22話
「……なんだか、たまにはこう言うのもいいかもね」
そう呟いたアズサは日に反射して輝く水面を眺めながらしっかりとした足取りで歩く。
前からアズサが話していた、あるカフェに行こうということで、俺とアズサはお台場に来ていた。
来るときに乗ってきた電車の車内液晶パネルにはついに黒炎事件が解決したことを報じるニュースが何度も表示されていた。
犯人であるフミが未成年だったこと。
さらに現職の警視総監による娘の犯行を隠蔽するための多数の人員動員。
部下を通じた、黒炎事件を追っていた警官を地方に飛ばしたり、危険度の高い怪異事件の捜査を十分な情報共有を行わずやらせたり。
そして関係のない俺たちを犯人に仕立て上げることを目論み、発砲までしたわけで。
それらも相まって連日の報道内容は黒炎事件一色。
初めて確認された黒炎事件が俺とアズサの家で起きたということで、うちにも取材が押しかけてきた。
フミの父親がなぜ、俺たちを犯人に仕立て上げようとしたのか。
どれくらい計画的にあのレストランの襲撃が行われたのか。
どの程度、警視総監は実際の犯行自体に関与していたのか。
まだ、全部が明らかになったわけではない。
そして、捕まったフミは、動機について依然口を閉ざしている。
だが、確かに、10年続いた黒炎事件は終わったのだ——。
「トモ君、トモ君?」
「……ん、うん?」
「僕と二人でデートしてる最中にまさか他のこと考えてるわけじゃないよね?」
そう言ったアズサは少しばかりほおを膨らましてむくれて見せる。
ふいっと向こうを向いたアズサに対して俺は慌てて謝った。
「ごめんって!」
それを聞いたアズサは無言で俺の腕を取ると軽い足取りで歩き出した。
アズサにとっては仲の良かったフミが親の仇だったわけだ。
俺とは違ってアズサと両親の仲はあまりよくなかったから、俺の場合とはまた少し違うんだろうけど、でも、悲しくないはずがない。
きっとアズサも気分転換がしたいのだ。
今日くらい難しいことを考えずに遊んだって、バチは当たらないだろう。
その後、ちょっと寄ったゲーセンで本気出したアズサがパンチングマシーンをぶち壊し。
3kgカレー大食い無料企画でアズサが無双し、俺は撃沈。
俺の残した分まで平らげたアズサに対する戦慄を目に浮かべるカレー屋の店長。
腹ごなしに寄ったカラオケでアズサの伸びやかな美声を聴く。
なぜ、アズサは妙にエロい歌詞の曲ばっかチョイスするのか。
そんなことを考えつつカラオケの安っぽい照明を見上げると、やっぱり俺の思考は黒炎事件へと戻っていく。
そう、黒炎事件は終わったのだ。
犯人は捕まり、協力者だった警視総監も捕まり、俺は扉を開けられるようになった。
このカラオケルームにも俺が扉を開けて入ったのだ。
俺は扉を開けたんだということをこっそり噛み締めて、俺は手を握ったり緩めたりしてみる。
今まで積み上がっていた色々は全部、終わり。
ごちゃごちゃしていた障害物が全部なくなって、すっきり、真っ白になった心象世界で。
一つだけ遠くに置かれたままの箱がある。
——ずっと、先延ばしにしていたことの答え合わせをするときが来たのかもしれない。
アズサを見た。
カラオケのテレビに照らされたアズサの端正な顔立ちを見た。
俺だってそこまで鈍くない。
きっとアズサは今まで色々な女の子と付き合ったり別れたりを繰り返してきたんだろう。
アズサは基本的には女の子が好きなはずだ。
だから、俺と一緒にいてくれて、いつも扉を俺の代わりに開けてくれて。
そういうことをしてくれたのはただ、親友だったから、だけなのだろうか。
そんなふうにアズサが助けてくれるたびに、俺の心は荒波に揉まれる筏みたいに、浮いては沈んでを繰り返す。
下手するとひっくり返って沈没してしまいそうなくらいに。
——俺はきっと、アズサが好きなのだ。
どうしようもないくらいに、俺はアズサのことが好き。
アズサと一緒にいるときも、アズサが一緒にいないときでも。
気づけばいつも、アイツのことを考えている。
俺は気づいていた。
多分俺は、アズサと付き合いたいのだ。
ずっと、アイツと一緒にいたい。
一生離れたくない。アズサがどこかに行ってしまうことを考えるだけで狂いそうなぐらいになる。
俺が扉を開けるたびに感じていた、恐怖。
それはきっと薄々俺が感じていた、いつかどこかへ行ってしまうはずのアズサとの別れへの恐怖だったのだろう。
アズサが何年後かに、誰かと一緒になって俺を置いていくとして。
俺はアズサに、この想いを伝えないまま、それをただ見ているだけの自分でいいのか?
「トモ君!次は君が歌ってよ」
「……はいはい、了解しました」
なんとなくで、昔よく見ていたアニメの主題歌を入れた。
寂しいような、懐かしい気持ちになるジャカジャカしたイントロが右から左へと通り過ぎる。
「あ、この曲あれじゃん。昔一緒に見てたアニメだよね?」
そう、これは俺がアズサの叔母の家、つまり今住んでいる家で暮らし始めて少しした頃に見ていた作品だ。
このアニメのイントロを聴いて、少し寂しくなるのはきっと死んだ親を思い出すから。
そして懐かしくなるのは。
きっと、アズサが隣にくっついて一緒にこの作品を見ていてくれたからだろう。
「うわー。このオープニング映像懐かしすぎる。あ!このキャラ確か後半で覚醒するんじゃなかったっけ」
このキャラはこのキャラとくっついて。
このキャラは後半裏切って。
このキャラの死んだシーンは悲しかった。
アズサは曲に身を揺らしながら、上機嫌にそう語る。
俺はもうテレビの画面なんか見ていなくて、楽しげに話すアズサの顔を見ていた。
「……ふぅ」
俺が歌い終わるとアズサがタンバリンをシャラシャラ鳴らす。
「そろそろ時間になるし、出ようか」
アズサがそう言って、俺たちはカラオケルームを後にした。




