26話
光と影が廊下の床に交互に縞模様を作っている。
校舎にひびいていたたった一つの足音に、後ろから追いかけてきたもう一つの足音が追いつく。
サキの苛立たしげな声が人気のない校舎でやけに大きく響く。
「……黒炎事件は、終わってない!」
「……終わったよ。犯人は自殺したんだ。警察だって」
俺は隣を歩くサキと目を合わせないように、足早に歩く。
「自殺したにせよ……能力を使えるように拘束具を外した人が誰かいるはずで……」
「警察の誰かが協力者だったんじゃないのか?」
そう言った声は、がらんとした廊下に寒々しく聞こえた。
サキが我慢ならないと言った様子でこちらの腕を掴んで、無理やり足を止めてくる。
「離してよ。俺はこれからアズサとあるカフェに行く用事があって」
「……」
サキは悔しそうに顔を歪めると自分を落ち着けるように息を吐いて言った。
「……何か、思い出したことはないの?」
「何も……」
……ない、と言おうとしたとき、サキの背後にいつのまにかあの扉が現れていた。
扉に巻き付くのは緋と蒼ざめた黒色の炎。
あの日の炎。
俺はかつてない恐怖に心底怯えていた。
あの日から、フミが死んだというニュースを見た日から、あの扉が見えない日はない。
いつも、どこにいてもあの扉が常に付き纏ってくる。
俺は、また、扉を自分の手で開けなくなった。
でも、いいんだ。これからはずっとアズサが俺の代わりに扉を開けてくれるから。
気づけば扉はこちらを飲み込まんばかりの大きさになってこちらへのしかかってくる。
重い扉がこちらを潰そうとしてきた!
俺は近づいてきた扉をなんとか押しのけようと手を振り回す。
「……っぁ、やめろ!」
動かした手に何かが当たり、俺はそれを押し除ける。
その次の瞬間、何事もなかったかのように、扉はパッと消えた。
思い出したかのようにガンガンと痛み始めた頭を抑えて、なんとか俺は目を開け。
目の前にサキが倒れていることに気づいた。
「だ、大丈夫か……?」
おずおずと差し出した手はサキに払われた。
じんと震える手のひらが俺のことを責めてくる。
「……私は一人でも……黒炎事件を追う……誰の助けも借りない……」
最後にひどく悍ましいものを見るような目でこちらを一瞥した彼女は去っていってしまった。
ぽつんと一人取り残された俺は、訳も分からない中途半端な笑みを浮かべて、その後ろ姿を見つめる。
「だって、やっと。やっと手にしたんだ。俺は、幸せを」
心中を渦巻くのはだって、でも、という言い訳ばかり。
「もう失いたくない……絶対に無くしたくない……」
やっと、10年かかってやっとアズサと結ばれることができたんだ。
もう、何もしたくない。俺は自分の居場所を見つけたんだ。
ここから、どこへも行く必要はない。
何か、新しく始める必要はない。
周囲の壁が、窓が、廊下が、天井が、ぐるぐると俺の周りを回り始めた。
平衡感覚が歪み、気分の悪くなった俺は床にしゃがみ込む。
吐き気が落ち着くまで、少しの間だけここに。
その願いとは裏腹に、俺は吐き気がおさまった後も、いつまでもそこに蹲り続けていた。




