8話
頭上には豪奢なシャンデリア。
周囲で軽やかに食器が鳴り、注文をとるウェイターの声はハキハキとして聴き心地がいい。
ピンと張ったテーブルクロスは清潔で、今からこの上で食事をするのかと思うとやや気勢を削がれるような気さえした。
そんな中、場違いにもわいわいと話している高校生が三人。
厳粛な場の空気から浮いていた。
「……で、トモがなんでここにいるの?」
「まあまあ、君が僕と二人っきりになりたかっただろうことは重々承知してはいるけどさ」
「……そんなことは一言も……言ってない」
「まあまあ今日は僕がご馳走するからさ」
「……ふん」
そんな高級感あふれるレストランでもサキはいつも通り、口元の覆いを外さない。今日は青の薄手のストールだった。
サキは器用にもストールをちょっとだけ浮かせてスプーンを滑り込ませている。
そもそも元から高校生だけでこんなところに来ているのだ。
ただでさえ浮いているというのに余計に目立つそぶりはやめてほしい。
あたりのお客さんがチラチラこちらを見ている気がしていたたまれない。
「なんというかトモ君。なんか嫌われてない?何かあった?」
アズサはこりゃお手上げ、と言わんばかりに肩をすくめてみせる。
俺はサキのご機嫌取りに使えそうだと思って持ってきていた切り札を出すことにした。
「……これは、何かのメモ、かい?」
俺の出した手帳を見たアズサは不思議そうに細い眉を上げる。
そういえば、アズサにもこのメモについては言っていなかった。
「前、アズサがいないときに叔母さんの同僚の人が訪ねて来たんだ」
これは生前の叔母さんが自分に何かあったら、と言って彼に渡していたわずかな資料のうちの一つらしい。
どうも生前の叔母さんは黒炎事件について細々と調べていたようだ。
陳腐な言い回しをすると、彼女は真相に近づきすぎたのだろう。そして、火に近づきすぎた虫のようにその身を焼かれてしまった。
でも、彼女の残したメモは、ここに残っている。
最後に残した、彼女がこの世に確かに生きていた証。
「叔母さんが残した情報は2つ。犯人の犯行周期と、被害者の共通点だ」
サキは目をギラリと光らせ、身を乗り出す。
一方のアズサは椅子に腰を据えなおすと、俺の皿のローストビーフ一切れを食べた。
俺はアズサから皿を遠ざけつつ話を続ける。
「そして、そこから叔母さんが予測した次の犯行の候補地がここの近くにあるんだよ」
それを聞いて持っていた食器を一度置いたサキは俺の発言を吟味するかのように頷いた。
「……それは……すごく興味がある」
「だからこれ食べ終わった後に、そこちょっと見に行って……」
俺がそう言い終わる前に、閃光のごとき速さでローストビーフを二切れ掠め取ったアズサがビシッとこちらを指さしてくる。
「おっと僕の目の前でサキちゃんをナンパするなんていい度胸じゃないか」
「いや、ナンパじゃないから。あと俺の肉食べるなよ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「だからその謎理論やめろって!おもっくそに減ってるから!」
そんなふうに俺たちが騒いでいると、周りの席からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
……はっず。
俺は無言で座り直すとアズサの皿から何か奪い取ろうとする。
しかしアズサの皿の肉は、あっという間に平らげられてしまっていた。
ああ、やられた。こいつは昔っから食べるのがめちゃくちゃ早い。
そのとき、一部始終を至極どうでも良さそうに眺めていたサキがアズサのスマホが光っていることを無言で指摘した。
「あ、ごめん電話みたいだ。ちょっと席外すね」
そう言ったアズサが去るとテーブルには静けさが戻る。
さっきまではサキと俺は、アズサを介して会話していたので、アズサが離席してしまうと急に会話がなくなってしまった。
とりあえずは何かしらの話題を振るべきか。
一旦天気か?天気の話題なのか?
そう思った俺が口を開こうとしたとき、サキがスッと手をこちらに向けた。
明確な制止。
どうしたんだ?と俺が尋ねようとしたとき、サキは囁くように言った。
「……何か変」
俺は開こうとした口を閉ざさざるを得なかった。
空調の音。
周りの客のざわめき、皿の触れ合う軽やかな音。
言われてから気づいた違和感。
外が……騒がしい?
そしてなんの前触れもなく、目の前のテーブルクロスが燃え上がった。
「熱っ!」
俺は呆然と目の前の炎を見つめる。
脳裏に浮かぶのは、焼けついたようなあの夢の光景。
赤と黒の炎の扉。
そして。
——叔母さんの残したメモ。
次の犯行の候補地はこの近くだった。
急に周囲が騒々しくなる。
レストランのあちこちから火が出ていた。
燃え上がった椅子が音を立てて崩れ、転々と配置された観葉植物はパチパチと火に巻かれている。
「急に料理が燃え始めた!」
「火事だ!」
驚いたような叫び声や、混乱して怒鳴る罵声が煙のように空間に満ちていく。
気づけば人々は我先にと逃げ始めていた。
爆発音がして、会場が揺れると同時に火炎の海とでも言うべき地獄がレストランを蹂躙する。
潮が満ちる様に床に炎の絨毯が広がる。
そしてバチィ!と音を立てて照明が消えると、あたりは炎だけになった。
これは、まさか。
——まさか!
「サキ……」
そう言いながら振り返った俺が見たのは、ストールを引きちぎり、両手に揺らめく日本刀を携えたサキだった。
完全に臨戦体制。
俺がいつかの晩に見たのと同じ姿勢で体を極限まで地面へ近づけ、足に力を溜めている。
左右に大きく裂けた口がさらに裂け目を広げ、歓喜の音を立てた。
「来た……来た、来た、来た!」
サキの目線の先にはポツンと立ち尽くしている影法師が一つ。
黒いレインコートを頭まで被った小さな人影。
そのコートの頭からは燃え盛る火が見え隠れしている。
人型の火炎がコートをかぶって人のふりをしているような異様なソレは、カクンと人体には不可能な速度で首を横へ傾げるとぎこちなく顔の炎に穴をあける。
奥まで見通せるような大穴を顔に開いたソレは一、二度それを開いたり閉じたりしたあと、耳障りな音を立てた。
「……ネタ、マシ、イ」
その言葉の意味を俺が理解するよりも早く。
放たれた矢のように飛び出したサキがソイツに切り掛かった!




