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いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作者: 彩白 莱灯
1-4 欲

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第10話

「キョーコ、か。キョーコ」



 好々爺は皺くちゃの脳に刻み込む。

 自分の咀嚼音で聞こえなかったシュウは訂正せず、間違った情報がエルフへ伝わることとなった。

 それに気付くものは、当人たちを含めてもその場にはいない。

 だからこそ、話は波風を立てずに次へと進む。



「その子ぉのことは好きか?」



 文脈に沿っているようで、突拍子もない質問だった。

 意表を突かれたシュウは目を丸く見開く。

 けれどすぐに菓子を齧る。



「うん、すきー」

「そうかそうか」

「おじいちゃん、めちゃくちゃ興味持ってるね」

可愛(かい)らしい子ぉの好きな子ぉは爺にとっても可愛(かい)らしがる対象なのやわぁ」



 ほっほっほ、と、梟の鳴き声の様に笑う。

 気に入らない言葉を聞き流す余裕ができていたシュウは、頭の中で答えを探す。



「その子ぉいーひんようになったら、どないすん?」



 禁句だった。

 それは双方(・・)が考えない選択肢。

 想像すらもしない、ありえない未来。



 シュウは菓子を握り潰した。

 存在感が揺らいだ。

 異質さが表面に出ようとする。

 ――ただ、幸いだった。

 酒が入っていた事。

 そして守護の魔法が張られていた事。

 シュウが菓子をたらふく食べ、心身が整っていた事。

 その三つが重なって、爺には『異質さ』の判断ができなかった。

 想像したらショックを受けた程度の変化だととらえていた。



「殺すよ」



 報告。

 威圧でも、脅しでもない、ただの対処方法の断言。



 遊郭の住人は極端だ。

 心を病むものも多く、依存しやすい。

 だからこそ、シュウの発した言葉も別段不思議ではない、むしろ日常的な言葉の一つでもあった。



「僕の『好き』は一番ってことなの」



 握った掌を開いて、砕けた菓子を見せつける。

 また握って、さらに砕けた。

 それも見せつけながら、シュウは瞬きもせず、口からついて出る言葉を流す。



「一番以外のものは『好き』じゃないの。キョウカが好き。この世界も好き。大好き。大好き大好き大好き! 好きなものと好きな人以外はどうでもいい。だから、好きなものと好きな人を奪う奴は、好きじゃないから殺す」



 爺から見たシュウの瞳は光で満たされ、眩しいぐらいのものだった。

 純粋で、悪質。

 けれどそこまで思わせるほどの人材。

 そして魔力の持ち主であると悟る。



 病的な好意を理解してなお、爺はシュウを孫のように慈しむ。

 手を伸ばし、粉々の菓子にまみれたシュウの手をとる。

 呟いた言葉で水が浮遊し、ベタついた手を洗い流した。



「そこまで思われるキョウコとやらは実にできた子ぉなのやろう。いつか会うてみたいもんや」

「……キョ、ウ……」

「そやけど、今日はもう時間のようや」



 振り向くと、障子の向こう側に構える影がある。

 一人分の時間が来たので呼びに来たのだろう。

 爺は立ち上がり、荷物を手に持った。



「見送りは結構。ほんでこら土産や。……ユウとキョウコは、生き延びること願うてんで」



 障子を開いて、静かに出ていった。

 同時にシュウはその場で倒れ込んだ。

 寝息を立てている。



 置いてかれた土産から、炎が立ち込めていた。




 ―― ♦




「魅狐花魁」



 閉じられた障子に透ける人影。

 気配は感じていたので、向こうからはわからない位置に移動した。

 魅狐からしても、金を払っていない人間は客とは言えず、そんな奴と油を売っている暇があれば別のことをしろと叱責されるだろう。

 俺はさらに店員として入り込んだから、質の悪い奴だと暴行を受けてもおかしくない。

 双方のため、この場をやり過ごすために手を組んだ。



「はい」

「エルフ様から文をお預かりしています」

「エルフ様から……?」



 ―― エルフだと……!?



 なんでこんなところにエルフが……いや、居てもおかしくはないんだ。

 魅狐がエルフとミックスなのだから、エルフと関係があってもおかしくはないと話したばかりだ。

 だが、だとしてもなんで今日の今日でここにいるんだ……!

 運が悪い。

 だがまだ救いはある。

 騒ぎになっていないし、シュウのお守りの効果も生きている。

 手を出されたわけではないだろう。

 見つかっていないのが一番だが……。

 これは……早急にシュウと合流しなければ。



 考えている間、魅狐は障子を開けたところに置かれた文を拾い上げ、その場で開いた。

 読んでいるのだろう、そして、息を飲んだ音が聞こえた。



「っ、そんな……!」



 後ろへ後ずさり、よろける。

 なんとか立って居られているが、よほどショックなことが書かれていたのだろう。

 壁に寄りかかってしまった。



 廊下の人の気配が消えたことで、俺も自由に動き出せる。

 一刻も早く部屋を出たいところだが、文の内容も気になる。

 潜んでいた場所から足を立て、魅狐の背後に寄る。



「どうした?」

「薬が……母の、薬が……!」



 嫌な予感がした。

 上手くしたの回らない魅狐から聞く前に、手紙を拝借。

 丁寧な、強弱のついた筆跡。

 底に書かれるのは慣れ親しんだ相手への挨拶と、謝罪。



「『聖女の精製に専念するため、薬の製造は中止』……『再開未定』」

「ああ……ついにこの時が来てしまった……」

「わかってたのか」

「あい……エルフの国で、聖女精製所の建造が始まった頃から。あちきの母の薬も魔力を使ったお薬なのでありんす」

「薬の製造にかかわる魔力すらも、聖女のために使おうってことね」

「購入制限がかかっていたんでありんす。だから、買い込んでおくことも出来なくて……」



 どれほど希少な薬かは定かではないが、恐らく代替品はないのだろう。

 一見卑怯な商売にも思える。

 それは『エルフ』という種族の狡猾さを知ってしまったから。



 文から魅狐へ視線を移す。

 肩を震わせ、壁に手をついている。

 繊細に彩られた指先が、壁を引っかき、縮こまり、掌にしまわれる。

 隙間から血が滴る。



「わかっていたのでありんす。それゆえ、覚悟も、とうにありんす」



 壁を押し、背筋を伸ばした。

 その姿は、道中闊歩していたその人そのもの。

 今回は夕日ではなく、蠟燭に照らされながら。

 金の瞳と赤い唇が、緩やかな弧を描く。



「依頼を引き受けていただけんせんか? 報酬はあちきの全財産」

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