2話
「ですから、入学式でも申し上げましたように!あなた達は将来、怪異を用いた犯行を防ぐため!その身に怪異を宿した憑き人となるわけです!」
午後1時。
陽が天頂に達して、逆に教室が少し暗くなる。
クラスメイトのほとんどはダルそうに襟元に風を送っているか、睡眠欲に敗北を喫し、机の上に撃沈していた。
眠気が大多数を支配する教室にて、我らがちみっこい担任、【白宇根マコ】は何とか主導権を睡魔の手から取り戻そうと奮戦している。
カーッと音を立てて黒板に謎のぐにゃぐにゃ線を引いた彼女は、両手を振り上げて演説を続けた。
惜しむらくは、彼女の背が小さすぎるせいで教壇からにょきっと手が生えているようにしか見えないことだろうか。
「私たちは宿した怪異、【都市伝説】や民間伝承から伝承に即した力を引き出すことができます!しかしながら、その異能には伝承に即した怪異の習性や弱点が引き継がれます!そして!基本的に怪異は一人につきひとつ!これは知っていると思いますが!」
演説が盛り上がったところでバーン!と教卓を叩こうとするも、振り上げた手は行き先もわからずにフラフラと揺れている。
どうも叩ける高さに教卓の天板がないのだろう。
あ、諦めた。
「ここでマコちゃんの豆知識です!実は自我が曖昧な幼少期に複数体の怪異を宿す例がたまにあります。もちのろん!で、こんなことはみなさんご存知でしょう!ですがじ・つ・は!どゅるどゅるどゅるどゅる……」
うざいセルフドラムロールだ。
飯食った後の午後イチにこのテンションの成人女性。
ある意味で俺たちは貴重な学びを手にしているのかもしれない。
「成人した多重人格の方も同様に怪異を宿した例があるんですね!しかしながら幼少期の例とは異なり、怪異を十全に使うことはままならず、さらに事例も非常に少なくなり——」
自分の言っている内容に自分で感極まったのかは分からないが、彼女は短い手をぐるぐる振り回しながら飛び跳ね始めた。
途端にむくりと起き上がった男子生徒達は目をかっぴらいて先生の方を凝視する。
一部生徒からの彼女のあだ名はロリ巨乳。
つまりは先生が飛び跳ねる度に、先生も、あそこで目を血走らせている男子諸君も、胸が弾むわけだ。
今や教室の過去の支配者であった睡魔は性欲にその座を取って代わられてしまった。
栄枯盛衰、驕れる睡魔も久しからず。
そんな言葉が脳裏を横切る中、俺は教室にてただ一人、空きっ腹と戦うのに忙しく、机の中の弁当箱を未練がましく指でつついていた。
昼休み、「憧れの生徒会長アズサ先輩」とやらが気になる女子達に襲撃をかけられたのである。おかげで弁当を食い損ねた。
小中学校のときも同じような目にあったから高校では相当気を遣ってバレないようにしていたのに、どこからかバレたようだ。
結局今回も半年も持たなかったが、まあどうせすぐ飽きるだろう。
栄枯盛衰。アズサという存在もミーハーな女子達によるいっときの話題でしかないのだから。
才能なのだ、あいつはいつも周囲の奴を惹きつけて離さない、そういう才能。
『あいつはそんなに大した奴じゃないよ。意外と欠点もあってさ……』
とか、分かったような口を利いて
『俺はお前らよりもあのアズサ様のより近しい場所に居させて頂いております』みたいな、うすっぺらい優越感に浸っている誰かの声が耳元を撫でる。
別にお前がすごいわけじゃないのに、よくもそんなに楽しくできるな。
そう毒づいてみてもその不愉快な声は消えてくれない。
——俺はこれからもアズサの隣に居たいんだ。
いなきゃダメなんだ。
アイツがどこかに行ってしまわないように。
どこかに行ってしまってもそこまで追いつけるように。
でも、今の俺はアズサの遥か遠く。
嫉妬に塗れて現状にただ立ち止まっているだけ。
目の前に絶好の機会という名の扉が立っているとして。
俺がその扉を開ければナニカを手に入れられるとして。
今の俺はきっとその扉を開けることすらできないのだ。
脳裏に浮かぶアズサが遠くへ歩き去っていく。
急に、周囲の喧騒が大きくなった。ワーンと耳鳴りがして少し頭がくらくらする。
何をムキになって考えてるんだお前は。腹が減ってるとほんと、ろくな思考にならない。
俺はため息をついてピンッと弁当箱のフチを弾く。
一部生徒はマイペースに寝続け、男たちは担任の謎ダンスを鼻息荒く見つめ、しまいに俺の腹がぐうと鳴った。
五限目の勝者、三大欲求。




