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そして、俺は扉を開けた 〜赤い部屋の契約者は怪異をもって怪異を狩る〜  作者: 御上ナモ


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4話

 あれから1日経った昼頃。

 俺とサキは白宇根先生の手配のもと我が校の附属病院で治療を受けていた。

 白ベッドに白カーテン。

 窓からは昼の光が差し込んできている。

 空調が効いているため、7月相応の外気は感じられなかった。

 隣のベッドにはサキが寝かされており、この病室には俺と彼女しか患者がいない。

 俺は背中に傷があるせいでうつ伏せになることを余儀なくされていた。少しだけ薬臭い清潔な枕に顔を埋めながら隣に顔を向ける。

 サキは暗い顔をして天井を見つめていた。

「これは……言いわけでしかない、けど……私の異能は発現している最中……理性が弱くなる……」

 そう言ったサキは涙を一筋こぼした。

 彼女が耳につけたイヤホンからは聞き覚えのない曲が漏れ聞こえてくる。

 対処に困った俺が口を開こうとすると、途端に彼女は虚空に向かって憤り始めた。

「しかも……あのアバズレクソ女に……お気にだったヘッドホン壊されたし……。推しバンドの初回限定ステッカーも貼ってあったのに……」

 口悪っ。というか。

「……まさか泣いてるのってそれ?」

「……二割は申し訳ないと思ってる……」

「なんだてめえ」

 なんだか思ったよりも深刻ではなさそうだった。

 サキは少し躊躇ってからまた黙る。

 しばしの静寂があってから、彼女はボソボソと気まずそうに、でも申し訳なさそうに目を伏せて俺に謝ってきた。

「怪我させたのは悪いと思ってる……」

「まあ、気にするなよ。今となってはサキの方が重症なんだし」

 まさか点滴に繋がれたボロボロな女の子に向かって、俺に怪我させやがってコンチクショーとはなかなか言えないだろう。

 やっぱりアズサはやりすぎなのだ。

「……あの女、名前なんていうの?」

「あの女ってアズサのことか?」

「……アズサ」

 サキは天井を見つめたままため息をついた。

 もっと私に力があれば、とか考えているのだろうか。

 こうやって明るい場所で見るサキと、先ほどの夜道で俺に襲いかかってきたあの悪鬼羅刹のような姿はなかなか結びつかない。

 髪をベッドの上に放射状に広げてため息をついているサキはただの病弱な美少女にしか見えなかった。

 有名な話、怪異は見目麗しい人物を好むらしい。

 そこから行くと、サキの見た目から凄まじい強さの怪異を憑けていることを想定するやつも……いないか。

 確かにあの凄まじい戦いを繰り広げてたアズサもサキもどっちも顔は可愛い。

 また、テレビで見かける術士たちは確かに揃いも揃って優れた顔面をも備えている。

 もし説が正しければ、俺は自己肯定感高めなだけの怪異を宿せない程度の顔面ということになる。

 もし説が間違っていれば、俺の顔面と俺が怪異を宿せていないことは無関係である。

 うん、説が間違っているに違いない。

 現にあの顔面偏差値激高のアズサに俺は顔が整っているとたびたび評価されているのだ。

 色眼鏡、ではない……はず。

 でも考えてみれば俺バレンタインにアズサ以外からチョコもらったことないな。

 なぜか男女問わずクラス全員に友チョコを配るタイプの子も、俺にだけはチョコをくれなかったのだ。

 『ご、ごめん。でも私も死にたくないんだ……』とかなんだとか訳の分からないことを言っていたが、別に俺が嫌われていたとか仲間はずれにされていたわけじゃないよな?

