14話
「……みたいな話が……あった」
「えっと……とりあえずサキが無事でよかった。無事と言っていいのかは分からないけど。でも、その術師の人は信用できそうなんだよね?」
フミの家についてからまた1日が経った。
この館だけ、なんだかゆったりとした時間が流れているようだ。
警察に追われているという切迫した状況から少しの間離れ、俺とアズサはゆっくりとこの館で骨を休めていた。
一時、目と鼻の先にいた黒炎事件の犯人や、アズサを撃った拳銃から噴き出す煙。あのとき扉を開けた俺の体から吹き出してきた赤黒い波動の力。
それらを思い出さないわけじゃないが、俺はわずかな細波に漂う落ち葉のようにこの館の空気に流されていた。
「ちなみに4年前についてその術師の人は何か言ってた?」
「……その後、少ししてから……警察の動きが慌ただしくなった、らしい……」
性質が途中で変化した、黒炎事件。
何かを隠蔽しようとしている警察。
「……あと今警察の上層部は、術師統制局から色々と攻撃を受けてて……そちらの対処に手一杯……」
「つまり……」
「トモたちは……あと少しの間は……その館にいられるってこと……」
「あれ、サキに俺たちの潜伏場所について話してたっけ」
「……」
しばらく黙ってしまったサキは少し呆れたような調子で言った。
「まさか、アズサもトモも……警察の目から、完全に逃れられたとでも思ってたの?」
それに続けてサキが言った内容は、俺たちの享受していた安寧がいかに薄膜上のものだったかを痛切なまでに叩きつけてくれた。
「警察も……トモとアズサが二階堂の別荘に逃走したことなんてとっくにつかんでる。でも……今はレストランの一件についてあれこれ辻褄をつけることで……人員が枯渇してる」
それに加えて警察は術師統制局から公的な抗議文、という名の壮絶な攻勢を受けており、俺たちどころじゃなくなっているらしい。
「そんな状況だったなんて。知らなかった……」
二、三の言葉を交わした後、サキとの電話を切った俺はスマホを放り出してベッドへ寝転がった。
アズサに今の話をしたら、アイツはどんな顔をするんだろう。
きっと、ああ、そうだよ?と事も無げに言ってそれで済ましてしまうんだろう。
アイツは俺をただの庇護対象としか見てないのか?
俺じゃ、隣に立つのに足りないのだろうか。
手を持ち上げ、中に向かって扉を開く動作をしてみる。
あの日から、扉は現れなくなった。
俺の体から噴き出すあの赤黒い波動と、消し飛んだ黒炎事件の犯人。
あれから次の事件は起きていないが、俺にはヤツが死んだとは思えない。
だから俺はこの力の使い方を、次にヤツと相見えるまでに掴まないといけないのに。
伸ばした手はむやみやたら途中を掻くだけで、どこにも引っかからない。
昨夜、アズサにコツを聞いてみたが、彼女は最初から腕の延長のように蜘蛛腕を操ることができたらしい。
コツって言われても、トモ君は歩き方を教えてくれって言われても困るだろう?……と逆に質問された。
目を閉じると瞼の裏にいつかの景色がじわりと滲んだ。
幼い頃のアズサだ。
今の自信にあふれた姿と異なり、どこか不安そうな色を紫紺の瞳に滲ませている。
幼いアズサも今と同様に長ズボンに長袖のボーイッシュな装いをしている。
でも、色合いは今とは正反対の黒。
真っ黒な上下が妙な威圧感を放っていた。
幼い頃の俺が何かを言っている。
「……なんて……っちゃえばいいんだ!」
それを聞いたアズサは、あどけない顔立ちをいかにもびっくりした、といわんばかりにしてしばらく固まり、その後どこか振り切れたかのように笑いだす。
笑い出したアズサの瞳にはいつも見慣れたあの輝きが満ち始めていた。
そして、そんなアズサに釣られた俺も、何だかおかしくなってきて一緒に笑う。
これは、いつの記憶だっただろうか?




