9話
ツーツーツー。
電話が繋がらないということを告げるその音が女子トイレに反響している。
僕はスマホを軽く叩いてため息をついた。
「うわー、フミちゃん怒らせちゃったかなぁ。あの子拗ねるとめんどくさいんだよ。しかも根掘り葉掘り他の子について聞いてくるし」
僕の脳裏に浮かぶ深窓の令嬢のような黒髪の少女は、燃えるような視線でこちらを睨みつけてくる。
そのとき僕は天才的な閃きを授かった。
白いワンピースをトモ君に着せれば完璧な深窓令嬢系美少女なのではないか、と。
髪の毛はちょっと短いけど、儚げな令嬢が短髪とか、これは新たなる世界への扉ではないのだろうか。
こんなインスピレーションを僕に授けてくれるなんて、フミは僕のミューズだ!
なぜか脳内のフミが憤怒の顔をしているが、僕はネットショップでいい感じの白いワンピースを探すことに熱中しているのでそのことには気づかない。そういうことにしよう。
と、そんなことをしているとき、ガチャリと音を立てて他の客が入ってきた。
「あれ、アズサさんじゃないですか。こんなところでどうされたんです?」
「あ!白宇根先生こんばんは」
入ってきたのはまさかの白宇根先生。
彼女は今日もちみっこくて、でもなんだか大人っぽいハイウエストのドレスを着ていた。誰かとデートだったりするのだろうか。
僕は特に深い考えもなく、さっきから気になっていたことについて先生に尋ねてみた。
「なんだか、外が騒がしくありませんか?」
「……そうですか?」
顔を伏せてそう言った白宇根先生がどんな表情をしていたかは僕にはわからなかった。
*
シンプルでありながら確かに高級感を持っていた品の良い店内は、今や原型を留めていなかった。
いくつかの斬撃の跡と、数え切れないほどの焼け跡に今なお燃え盛っている火焔。
戦局は……サキが不利な状態で膠着していた。
単純にリーチの差が苦しいのだ。
サキは接近しなければ攻撃ができないのに、相手は炎を出して辺りを薙ぎ払ったり、砲弾のように火球を打ち出したり、なんでもありだ。
しかも。
立体的な軌道を描き、地面のみならず柱まで使用して相手の近くまで接近に成功したサキが斬撃を浴びせる。
「……ちっ!」
袈裟懸けにずるり、と入った刃は相手の体を斜めに切り裂いたはずだったが、一瞬で相手の体はただの炎へ溶け、また別の火の塊から別の人影が現れる。
そう、ヤツにはサキの攻撃が効かない。
完全にこちらの負け戦だ。
アズサが戻ってきてくれれば、そう思った俺がチラッと出入り口の方を振り返ったその寸刻が致命的。
「トモ!」
顔を戻した俺の視界にはいっぱいに炎が広がっていた。
サキの焦ったような声が遠くに聞こえる。
ソレはヤツの顔だった。
目を焼きそうなそうなほどの至近距離に移動してきた相手がこちらを覗き込んでいる。
死、ぬ……?
「そ、ぁ」
死の恐怖に萎縮した俺の口から漏れ出たのは、そんな意味をなさない音のカケラでしかなくて。
ソイツがこちらに向かって火炎を爆発させようとした瞬間。
俺は意識が飛びそうなほどの速度で宙を舞っていた。
な、何が?
混乱した頭で必死に身を捩ろうとすると腰に何かが巻き付いていることに気づく。
このチクチクする毛むくじゃらの蜘蛛の腕は……。
「今度ばかりは僕も肝を冷やしたよ」
アズサが背後に光を背負って、廊下からこちらへの入り口に立っていた。




