19話
俺は先ほど見た夢のせいで眠れずに屋敷の庭を歩いていた。
時刻は既に12時を回っている。
つまりはまた赤い部屋を開くことができるようになっているはずだ。
俺は実感のないまま自身が手に入れていた力に思いを巡らせながら歩く。
ジー。
突然ポケットに入れていたスマートホンが振動し、ビクッとした俺は画面を見た。
サキからだ。
GPSで場所を指定してきている。
だが、俺はこの屋敷から出られない。それは向こうもわかっているはずなのだが……。
とりあえずその座標の位置を確かめないことには話が始まらない。
そして地図アプリにその座標を打ち込んだ俺は一瞬足を止めた。
夜風が後ろ髪をくすぐる。
本来ならその感触の心地よさに少し気持ちを緩めるところだったが、それどころではなかった。
彼女の送りつけてきた位置。
それはこの屋敷の敷地の端。
あいつまさかここに来ているのか?
なぜ?どうやって?
そんな疑問に蓋をして、俺は止まっていた足を再度動かす。
駆け足で指定された場所へと向かう俺の心中にはまず不安があった。
久しぶりにサキに会える、という喜びがないわけではなかったが、やはり一番気になるのは疑念。
何かイレギュラーが起こったのではないか、という焦燥感だ。
俺は逸る気持ちに押されて最後の方はほとんど走るようにして広大な庭の端へとたどり着いた。
膝に手をついてなんとか息を整えた俺は、近くの林へと目を向ける。
その暗闇の中。
屋敷を取り囲んでいる雑木林の一角に、サキは居た。
前見た時と変わらず、いつも通り口元をマフラーで覆っており、どこか眠たげにも見える瞳を鈍く光らせている。
そしてサキの隣に、もう一つの人影が立っていた。
サキ以上に低い身長。
それに不釣り合いなほどの胸元の膨らみは……。
「……え、白宇根先生?」
なぜか、二階堂亭の林の中に、サキと白宇根先生がいた。
彼女はタイトスカートのスーツ姿でいつものような柔和な笑みを浮かべている。
この時間帯の暗い森の中に、顔立ちの整った女性二人が立っている様子は一種空恐ろしいもののようにも見えた。
どういう経緯で彼女がここにいるんだ?まさか自首をうながしに来たとか?
だが、それだったらサキがここに居て、さらには俺を呼び出してくるのはおかしい。
「こんばんは……ですかね?」
とりあえず挨拶をしてみる。
すると先生はあれこれ言う前に胸元からスッと薄型の財布のようなものを取り出した。
いや、それは財布ではなくまるで警察手帳のような——。
咄嗟に身構えた俺を落ち着けるように身振りで何もしない、ということをアピールした彼女は、それを提示すると見えやすいように月明かりに照らす。
「……術師統制局特務課?」
「そうなんです。実は教師は世を忍ぶ仮の姿……。生徒の尊敬を集める美人女教師の正体は敏腕エージェントだった!というわけですねー」
白宇根先生は生徒に慕われてはいたが尊敬を集めていたかはかなり疑問な気もするが、まあ本題はそこではない。
「……私もびっくりした……先生は統制局の偉い人、らしい……」
サキの目も若干懐疑的に見える。
「……鏡野がちゃんと上司扱いしてるから……嘘ではないっぽい……?」
彼女は何やら呟いていたが何を言っているかはよく聞き取れなかった。
「そんな偉いエージェントな先生がなんでうちの高校にいるんですか?」
「私、あそこの卒業生なので、その関係で、ね?」
そう言っている先生の顔は笑顔なもののいまいち表情が読めない。
腐っても統制局所属の術師ということだろう。
「そういえば異能が発現しました」
「おお、おめでとうございます。ちなみにどんな能力でしたか?」
先生の目が興味深そうに光る。
俺の説明を聞いた先生は考えをまとめるようにトントンと頭を叩きながら言う。
「——なるほど、条件が厳しい代わりに即死系だとみるのがセオリーですね。かなり強力な異能です」
ちなみに術師統制局にくるなら将来は安泰です、と付け加えた。
「本題に戻しますと。君が聞きたいのはなぜ、私たちがここにいるかですよね?」
来た。
白宇根先生は二、三度躊躇したのち、覚悟を決めたかのように言った。
「単刀直入にいうと、黒炎事件の重要参考人を捕まえに来ました」
「それに、僕の手助けがいるってことですよね?」
「……驚かないんですね」
少しばかり意外そうな顔をした白宇根先生とは対照的にサキは無表情のままだ。
おそらく彼女は既に先生からここにくるまでこの話を聞いているのだろう。
「まあ、はい。それよりも犯人は誰なんですか?」
俺が一番気になるのはここだ。
そして俺の推測が正しければ、それはきっと——。
「あくまで、犯人ではなく重要参考人ですが」
そう、前置きをした白宇根先生は特に気負いもなく言った。
「二階堂フミを本日重要参考人として。まあ、お話を、聞こうかと」
「……っ!」
それを聞いたときの俺が感じたのは、やっぱり、だった。
単に全部が繋がる一番自然な答えなのだ。
もちろん、動機は?とか俺の家族に何の恨みがあったんだ?とか疑問は尽きないが、理性はある日の会話を想起させてくる。
レストラン襲撃から一夜明けた次の日の昼頃。
アズサとフミと昼食を食べたのち、廊下で聞こえた電話の会話内容。
『……お嬢様は……はい、はい。……昨夜遅くに……都内から帰ってまいりました』
そう、まるで俺たちを歓迎するかのように扉から出てきたように見えたフミはあの日、どこかへ行った帰りだったのだ。
そして彼女の言った場所は、あの日のレストランだったのだろう。
警視総監が俺たちに罪をなすりつけようとしたのも。
警官隊が一瞬で現場に到着したのも。
フミの父親がスケープゴートを用意してフミを庇おうとしていた、という一点で全て説明ができる。
と、言うような内容を軽く話すと、サキがこちらを少し見直した、というように見てきた。
「ちょっと失礼します」
一言断った先生がスマホを耳にあてる。
すぐに通話を切った彼女はやはり何でもないかのように告げた。
「フミが帰ってきたようです」




