32話
雨が、降っていた。
この雨じゃ、修学旅行は大変だろうな。
そんなことをぼんやりと考えてみる。
アズサが、黒炎事件の犯人だった。
こんな訳の分からない妄想をしている奴なんて、世界で俺くらいだ。
昔からずっと仲の良かった幼馴染を、連続殺人鬼だと疑うなんて。
そんなの、そんなの、めちゃくちゃだ。
でも、俺の冷たい理性は言っていた。
思い出しただろ?、と。
そう、俺は思い出してしまった。
家が焼け焦げて。お父さんとお母さんが黒コゲになって死んで。
炎の中を熱くも感じないで進んだ俺は、扉の外で笑顔のアズサと出会ったんだ。
きっとアズサは俺だけを異能の範囲の外に置いて、他のものを燃やし尽くしたんだろう。
なんで?それはきっとアズサに聞いてみないと分からない。
ぼんやりと、雨の外を眺める。
なあ、アズサ。
俺と一緒に朝ごはん食べてるときとかさ。
お前はこうやって窓の外をぼうっと眺めてるときがあったよな。
あのとき、お前は何を考えていたんだ?
お前はどんな気持ちで俺を抱きしめて、俺を守って、俺を励まして。
——どんな気持ちで、俺の親を焼き殺したんだよ。
答えてくれよ、アズサ。
そんなふうに問うても、アズサは答えてくれない。
当たり前だ。アイツはここにはいないんだから。
窓の外は、降りしきる雨で。つーっと伝った水滴が窓を透明な筋で装飾してゆく。
そっけない雨の降る音は俺の頭を冷やしていく。
何も分からない。何をすればいいのかも分からない。
アズサは連続殺人鬼だ。このまま思い出したことを心の奥に隠して、アズサとの関係に溺れたとしたら、これからの被害者は増え続けるのだろう。
サキみたいに大切な友達と突然別れさせられた人も、俺みたいに親が殺された人も、これからも生まれ続ける。
でも、俺はアズサとまだ一緒にいられる。
俺は、この後に及んで俺は。
まだ。アズサのことが好きだった。
どうしようもないくらいにアズサのことが好きだった。
だって、ずっと昔から好きだったんだ。
「アズサ……うっ……くっ……」
俺は体を丸めて、少しでも心臓の痛みに耐えようとする。
体は驚くほど冷たくて、苦しいほどに震えている。
「なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ……。俺が……何したって言うんだよ……」
窓枠の桟に、水が溜まって溢れて流れる。虫の死骸がその流れに逆らうように、引っかかっている。
ふと、思った。
死んだら、この苦しみから逃れられるのだろうか。
ここで俺が死んだら、もうこれ以上誰とも別れなくて済む。
帰ってきたアズサにどんな顔をして会おうとか、どんな心でアズサのことを想えばいいのかとか、どんな言葉でアズサと話せばいいのかとか。
そんなこと全部考えなくて良くなる。
俺はゆらりと立ち上がると、玄関を力無く押して外に出る。
階段を一段、一段降りて、通りに立った。
上を見上げると、空からは無数の雨粒が延々と降り注いでくる。
びしょびしょに濡れて張り付いた前髪を目元からどかして、歪む視界の元凶の水滴をどかして、俺の心のとっかかりもこのままどかせたら良かったのに。
このまま、ずっとここで雨を浴びていたら、この雨の中に溶けて、消えてしまえないだろうか。
自分の存在だけが世界から消滅して、周りのみんながそれに気づかないでそのまま生活を続けてくれたり、しないのだろうか。
気づけば雨は止んでいて、俺は空を見上げる。
下着までぐしょぐしょになってしまった服が気持ち悪い。
俺は水たまりに座り込む。
俺はわかっていた。
アズサを止めなきゃいけないってことを。
でも、アズサを断罪したとして。アズサが警察に捕まったとして。
——そしたら俺は、本当に、ひとりぼっちだ。




