23話
俺たちは柵越しに海が見えるベンチでゆっくりと水面を眺めていた。
時刻は五時くらい。
まだ空は青くて、海も青い。
「なんだか今日は思いっきり遊んじゃったよ。久しぶりだな、こんなに楽しかったこと」
アズサはこの時間が終わってしまうことに少しだけ寂しさを滲ませる。
俺はアズサの方をよく見れなかった。
心の中でだけれど、アズサのことを好きだとそう自覚してしまってからは、なんだかアズサとうまく目が合わせられない。
何をそんなに熱心になっているのか、自分でも分からないまま、俺はただただ海を見つめていた。
そのとき、アズサがそっと手を伸ばして、ベンチの上に置いていた俺の手を握ってきた。
暖かくて柔らかい手のひらの感触。
いつもはしないそんな行動にびっくりした俺は咄嗟にその手を振り払ってしまう。
びっくりしたような傷ついたような顔をしたアズサを見て。
俺はもうわけがわからなくなって抱きついた。
あーあ、もう滅茶苦茶だ。
そう思いながらアズサを抱きしめる俺の手は震えていた。
今のでアズサに嫌われたらどうしよう。
そう混乱する俺の背を、仕方がないようにアズサがぽんぽんと叩く。
まるで、これじゃ俺がヒロインだ。
だんだんと焦燥感が落ち着いてくると、照れ臭さがぶり返してきて、俺はアズサから離れた。
すると、お返しとばかりにアズサが俺に抱きついてくる。
きっとアズサも肩の荷が下りた気分なんだろう。
今日のアズサはどこかおかしかった。
いつも、王子様ぶって格好つけているアズサがなんだか俺の方へ寄りかかってきてくれている感じ。
昔から、たまにあった。
アズサは急に甘えん坊になるときがある。
アズサと俺の家が焼けてからは頻度が減ったが、それより前はずっと、こんな感じだったような気がする。
きっと、アズサは強がっているだけで根っこは人一倍乙女なのだ。
俺は、アズサの匂いを感じながらしばし彼女を抱きしめる
あの館でのフミとアズサを見ていて俺は思った。
アズサは俺以上の、とんでもない寂しがりやなんじゃないかって。
もしかしたら、アズサはずっと俺が何か言ってくれるのを待っていたのかもしれない。
告白みたいな明確に関係を変える何かをして、それで離れるのが怖かったから、色々とアピールをしてきたのかもしれない。
下ネタとか、ふざけた感じで。
これは全部俺の都合のいいように考えてる妄想なのかもしれない。
でも、そう思って、そう思い込むようにして。
勇気を振り絞った俺は、アズサの肩を優しく掴んだ。
アズサの顔は赤かった。
ハッとして自分の顔を隠そうとしたアズサの手をとった俺は言った。
「……俺」
「……うん」
「……俺」
「……うん」
なんて言えばいいのか思いつかない。どうしよう。どうすれば。
そう混乱する俺を落ち着かせるようにアズサが俺の手を握った。
俺の一番言いたいこと。俺が一番伝えたいこと。
俺の一番の奥のところにある思いは——。
「俺、アズサと離れたくないよ」
そして、一生。
「一生、離れたくない」
それを聴いたアズサは戸惑ったように目線を彷徨わせた後、誤魔化すように唇を湿らせてから尋ねた。
「それって……告白ってことかな?」
俺は大きく息を吸ってから答える。
うまく息を吸えてなかったからか、声はすごく小さかったけど。
俺は言った。
「俺は、アズサのことが好きだ」
風が、吹いて。アズサの髪が揺れた。
その瞳が揺れたように見えて、呆気に取られたような顔をして固まっていたアズサは俺をベンチに押し倒した。
「わっちょ!」
そんなような鳴き声を立てて無様に転がった俺の顔に、冷たいものが何滴か落ちた。
「遅すぎるよ!僕が何年待ったと思ってるんだ!」
アズサは笑いながら、泣きながら、怒っていた。
「でも」
揺れる紫紺の瞳からはポツリ、ポツリと涙が落ちて。
「ありがとう。やっと言ってくれて」
その瞳は日を反射した水面のように輝いていた。
空は青くて。海も青くて。
俺たちは吸い寄せられるようにして顔を近づける。
地面に伸びる二つの影法師は、そして一つに重なった。




