いつもならアラーム一回で起きるのだが、ここのところすっきりと起きれない。
頭にモヤがかかったようにぼーっとしている。身体の方は問題なさそうだが、いかんせん頭が働かない。
──風邪かな?…頭の病気とかだったらどうしよう。やっぱり病院行ったほうがいいかな?
それでも食欲はある。いつもなら食パン一枚と紅茶か珈琲で済ませるところを、今日は母親に頼んでおかずもつけてもらった。目玉焼きもウインナーもサラダもしっかり食べて、食パンも二枚食べた。お腹はしっかり満ち足りているのに、気持ちはまだ食べたいと思う。
「そんなに食べて大丈夫なの?」
母親は普段そんなに食べない娘の食欲を寧ろ心配している。
──具合が悪くなる前っていっぱい食べたくなるってどこかで聞いたような。今日は仕事早退して病院行こ。
オフホワイト地にストライプのはいったギャザーワンピースの下に、モスグリーンのワイドパンツ合わせる。
最近おでこの出っ張りが気になってあまりおでこを出したくないが、前髪を下ろしていると子供っぽく見えるため、メイクで変化をつける。あまり派手過ぎないように、でも目元だけはきっちりメイクする。淡い青みピンクのマッドなアイシャドウを使い、下まぶたには同系色のラメシャドウを。アイラインとマスカラはブラウンにして、少し大人っぽく仕上げる。
誰かを意識したと自分では思っていなかったが、いつもより気合が入ったメイクになった。
案の定、朝から隣の席の鹿山に気が付かれてしまった。
「おはよう…あれ?上村さんいつもより気合入ってるね。…誰かとデートとか?」
鹿山は出勤してくると、真凛の顔を見るなり挨拶もそこそこにそう聞いた。
「やだ、違いますよ。たまたまです」
真凛は慌てて否定する。
「そっか。いつもより綺麗だから、デートでもするのかと思ったよ」
鹿山は何故か安堵したような顔をして鞄を自分のデスクの上に置いた。
「そんな相手なんていません」
「そうなの?モテそうなのに」
鹿山は意外そうにそう言った。
「そんなことないですよ」
「またまたぁ」
鹿山は信じられないとばかりに否定する。
「私、いっつも振られちゃうんですよね」
真凛は過去の自分を思い出しながらそう言った。
「えー、そうは見えないよ」
「ほんとですって」
鹿山は思ったより食いついてくる。思わず真凛は苦笑した。
「じゃあ彼氏は今いないのかな…それなら、俺とご飯一緒に行かない?会社終わった後にでも」
鹿山は少し考えるような仕草をした後、真凛を食事に誘った。
「え?」
「ほら、折角綺麗にメイクしてるんだしさ」
鹿山は少し慌てて取って付けたような理由を言う。
「あー、すみません。今日は病院行くので早退しようと思ってまして」
嘘じゃない。本当に受診予定だ。
「え、どこか具合悪いの?大丈夫?」
鹿山は心配そうに聞いてくる。
「いえ、大したことはないんですけれど」
真凛は目線をずらして言葉を濁した。
「そっか…それじゃ仕方ないね。よかったら今度ご飯行くこと考えといて」
鹿山は残念そうにそう言うが、誘う事は諦めなかった。
「はい、そのうちに」
真凛は、一応返事をすると話はこれで終わりとばかりに真凛はパソコンに向かった。鹿山もそれ以上は何も言わず自分の作業を始めた。
──────────────────────────…ベタイ
「粉瘤ですね」
晃輔は患者の背中の腫瘤を触ってそう伝えた。
患者の左肩甲骨の上部内側には直径五センチメートルほどの腫脹がある。
周囲は赤く熱をもっている。触ると皮膚の下はぶよぶよして、中心部に黒い毛穴が見えた。
「なんですか?それ」
患者の名前は須永正樹と言った。五十代半ばの男性である。
「説明しますのでこっちを見てください」
