17話
しばらく、アズサにのしかかられていたままだった俺から、アズサが立ち上がる。
俺が上半身を起こすと、アズサは隣に座ってきた。
なんだかいつもよりも距離が近いかもしれない。
俺はさっきとは別の意味でドキマギしだした心臓を誤魔化すように夕陽の方を見て話す。
涙をぬぐっているであろうアズサの方を見ないようにして。
「……なんだか。すごくその、なん、なんだろうな……」
自分で言ったあとに、あまりにも中身のない言葉に苦笑が漏れる。
俺の脳内は、発作を起こしてない状態なのにアズサが近くにいる、という珍しい状況への甘酸っぱい緊張や、扉を開けた達成感、あのアズサが泣いているということへの驚きでまぜこぜになっていた。
アズサの涙を最後に見たのはいつだったっけ。
そう考えても、頭の中に浮かぶ像は何もない。
いや、でも。初めてではないはずだ。
いつか。一度だけ泣いているアズサを見た気がする。
まとまらない思考を断ち切るように俺は辺りを見回し、あることに気づいた。
「なんか、温室の中が赤くない?」
いつのまにか温室の中が赤と黒の混じった空間へと変貌していた。
あの日に黒炎事件の犯人を撤退させた時と同じあの色だ。
だが、アズサはキョトンとした顔をしている。
「え、僕にはさっきと変わらないように見えるんだけど」
どうにも、俺以外にはあの空間が赤くなっているのは見えないようだ。
「でも、レストランのときには俺の体から赤黒い波動が出ているのが見えてたはずだよな」
「うーん。目覚めてすぐの能力は曖昧なんだよ。だから、そういうことはよくあるっぽいよ。多分、今固定化しただろうし。今なら能力が分かるはずだね」
と、いうわけで調べてみました。
俺は出ても入っても特に何もなし。
アズサも入ろうとしたが、なんだか嫌な予感がしたので止めた。
代わりに蜘蛛腕を伸ばして、赤い空間内に先端だけいれてもらう。
先っちょだけってやつだ。
普通に突っ込んでもなにも起きなかったが、速度を上げてもらったら一定速度を超えた時点で先端がジュワッと音を立てて溶けた。
「うわっ!」
「大丈夫か!?」
「あー、蜘蛛腕自体は痛覚はないからいいんだけど、びっくりしたよ。あと、能力をこうやって受けたら見えるようになるんだね」
アズサの蜘蛛腕には痛覚がないという新情報を得た。
「あと実は唾液を使って糸を吐いたりもできる。やらないけど」
優雅じゃないのでやらないそうだ。
「というか、アズサは自分の能力が牛鬼だってどうやって分かったんだ?」
「僕はなんとなく分かったよ。確定したのはちゃんとデータベースで調べてもらってからだけど、能力発動中に集中すると使い方とか名前とかがぼやーっと伝わってくるというか」
俺ははたと気づいた。
「最初からそれをやればよかったんじゃ……」
「……確かに」
言われたとおりに集中させる。
目を瞑ってうんうん唸っていたらまさにぼんやりと情報が伝わってくる。
この能力の名前は赤い部屋。
1日に一回「赤い部屋」を開くことができる。
同時に何箇所も開くことはできないが、一度開いた赤い部屋は扉を閉じない限り開かれ続ける。
能力保持者以外からは能力発動時まで部屋が赤くなっていることは見えない。
そして「赤い部屋」内部に入ってしまうと異能が使えない。
これにプラスして空間内に侵入した人物の拘束作用+後何かがある気がしたのだが、そこはぼやーっとしていたのでよくわからなかった。
だけど、今ので能力が固定化してしまったため、最初にレストランで能力を発動したときみたいに宙に扉を開いて能力を発動することなどは難しそうだ。
あのときは切羽詰まってたうえに覚醒寸前で能力が不安定だったためだろう。
どちらにせよ、あんなふうに幻の扉を開いて不完全ながらも能力をつかうのは無理そうだ。
「つまりは、1日に一回開けるこの空間内に相手を誘い込めれば勝ちってことかな?」
俺の話を聞いたアズサがそうまとめる。
「そういうことだろうな。赤い部屋の伝承自体も入ったら終わりのタイプの怪異だし……ただ、能力発動の制限が厳しいな……」
「別に悪いことばかりでもないよ。能力の発動しやすさと強さは反比例傾向にある。簡単に使えて副作用が無いやつほど能力は弱い。トモ君は発動条件が厳しい分能力の強度が強いだろうね」
2種類の異能がぶつかり合った際にどちらが勝つかというのはそういうところで決まるらしい。
「まあ、危ないし赤い部屋は一旦閉じよう。何が起こるかも分からないし」
「閉じ方は分かる?」
とりあえず唸ってみたが、赤い空間に変化はない。
「……わからんな」
とりあえずアズサが温室の扉を閉じてみる。
しかし、アズサが『ギュイッ』と音を立ててもう一度扉を開くと、案の定温室の中は真っ赤に染まったまま。
やっぱ俺じゃなきゃダメみたいだ。
俺はドアノブに恐る恐る手を伸ばし、ノブに手が触れた途端に扉へと崩れ落ちた。




