第3話
明るい声がした。
この怖いもの知らずで馬鹿なシュウは、今だけはとても頼りになる。
王様は「旅?」と聞き返した。
「そう。キョウカも僕も、それぞれやりたいことがあるんだ。それを叶えるための旅をしているんだよ!」
旅仲間の呑気な言葉が、俺の肩の重みを少しずつ下ろしていく。
落ち着いて見れば、見た目は祖父と孫の会話と言う状況だ。
そう思えたときから、先程までの異様な光景を頭の片隅へと追いやることができた。
そこで俺はようやく口を開く。
「どうしてオーガが人を襲うんですか?」
王様は俺を見た。
「どういうこと?」
聞いてきたのはシュウだった。
シュウは本当に何も知らない。
まあ、こいつの境遇を考えれば、当然なのだけれど。
「オーガは力こそ強いが、縄張りに入らなければ無闇に争いを起こさない。住みわけができる魔物なんだ。今回、人が食われているのは町の周辺だろ? 遠く離れた森の中ならまだしも、酔った状態で歩いて行ける程度の距離に縄張りなんて……」
「ふーん。縄張りが近くになくても、遠征に来たんじゃないの? 人間でもするでしょ? 食料がないから少し遠くまで探しに行くって」
「オーガは昔、人間に駆逐されたんだ。まぁ、その生き残りがいたわけだから、今も存在しているんだが。その駆逐した時の記憶があるからこそ、恐怖心から人間を襲うことは滅多にない。恨みでないのは人間にとっては幸いだった。だから、オーガに襲われる事件ということ事態が多少不思議なんだ」
「ほええ、そうなんだ」
「相当酔っていた、かつ、相当飢えていたのなら、話は別だが」
目と口が縦に開く。
シュウは瞳に入る光を増やしているが、頭の中には留まらないだろう。
視線は宙を泳いでいる。
話は聞いていたが、興味がない。
「よく知っているな」
俺を褒めたのは、鋭い眼差しの王様。
腕を組んでいるその姿は、馬車ではなく玉座が似合うだろう。
「人間を襲い始めた理由はもう調査済みだ」
何かに対して小さく頷き、同時にため息を吐いて、窓の外を眺めた。
それはあまり良くはない昔話を孫に聞かせる、見たことの無い祖父のような姿。
「排除の被害者が出る前だ。この街の周辺で、弱っているオーガがいた。心が優しいこの街の人間は、弱って攻撃してきそうにないオーガに食べ物を与えた。その場で食べたオーガは、森に帰っていった。けれど、次の日も同じ場所に訪れていた。再び食べ物を貰って、オーガは腹を、人間は心を満たした。その時、その人間にどんな感情があったかはわからんが、私は『慈悲』ではないかと思う。だが、それは仇となった」
「……なんで?」
急かすシュウを一瞥もせず、外を眺め続ける。
語りの王様は何を思うのか、何か欠けている俺たちには、王様のように察することが出来ない。
数秒程度の空白。
再び語り手は仕事を始める。
「オーガに飯をやっている所を、他の人間が見つけた。この街の人間は優しいが、見つけた人間の優しさは街に重きを置いていた。だから、オーガという人間に危害を成す可能性のある生き物を元気にさせるという行動が、無責任、かつ被害的に思えたのだろう。飯をやっている人間を否定した」
「いい事だと思うけどな、僕は」
「それもまたひとつの答えであろう。だが、私だったら否定する。私も、街とその街の人間に重きを置いているからだ」
「ふーん……」
「結果、オーガは人を襲った。恐怖心や空腹があれど、所詮魔物。自分より弱ければ食らうし、腹がすいていなければ玩具にするさ」
王様、そう言って外を見つめた。
被害者が出てしまっていて、さらにはその責任がこの国の人間ならば、対応はその国がやるべきだろう。
いくら善意だったとはいえ、誰かのかけがえのない命がなくなってしまったのならば、それこそ。
ただ一つ気になるのは、人数が多すぎること。
オーガは確かに戦闘力はある。
一体に対し人間ならば5人が必要だろうか。
現状はざっと見た感じ200人規模。
「オーガは何体ですか?」
「調査の結果、10体以上確認されている」
珍しいこともあるものだ。
オーガは一家族で行動する生き物だ。
子沢山になる習性はなく、子は親の数と比例する。
なのでひと家族最大4体。
少なくとも3家族が発見されているということ。
もしくは、親の数よりも多くの子を育てているのか。
子孫を増やす理由は、存続のため。
存続が危ぶまれることが起こるという前兆?
『一般的な行動とは違うことをした』、という記述をどこかの何かの本で読んだことがある。
記憶をめぐらせていた時、王様が呟いた。
「――『習性に異変が生じたら、それは前兆だ』」
王様は、笑っていた。
楽しいとか、嬉しいとか、そういう笑顔とは違う。
恍惚と輝いていた。
寒気がした。
「かつて、そう告げたお人がいた」
「……どなたか、聞いても?」
「勇者一行だ」
聞いてくれと言わんばかりの目線で、お望み通りに問いかければ、やはり、という返答。
「予言、ですか」
王様は大きく頷いた。
これも何かで読んだ話。
勇者は魔王と共に産まれる。
生誕ということではなく、素質が芽生え始めるらしい。
そしてその素質というのは、勇者ならば『予知能力』らしい。
どこで何が起こるのか、戦いならばどんな攻撃がどこから来るのか。
そういうのが全てでないにしろわかるという。
王様は、その予言を思い出して今、ということだろう。
「オーガが群れを成しているかもしれない、という異変は、勇者様が仰った『予言』に相違あるまい。その前兆を……私は待っていたのだ……」
王様の両の膝に置かれていた拳が、開き、震えている。
それは何かを掴もうとしていて、きっともう少しの距離なのだろう。
冷や汗が垂れる。
どこか異様な雰囲気の、最高権力者を目の前に、なんと声をあげたら良いのかわからなかった。
「王様はなんで王様にななったのー?」
呑気な声が空気をぶち壊す。
狙ってか、狙わずか。いやきっと狙ってない。
きっとつまらなかったんだ。
シュウは開かれた窓の枠に両肘を乗せ、風を受けながら顔だけ王様に向けている。
風が俺の顔を撫でた。流れた汗で、爽やかさん感じている。
「なぜ、か。そうだな。この国と人が大好きだから、だな」
「そっかー! じゃあ僕と一緒だね!」
「王になりたいのか?」
「うん! 立派な王様になるために旅をしてるんだよ!」
「ああ、そうか、それはいい」
子を見る父親のように、今度は優しく笑った。
一安心。
不気味な雰囲気は、一旦は離れたようだ。
無意識に、ほっと胸をなでおろした。
「聖女様も、この世界を愛しておられた」
おろした胸が、固まる。
気配を感じた。
「魔王は倒されたというのに……またこの国にいらっしゃると言っていたのに……」
「聖女様は……行方不明なんでしたよね? ……勇者様も」
「そう……一体どこで何をしておられるのか……無事なはずだ。きっと、きっと、私が迎えに行きます。そして私の愛する国を見て頂こう。そして、そして……!」
ガタン。
何か力強い言葉が放たれる前に、馬車が停まった。
途端に扉がノックされ、開いたままの窓から兵士が顔を出す。
「失礼いたします。目的地に到着いたしました」
「降りよう」