 なんとなく不安になった俺が横を見るとサキと目が合った。

「何?」

「いや、美人がキレてると死ぬほど怖いって噂は本当なんだって、さっき思い知ったんだよ」

 現に、先ほどサキが襲いかかってきているときは本当に怖かった。

 アズサもキレたらマジで恐ろしいだろうな。

 アズサが俺に対してキレてるところは想像できないが。

 なんと言えばいいのか分からない、というような顔をしたサキは目を逸らすと一応、と前置きを強調する。

「一応……昔、子役をやってたことはある」

「へぇ、演技とか得意なの?」

 遠い目をした彼女は窓の外を眺める。

 俺には彼女が何を見ているのかは分からない。でも、なんとなく寂しそうな背中だった。

「まあ……昔の話。すごく……昔のこと」

 彼女はゆっくりと体を起こし、ベッドの隣にある小さな机から水を一口飲んだ。

「……外見は多少マシでも、中身は汚いだけだから」

 飲み込んだ水の代わりに吐き出すように呟かれた言葉は、小さすぎて俺の耳には届かなかった。

 広い病室に再び沈黙が落ちる。

 その沈黙を破ったのは案の定

「あ、トモ君と……確かサキちゃんだったよね。二人とも怪我の具合はどうだい?」

 病室の外から颯爽と現れたアズサだった。

 そろそろ暑くなってきただろうに、アズサはいつも通り長袖に長くスラックスと露出のほとんどない装いだった。

 そういえばサキも上半身は随分な重装備だった。

 強いやつは暑さにも強いのだろうか。

「まあ、ぼちぼちってとこかな」

「……」

「何だか二人の仲が深まってるみたいで何よりではあるんだけど……」

 言葉を止めてアズサはサキに目を向ける

「……な、なに?」

 昨夜アズサにされたことを思い出したのかサキは怯えたように身を引こうとし、腹部の傷が引き攣ったらしく顔を顰める。

「いや、昨日も思ったけど君って……確か皆川サキって名前で子役やってなかった?」

「……ずいぶんと詳しい」

 この短期間でだんだんとサキの顔色が読めるようになってきた。

 サキは表情にはほとんど変化がないものの、視線でなんとなく考えていることが分かる。

 あまりこの話を続けて欲しくはなさそうだ。

「あ、だよね!明らかに顔の可愛さが一般人じゃないよ!昔めっちゃ君のこと好きでさ。『うさぎ食堂の看板娘の私が後宮で猟奇殺人事件を起こします♪』からずっと見てて」

 なにそのドラマ。

「……随分とまた懐かしい作品」

 そしてなぜかサキの機嫌が若干マシになっている。

 わからん。もしかしたら俺の推測が全然あってなくて、視線は機嫌となんの関係もないのかもしれない。

 おかしいな。俺。自分の目にはそれなりの自信があるはずなんだけど。

「いや、あれ本当に初めて見たときに感動してさ」

「……私も、初めて台本読んだとき、すごい号泣した」

 え、そのタイトルで感動系??

 謎に通じ合っている二人から心持ち距離を取ろうとしてみるが、背中が痛かったのでやめた。

 ここの病院は術師関係の病院なだけあって、医療も普通のレベルじゃない。

 俺くらいの傷ならあと、二日もせずに退院できるだろう。

「あ、こっちきたばっかだよね?ここら辺の美味しい店結構詳しいから今度一緒に行かない?」

「……あり」

 俺がぼーっとしている間に謎のドラマについて一通り盛り上がった二人はずいぶんと仲良くなったようだ。なんだか酷く手慣れたナンパの現場を見た気分だ。

 というかサキはさっきまであのアバズレクソ女とか言ってブチギレなかったか?

 これが歴戦のナンパ師アズサの手口……。

 アズサ、恐ろしい子!

「じゃあどこがいいかな、あ、今回は僕がどこでもご馳走するよ」

 アズサが慣れた様子で地図アプリを調べだす。

 俺は知っている。

 アイツはよく女の子と行く店をピックアップしたブックマークを大量に作っているのだ。

 今も希望を聞きながらいい感じの店をチョイスするつもりに違いない。

 ネタバラシしてやろうか。そいつの勧める店は過去の女の使い回しだって。

 流石に無様の化身すぎるのでやらないが。

 そう思っていたら『どこでもご馳走する』と聞いたサキがキランと目を光らせた。

「ここで」

 閃光の速さでアズサの眼前に突きつけられたのはサキのスマートフォン。

 その画面に写っているのは——。

「え?」

「……奢ってくれるんでしょ……ここがいい」

 そこは超絶高級レストランだった。一食二万とかそのレベルの、電車に乗らずに行ける店の中で一番の高級店。

 アズサは目を泳がせたあと、半分ヤケクソになったように答えた。

「……わ、分かったよ!」

 アズサの引き攣った顔はめったに見れないので、見ると飯が美味くなる。

 不安そうに財布の中身を見るアズサとクックックと笑いを堪えているサキ。

 やっぱりサキ、めちゃくちゃヘッドホンのこと根に持ってたっぽい。

 ちなみに後で聞いた話だが、この後アズサは知り合いの金持ちの娘に今度泊まりに行くという約束を取り付けて、大金ポンと貰ったそうだ。

 何だこいつ。

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