須永は着ていたシャツとセーターを上に捲って背中を見せていたが、晃輔に言われて服を直そうとした。それを横についていた晶湖が服のシワを綺麗に伸ばしながら下へ降ろす手伝いをする。
須永はシャツのすそをスボンに入れながら晃輔に向き直った。
「コレが毛穴です。で、毛がこんな感じに生えているんですが、中がこんな風に袋状になってしまってるんですね、でこの中にどんどん垢が溜まっていくと袋が大きくなってしまって、それでここにバイキンが入ると今みたいに赤く腫れて痛みが出てしまうんですね。これはほっとくと、どんどん大きくなってしまうので、手術して取ってしまったほうがいいです」
晃輔は図を描きながら説明した。
「手術ですか?すぐ出来るんですか?」
須永は手術と聞いて驚いたが、やるならすぐにやってしまいたいと思った。
「それが、一回腫れてしまうと、炎症が引いてから最低三ヶ月から半年くらい経たないと出来ないんですよ」
晃輔は困った顔をしてみせた。
「え!でも今も痛いんですけれど、ほっとくんですか?」
須永は驚いて訴える。今でさえ夜背中を着けて眠れないほど痛いのに、何ヶ月も先まで待ってなどいられない。
「なので、今日は切開して中の膿を出しちゃいますね。ただ何日か通っていただくことになるんですけれど大丈夫ですか?」
そうだろうとばかりに晃輔は頷いて、ただし通院が必要になる事を告げた。
「何日くらいですか?」
会社勤めの須永は、会社の帰りにクリニックに寄れるかどうか頭の中で素早く計算する。
「うーん…それは傷の状態次第ですね」
晃輔にもはっきりとは答えられない。
「うー…わかりました。お願いします」
須永は考えた結果処置をすることにした。
「はい、では今からやりますね、処置室に移動してください」
晃輔はそう言うと、晶湖に目で合図をした。
「では、こちらからお荷物を持って、処置室に移動していただいてよろしいですか?」
晶湖は診察室の中から隣の処置室へ通じる扉へ須永を案内する。
処置室に入ると晶湖は須永に電動昇降ベッドに横になるように指示した。
「そうしましたら、コチラ側を頭にしてベッドにうつ伏せで寝ていただいてよろしいですか?」
ベッドは処置室の丁度真ん中に鎮座している。ベッドの奥にはCO2レーザーやQスイッチルビーレーザー等が所狭しと並んでいた。
「お背中失礼致しますね」
須永にベッドでうつ伏せになってもらうと、晶湖は患部が周囲まで広くみえるところまで服をまくりあげた。それから患部以外の肌のところへはバスタオルをかけて隠す。
そうしておいて、晶湖は包交車を近くに引き寄せ処置の準備を行う。
「麻酔はいくつ吸いますか」
処置室から晶湖は診察室にいる晃輔に聞いた。
「5CCお願い」
晃輔はカルテに記入しながら答えた。
晶湖は薬品用に使っている小型の冷蔵庫から麻酔を取り出すと、シリンジに5CC吸い出し針先を18Gから27Gに交換した。それから包交車の上に油性マジック、ポビドンヨード綿棒、11番メス、ガーゼ、膿盆、生理食塩水、滅菌鑷子、コメガーゼ、ゾンデ、エラストテープ…と必要物品を頭の中でドクターに渡しやすいように考えながら揃えていった。
晶湖が処置のセッティングを行っている間に晃輔は診察室から次の患者を呼んでいた。
「一人診てからそっち行くね」
「承知しました」
晶湖は診察室と処置室の間の扉を閉め、診察室に次の患者を通すと、また処置室に戻った。
「体勢はお辛くないですか?」
うつ伏せのまま待つ須永に声をかける。
「大丈夫です」
苦しそうには聞こえない。
「もう少しお待ちくださいね」
晶湖はそう声をかけて、診察室に戻った。
晶湖が診察室に戻った時には、診察は終わろうとしていた。どうやら薬をもらいにきただけのようだった。
晃輔はカルテの記入を終えると、立ち上がって処置室に向かった。晶湖も後から続く。
「すみません、お待たせ致しました」
晃輔はニトリルグローブをつけながら須永に声をかける。
「大丈夫です」
須永はベッドに突伏したまま返事をした。
「ベッドがあがりますね」
晶湖はそう声をかけながら晃輔がやりやすい高さまでフットペダルを踏んでベッドを上げる。
それから無影灯が患部の中心に当たるように調節した。
「では、始めていきますね。最初に麻酔をしますね」
そう言いながら晃輔は切開する部分にマジックで印をつけると、横でポビドンヨードを浸した綿棒のパックを開けて準備していた晶湖から綿棒を受け取ると患部全体を大きく消毒していく。
使った綿棒は足元の汚物用の缶に入れる。
晶湖は晃輔に麻酔の入ったシリンジを手渡した。
「はい、ちょっと痛いですよ」
「くっ!」
ぶすぶすと印を着けた箇所の周りに針を刺して麻酔を入れていく。
須永の我慢する声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
晶湖が顔を覗き込んで声をかけた。
「なんとか…」
顔色も表情もそこまで酷くない。晶湖はそのまま様子をみる。
──実際はここからが痛いんだよね
そう思いながら、晶湖はメスを渡した。
晃輔が患部にメスを当てると刺さった瞬間ブシュッと音を立てて膿が飛び出してきた。危うく晃輔の白衣に掛かりそうになる。部屋全体に強烈な腐敗臭が広がる。何度嗅いでも慣れないニオイだ。
「中に溜まっている膿を押し出しますね。痛いですよ、頑張ってくださいね」
優しい口調とは裏腹に晃輔は遠慮の欠片もなくぐいぐいと絞り出すように膿を出していく。
「ぐっぁ」
悲鳴ともつかない言葉が須永の口から漏れる。
何とか出せるだけ膿を絞り出すと、切開部の中を生理食塩水で洗う。それからコメガーゼをゾンデで押し込んで創部にかませ、余った分は器用に折りたたんで創部の上にのせた。
「後はガーゼで覆って終わりですからね」
ガーゼを厚めに重ね粘着力の強いテープでしっかりと固定をする。
「終わりました。今日はこのまま濡らさないでおいて、また明日いらしてくださいね」
晃輔は電動昇降ベッドをフットペダルを踏んで下げながら須永に声をかけた。
「は…い。ありがとうございました」
晃輔はそのまま処置室を出ていく。
須永は痛みのせいかまだ起き上がることが出来ないでいた。晶湖はかけていたタオルを取ると、めくり上げていた衣服を直してから、須永に起き上がるよう声をかけた。
「お疲れ様でした。ゆっくり身体を起こしてくださいね。気持ち悪かったり、ふらふらしたりしませんか?」
須永は言われた通りゆっくりと起き上がる。ベッドは汗で濡れていた。
「大丈夫ですか?」
晶湖は須永の顔を覗き込みながらもう一度声をかける。
「大丈夫です。…ふぅ、結構痛いんですね」
須永は苦笑いしながら返事をした。
「これで少し楽になると思いますよ」
晶湖は使用した物品を片付ける手を止めると、慰めるように声をかけた。
須永が出ていくと、物品の片付けを再開する。血のついたガーゼは医療廃棄物の段ボールに捨て、使った器具は物理的な汚れを洗剤で落とした後、消毒液につけておく。その後乾かしてパックに詰めてオートクレーブにかけるのだ。
晶湖は先ず機材を洗浄し、消毒液に浸ける。それから電動昇降ベッドもアルコールで消毒し、室内に消臭スプレーを散布してから診察介助に戻ろうとして、次の患者が第二診察室に通されていることに気がついた。
──誰だろう。
晶湖は診察の邪魔にならないように、静かに裏からまわって第二診察室を覗き込む。
患者はいつぞやの若い女性だった。マスクをしていて、髪の色も変わっているが覚えている。
──えーと確か…なんとかマリンさん
下の名前に特徴があって覚えていたが、名字は思い出せない。晃輔に好意を持っているように見えた女性だ。あの時はよくわからなかったけれど、影を操られて怪我したところを晃輔が助けて診療時間外で診察した記憶がある。
晶湖は診察室の隅に立って真凜と晃輔の会話を聞いていた。
「頭がぼーっとするなぁと思うようになったのはいつ頃からですか?」
「うーん…最近、ここ…一週間くらいだと思います」
「他には何か困ってることはありますか?」
「頭が…重いですかね。頭痛…まではいかないんですけれどなんか頭がだるいっていうか。仕事が事務なんですけれど、パソコン入力してても集中が続かなくて、頭にモヤがかかったように意識がふわっとして?手が止まっちゃうんです」
「夜は眠れてますか?」
「多分…眠れてるとは思うんですけれど」
「一応お熱を測っておきましょうか」
晃輔がそういうのが聞こえて晶湖はすぐ処置室に体温計を取りに行く。
晶湖は処置室から体温計を取ってくると、そのまま真凜に差し出した。
──この看護師さんまだいたんだ。
真凜は少し不機嫌になった。診察室に呼ばれたときにいなかったので、もしかして辞めたのではないかと思ったのだ。
──期待して損しちゃった。
差し出された体温計を真凜は受け取って左の脇に挟む。三十秒もしないうちにピピピッと体温が測定終了の合図音が鳴った。
真凜は脇から外して晃輔に渡す。
「──お熱は無さそうですね」
「はい、身体の調子は悪くないんです。食欲もめっちゃあるし」
「ふむ。…一応血圧と、胸の音も聞かせてくださいね」
「はい」
晃輔は椅子ごと真凜に近づいて左腕に医療用電子血圧計のマンシェットを巻く。
晃輔から微かに石鹸か何かのいい香りがして真凜はドキッとした。
──何かつけてるのかな?シャンプーかな?
「ちょっと腕がキツくなりますよ」
晃輔がゴム球をリズミカルに握ると真凜の左腕に巻かれたマンシェットのゴム嚢に圧がかかる、締め付けられて痛くなる手前くらいにふっと圧が解かれ左腕が楽になった。
「百三十八の九十…年齢の割にちょっと高いかな。普段はどのくらいですか?」
「…普段は測らないのでわかりません…」
先生が近いからだよ!とは言えず真凜は口ごもる。
「そうだよね」
晃輔は苦笑しながら、この年齢ならそんなに血圧を気にする年齢ではないのでそうだろうと思う。
「もう一回測りますね、大きく二回深呼吸してください」
真凜は言われた通りに深呼吸する。
その間に晃輔はマンシェットのエアを素早く抜いてもう一度、ゴム球を握り始めた。
「九十八の六十四…今度は大丈夫そうだね。そしたら胸の音、聞かせてもらえるかな」
「はい…」
真凜の今日の服装はギャザーワンピースだ。下から捲り上げようか、胸のボタンを外そうか迷っていたら、晶湖が後ろに回り込んできた。
「下はキャミソールですか?ワンピースを捲っても大丈夫ですか?」
真凜は無言で頷いてリクライニングソファから少し腰をあげる。
晶湖は失礼します、と言ってワンピースをおへその辺りまでたくし上げた。
真凜は姿勢を正して前を晃輔の方をみる。真っ直ぐには見れないので、晃輔のお腹のあたりに目線を向けた。
真凜の胸は見えないように配慮しながらたくし上げたワンピースの下から晃輔が聴診器を滑り込ませる。
真凜は恥ずかしさのあまり緊張して自分の心音が早くなるのがわかった。
晃輔にもそれが伝わったのだろう、聴診器を当てながら上目遣いに真凜を見るとマスク越しにニコッと笑いかけた。
「緊張してる?ごめんね。ゆっくり大きく深呼吸してくださいね」
──?!もう!余計緊張しちゃう!
顔が熱くなる。それでも真凜は言われた通り大きく深呼吸を繰り返す。
「背中も聞かせてくださいね」
真凜のそんな様子にも気づかず晃輔はそう言って、背後に回り込んで同様に背中に聴診器を当てた。
晃輔が席に戻ると真凜はホッとして急いでワンピースを直す。
「喉も見せてくださいね」
今度は晃輔は机の引き出しからペンライトを取り出すと真凜に向き直った。
「はい、あーんして。あーって声出してください」
真凜は言われた通りに声を出す。
表面上は何でもないように取り繕っているが、真凜の頭の中はいっぱいいっぱいになっていた。
一通り診終わって晃輔がカルテに向かうと、真凜はやっと人心地がついて気が付かれないように小さくホッと息を吐いた。
「うん、胸の音も綺麗だし、喉も大丈夫そうですね」
──声、低いな。
真凜は晃輔をこっそり盗み見る。
──手も大きくて、ゴツいなぁ。何かスポーツとかしてるのかな?
「そうしたら…特に酷い症状も無さそうだけど、風邪のひき始めかもしれないから、お薬出しておきましょうか」
晃輔が真凜に向き直って、二人の目が合う。
真凜はまた顔がカッと熱くなるのを感じた。
「は、はい、お願いします」
──マスクしてて良かった。
「そしたら、お薬一週間分出しますので、良くならなかったら一週間後、また来てください」
晃輔は最後一週間後、のところで少し力を込めて言ったが、動揺している真凜は気が付かなかった。
診察が終わって、会計を済ませ薬をもらうと、真凜はそそくさとクリニックを後にした。
エレベーターを降りて、ビルの外に出ると、胸に溜まっていた空気を吐き出すように大きくため息をした。
──ふう、緊張した。でも、先生変わってなかったな。
診察室でのやり取りを思い出し真凜は思わず顔がニヤける。
──太い腕にパネライの時計、似合ってたな。それに…指輪してなかった!
真凜は緊張しながらも晃輔の頭のてっぺんから足の先までしっかりチェックしていた。
クルンと跳ねた髪、服の上からでもわかる太い腕、座っててもわかる高い背、何の変哲もない靴下にダブルストラップレザーサンダルを履いた足まで何故か真凜には可愛く映った。そして、左手の薬指に指輪をしていなかったことが真凜を余計に喜ばせた。勿論指輪をしていなくても結婚している可能性はある、が、真凜のカンではしていない気がした。
気分が高揚して足運びが早くなる。今朝までの頭重感が嘘のように真凜の身体は軽かった。
──今なら飛んで行けちゃいそう!
真凜は気づかなかった。もしも、目撃者がいたならばさぞかし驚いて自分の目を疑った事だろう。真凜が物凄いスピードで駅まで走っていた事を。
それこそ人間とは思えないスピードで。
「彼女、就職されたんですね」
「ん?誰?」
次に呼ぶ患者のカルテを確認しながら晃輔は晶湖の言葉に聞き返す。
「上村真凜さん、ほら、先生のファンの。前来た時は確か学生さんでしたよね」
「ああ…。…おじさんをからかっちゃいけません。診察の時、彼女、ちょっと嫌がってたじゃないか」
晃輔はちょっとしょんぼりしたように眉間にしわを寄せた。
「それは…!」
緊張してたんですよ、と言いかけて晶湖はその先を言うのを辞めた。気がついていないのであれば、別に教える必要もない。
「別に下心なんてないんだけどな」
晃輔は思いの外傷ついたようで何やらぶつぶつ言っている。
──勘違いだと思うんだけどな。
晶湖はそんな晃輔を見ながら、人の好意に鈍い晃輔を半ば呆れながらも好ましく思った。
「まあそんなことより…」
晃輔は言い淀む。
「?」
「一週間で治まってればいいけど」
「何がですか?」
「ん?いや…えと次の患者さん、呼んでもらえる?」
確信がない事はまだ晶湖には話せない。
──でも。
確信が持てた時には、今度は最初から晶湖にも状況を詳しく話すつもりでいる晃輔だった。




