表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作者: 彩白 莱灯
1-4 欲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/40

第9話

 好々爺の持つ盃は空になって、床に置かれた。

 口元に滴る酒を拭う。

 その動作を、シュウは瞬きせずに見ていた。

 好々爺もまた、そんなシュウを見続けた。



「まさか、全員覚えとんのか?」

「全員は覚えてないよ。けど、エルフのおじいちゃんは見てたら忘れないだろうし。それに……」



 ―― おじいちゃんの匂いに覚えがない。



 そう言おうとしたシュウは口を閉じた。

 本能的な反射。

 口に出してはいけない、無意識下での警告が脳を支配した。



「……手馴れてるから、他のお客さんの常連さんなんじゃないかなって思った」



 弾けるような笑顔を見せつけ、誤魔化そうとする。

 好々爺の目は笑っていなかった。

 長い眉は垂れ下がったまま、口角は少しだけ上がったまま。

 しばしの沈黙を待った。



「おとついまでは、魅狐花魁のとこにおったのやわぁ」



 膨らんだ片頬が、ごくりと鳴った喉と共にしぼむ。



「……誰?」



 エルフの爺の上半身が傾いた。

 それでも笑顔は崩さず、姿勢を整える。

 純粋な淀みのない表情で、再び頬を膨らましていた。



「ここの、特に人気な子ぉやわぁ。あんたもこの店の子やったら知ってるやろ」

「まだ入ったばっかりだしなー」

「数日前の花魁道中を見ーひんかったかいなあ?」

「あ、それは見た! あいつかー」



 シュウの発した言葉に、爺は眉を顰めた。



 指名で会いに来ている妓女の扱いが気に入らなかったから。

 同時に疑心を抱いた。

 新人とはいえ店の従業員。

 看板で稼ぎ頭の者を、上の者はともかく下の者が知らないというのは通常はありえない。

 遊郭は上下関係に厳しい。

 礼儀を重んじる。

 挨拶をしてないにしても認識していないというのは経営側にもいささか不信感を持つ。



 途端、爺の酒の進みが悪くなる。

 口直しの肴として、気になっていたことを問いかける。



「ところでそのお守りはどこで手に入れたもんや?」



 長い爪が示すのはシュウの胸元。

 そこには透明な水の中で泳ぐ黄色い石。



「これはねー、友達に貰ったの」

「魔法がかかってるな。なかなか腕がええ」

「そうなんだ! 嬉しいなー」

「守護の魔法やな。風属性や。……のう、ユウ」

「なぁに?」

「この魔法をかけたのは、どないな子かいな?」



 好々爺の目が鋭く光る。

 顎髭を撫でながら、しかし隙はなく、どこか剣呑な雰囲気が漂う。

 シュウはもちろんそれを察知した。

 だが不思議と敵意はなく、身構えることをしなかった。

 それはまさに、不幸中の幸い。

 か弱いはずの遊郭の妓女がそう素早く動けるなんてこと、あってはならない。



 シュウの頭の中には確実にキョウカのことが浮かんでいる。

 そしてそれをどう伝えるかを考えなければならない。

 けれど考えすぎても良くはなく、すぐに思いついた言葉を発した。



「馬鹿真面目」



 片手は土産の菓子に伸びていく。

 妓女にしては不自然だが、妓女らしくないシュウにとっては自然すぎる行動。

 それゆえに、好々爺はシュウをマークしなかった。

 お守りの主である魔法使い(キョウカ)に関心が向いていた。



「ほう、どないな風に?」

「んー(ふぉ)。と()()えず、考え()ぎ。めちゃくちゃ慎重。んでたぶん、僕のことが大好き」

「ふむ、ふむ。魔力から読み取れる性格そのものやな。優しいええ子ぉとちがうか」

「すっごく優しいよー。でもね。優しすぎて息苦しそう」

「ほう」



 合いの手は少なく、シュウの言葉を待つ。

 口に何かしらを詰めながら話すシュウは、その話のもとの人物を思い浮かべる。

 それは、ただひたすらにシュウの観察をして、拾い集めた物品を細かく確認している時の様子。



「慎重に慎重に動きすぎて、むしろ追い詰められてる感じ? もうちょっと気楽に、流れるままにやればいいのになーって思うけど、多分無理なんだと思う」

「なんでそう思う?」

「そういう生き物だから。育ちなのかな。変えようと思ってみてもそれが辛いかもしれないでしょ? 本人が苦痛に感じてないのならそれでいいと思う」

「放任主義やな」

「ほーにん?」

「『自由にやらす』っちゅう意味や」

「あ、うん、そう! ほーにんしゅぎ!」

「慎重なその子ぉとは丁度ええとちがうか」



 自慢げな顎髭を撫で、満足げに笑う。

 それを見てシュウも笑った。

 二人のことを否定されなかったことが、シュウにとっては何よりの喜び。

 満たされたシュウは、腹も満たそうとさらに菓子に手を伸ばす。



「その子ぉも遊郭におるのかい?」



 爺の質問は終わらなかった。

 けれど気にを止めるほどのものでもなく、シュウは菓子を口に放り込む。



「僕と一緒に来たけど、どっか行っちゃった」

「おや、そうか。どこに行ったか聞いてへんのか?」

「知らなーい」



 魔法を使う者、というのはエルフにとっては聞き捨てならないことだ。

 しかし、その意味を知るのは、エルフを抜いて魅狐とキョウカのみ。

 奇跡的に嚙み合った事実が、二人の旅路を救っている。



「ほんなら――」



 シュウが、口を閉じられないほどの大きさの菓子を詰め込む。



「その子ぉの名は?」



 飲み込めず、うまく喋れない。

 だが聞かれたのだから答えなければと、シュウは少し飲み込んで、まだ残る口を動かす。



キョーカ(キョーコ)!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