第2話
血の気が引いた。
口の中の水分がどっか行った。
頭の頂点から足の先まで力が籠った。
逃げ場のない視界と、後光が射す圧巻の姿。
鎧の反射で一層大きく見えるそのガタイに、俺だけが体を震わせた。
心を震わせているだろうシュウ、もといこのバカは、光で爛々と瞳を輝かせ、可愛らしいもちのような頬を紅く染めている。
「怪しい者どもめ! 動くんじゃない!!」
「ねーいいでしょーオーサマー。僕強いよー?」
「黙れ!!」
背筋に雷が落ちた。
「やめろ!」
「うるさい」
シュウの手が、剣を握る護衛の兵士の手首を蹴り上げた。
手首こそ無事だが、手背と前腕の鎧は砕けた。
少量の血も飛び散っている。
切ったかと思いきや、俺の頬に張り付いた爪の欠片で察した。
気持ち悪いのに払い落とせない。
顔も体も動かなくて、けれど眼球だけが動いた。
シュウの可愛らしい笑顔から一転。
笑いすぎて、上がりすぎている口角。
それは下瞼さえも押し上げ、『愉悦』を描いているように思える。
――それを見て、冷静になる俺がいた。
――驚嘆と、苦痛と、悲鳴。
――俺とは逆の反応をする人間は、何十倍。
「捕らえろ!!」
怒声のような掛け声が耳を刺した。
直後には地面を揺らす叫び。
四方八方から向かってくる刃と、捕縛する魔法。
これを切り抜けるには――
「止まれ」
……。
空気が止まったかのような、静かに重く、通る声。
周辺の悲鳴でさえも忘れさせてしまうほど、強制力を持った一言。
その元である、所謂王様は、馬の上から変わらず見下ろして、けれどその目には優しさを含んで、問いかける。
「なぜ、一緒に行きたいと?」
俺ではない。
俺を抱えるシュウに向けられた疑問。
兵士は誰一人として異を唱えず。疑を表せず。
不自然なほどに止まり続ける。
周りを気にしないシュウは、素っ頓狂な顔で考えを巡らせる。
これが、さっき人の爪を蹴飛ばした。
「んっとねぇ。僕のが強いから! 佐吉にだって負けなかったんだから!」
「サキチ?」
「僕の生まれ故郷で一番大きい友達! おぉがを倒しに行くのなら、喧嘩の強い僕も一緒だと安心だと思うよ?」
少し驚いた。
質問の答えとしてはずれているかと思いきや、自分のアピールポイントまでつなげていた。
そのサキチという人物は全く知らないが、ともかくそれなりに喧嘩はできると。
エピソードに加え、先程の兵士への危害。
それを指摘しないことは気にすべき点だが、これはもしかすると、もしかするのか?
顎に蓄えた髭を撫で、考え込んでいる様子の王様。
爪を剥がされた兵士を一瞥し、シュウを見る。
「よかろう。共に」
兵たちは驚いていた。もちろん俺も。
まさか了承されるなんて思ってもみなかった。
俺たちを他所に、王様は爪の剥がされた兵を見つめ、 そして言い放つ。
「その者はキョウカイへ送れ」
――キョウカイ? 教会? いや、協会か?
その言葉を聞いた瞬間、爪を剥がされた兵士に加え、周りの兵士たちの顔も一気に青ざめていった。
良いことを言ったわけではないというのかまさに一目瞭然。
慌てふためき、剥がされた爪などお構いなしに暴れ始めた。
一部の兵士は気を取り直し、取り乱し、血を巻き散らす同胞を両脇で抱えた。
それでも大きく喚き散らし、街の奥へ消えて行った。
一体なぜそうなったのか、俺にはわからない。
もちろんシュウもわからないが、シュウの奥に見える庶民たちは、未だ一様に青ざめた顔をしていた。
相当ひどいことを言ったようだが、王様を見ればつまらなそうな顔で、その叫びを見つめていた。
見飽きたのか、シュウに、そして俺に視線を向けて手を差し出した。
「君たちは、私と共に馬車に乗ろう。君たちの話を聞かせてくれ」
王様が手を叩き、誰かの何を言っているかよくわからない声がした。
力が込められた声の次、王様の背後に突如として現れた馬車。
『よくわからない声』というのが魔法だということを理解した瞬間だった。
王様は兵の手を支えに馬車の内部へ入る。
そして俺たちにも乗るよう視線を送り、シュウは呑気な声とともに軽やかに飛び乗った。
乗りたくない理由を頭の中にいくつも浮かべながら、けれど兵士に促される形で中に入る。
王様の正面に俺たちが座ったところを見計らい、馬車はゆっくり動き出す。
一定の速度で動き、ちらりと外を見れば、先程までの青はどこかへ行ったようだった。
王様の姿が見えないにもかかわらず、庶民は大きく手を振りながら声援を送っている。
「君たちは何者だ?」
王様が問いかけてきた。瞬間、俺は肩肘が強張る。
決して鋭くはない、けれど剣呑な視線が、俺の眉間を突き刺す。
そう難しくない質問だ。
普通に答えればいい。
そればかりを考えてしまって、発するべき答えが音にならない。
この閉鎖された空間と緊張感で思ったように言葉が出てこない。
「僕たちは、旅をしているんだよ」




