18話
気づくと俺はいつもの燃え盛る家の中に立っていた。
ふらふらと俺が一歩踏み出しても、熱さは感じない。
俺が足を出すたびに、先回りして炎の方が避けていくのだ。
左右に広がる炎へ触ろうとしてもそれはふわりと奥へと退いてしまい、触ることはできない。
いつしか目の前には扉があった。
扉の外にはやはり恐怖を感じるも、扉はすでに少しだけ開いている。
「少しだけ、開いてる……」
俺が扉に近づくと扉は静かに開いた。
何も音を立てずに滑るように開いた扉の先は靄がかかっていてよく見えない。
音が立たないのは少しだけ、扉が元から開いていたからだ。
俺が扉の外に足を踏み出すと、そこにはアズサが俯いて立っている。
地面へとぽつりぽつりと落ちた涙が熱に煽られてすぐに蒸発する。
アズサはどうも涙を流しているようだが、顔は見えない。
俺はアズサに右手を伸ばそうとしたところで眼を覚ました。
「トモ君、気がついた?」
感情の読めない顔をしたアズサがこちらを覗き込んでいた。
アズサの匂いに包まれている感じがする。
後頭部には柔らかい感触があり、視界の右半分はアズサの白い上着が埋めている。
俺はアズサに膝枕されていた。
そして夢の中で伸ばした右手が——アズサの胸に当たっていた。
「ねぇ、大丈夫?」
「あ、ああ」
チラリと温室の方を見ると赤いあの異空間はまだあった。
一時的に気を失ったとしても能力は解除されないようだ。
と、いうかそれどころじゃない!
俺は咄嗟に手を引こうとしたが、アズサはこちらの手首をガシッと掴んで離させない。
むしろ、むにむにと押し付けているような。
俺は状況の意味不明さに困惑しつつも右手に神経を集中させる。
いや!そうじゃない。手を引かなければいけないのだ。
まずい、手が。離れねぇ……。
「ここ、ドキドキしてるの分かる?」
茶化すようにアズサが問いかけてきたが、全身が赤熱したかのように熱くなっていた俺にはいまいちわからなかった。
あと、そこまで気が回らない。
俺はこの状態が永遠に続けばいいのに、と手に意識を集めながら思い、フミのことを思い出す。
フミが帰ってきたらまたアズサはそっちにかかりきりになってしまうだろう。
怖くて仕方がないが、今のうちに聞いてしまいたい。
アズサとフミはどんな関係なのか?と。
俺は手の感触から気を逸らして下半身に集まってきた灼熱を逃すためというのが半分くらいあったとはいえ、まあ、勇気を出して、アズサに尋ねた。
「アズサとフミってさ。どんな関係なんだ?」
口から出た言葉が自分で思っていたよりも硬質な響きを持っていたことに自分でも驚く。
少しの間黙っていたアズサはグッとこちらへ顔を近づけると言った。
「友達だよ、ただの友達」
そう言ってはぐらかしたアズサは、意味深にコチラを見てくる。
もしかしたら、アズサはこちらからのアクションを待っているのかもしれない。
そんなふうに言ってくる心の声と。
そんなことをして今の関係が丸ごと崩れ去ったらどうするんだ!
と叫ぶ臆病な自分の声が俺の中で混ざっている。
だけど、俺は珍しく楽観的にこう思った。
多分、アズサは俺がせまっても嫌じゃないんじゃないかって。
本当は知ってるのだ。
アズサが俺を拒絶するなんてそんなわけないだろうって。
俺はそう高を括れるくらいにはアズサとずっと一緒にいて、そう気づけるくらいにはアズサから向けられる視線の意味を読み解いてきたはずだ。
気づけば俺の手はアズサの胸元から離れていた。
俺はアズサの意味深な視線から逃れるように慌てて立ち上がると
『ガシャン』
と音を立てて、温室の扉を閉めた。
それと同時に赤い部屋が閉じた。
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