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そして、俺は扉を開けた 〜赤い部屋の契約者は怪異をもって怪異を狩る〜  作者: 御上ナモ


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13話

 私は目を覚まし、しばしの間天井を眺めていた。

 無意識のうちと顔に伸ばしていた手が、何か薄手の布によって口元が隠されていることを確認し、私はふっと息をつく。

 窓から明け方をすぎた頃の、少し赤みを帯びた青っぽい光が入ってきている。

 いつもと何か違う、そう、照明。

 私の家の蛍光灯は目覚めてすぐには目に入らないはず。そう思ったとき昨夜の記憶が蘇ってきた。

 燃え尽きたレストランから脱出したあと、私は一人、街を歩いていたのだ——。

 ——私は夜の繁華街を足早に歩いていた。

 ストールは破いてしまったので、今はパーカーを口元に巻いている。

 たまに通り過ぎる通行人が一瞬こちらを見るのは、この時間帯に一人で歩いている女子高生が珍しいのか、それとも口元をパーカーに埋もれさせているせいか。

 瞼の裏に浮かぶのは、先ほどの光景。

 炎。

 黒いレインコートをかぶった火炎人形。

 獅子奮迅の活躍をしたアズサ。

 そして、トモの赤黒い波動。

 急にたくさんの情報を詰め込まれた頭はうまく考えをまとめてくれない。

 だが、脳裏に焼き付いているのはあの火炎人形。

 ついに奴の喉元まで近づいた。

 実際に何度かはアイツをぶった斬ることにも成功したのだ。

 だが、私の攻撃は奴になんの痛痒も与えることができなかった。

「……次は、仕留める」

 そのためには、何かしら方策を考えておかなければ……。

 考えに耽りながらふと顔を上げたとき、向こうの角から二人組が現れた。

 気の良さそうなおじさんの警官と髪の毛を金に染めたキャッチ風の男。

 チャラ男に関してはただ地面に座っているだけじゃなく、身のこなしに隙がない。

 おそらく術師だろう。

 警官と術師の組み合わせ、妙だ。

 術師統制局と警察組織は一般的に仲が悪いはずなのだが……、

 不意にこちらに気づいたおじさんの刑事が話しかけてきた。

「あ、君。こんな時間に出歩いてちゃダメだよ。親御さんはどこ?」

「……今から、家に帰るとこ」

「気ぃつけて帰れー」

 チャラ男は適当に手を振ってそう言った後、「そういや」と言ってこちらに振り向く。

「今、管内に通達があってさー。黒炎事件の重要参考人として10代後半の男と女。締めて3人が指名手配されてやんの。君ぃ、なんか知らない?」

 男はこちらを胡乱気に睨んできた。

 私は無意識のうちに片手を口元に持っていく。

「……何も」

 知らない、と言おうとしたとき、チャラ男が言葉を被せてくる。

「……「知らない」って?」

 指先に緊張が走る。

「これは誰かから聞いた話なんだが」

 地面の影がゆらりと揺れる。

 周囲の喧騒が遠ざかる。

 連れの警官が慌てたように周囲に注意を呼びかけている声が反響して聞こえる。

 男は長い前髪をかきあげる。チャラ男の背中側から霧が湧き出るように黒い毛が生え出てきた。

「……っ!」

 こいつ、いきなり……!

 反射的に口元を外気に晒すと、瞬時に口が左右に裂けた。

 その肉が引き裂かれる慣れた痛みに私は顔を顰め、中空から刀をずるりと引き抜くと地面を蹴る。

 脳裏にチラリと浮かぶのはあたりに人が多いこと。

 指名手配云々ではなく、単に人に顔を見られるのはひどく気分が悪い。顔を見られたくない。その前に一瞬で蹴りをつけてやる。

 視界を高速で過ぎ去るのは地面。

 一歩でぐんと近づいた右の刀から男の首元に切り上げが近づく。

 男がそれを避けようと一歩下り始めていることを視認した私は、左足でブレーキをかけて逆回転しながら飛び上がる。

 そして左側から相手の胴を切り裂こうとした私は驚愕に目を見開いた。

「なっ……」

 男が視界のどこにもいない。

「まさか、後……がっ!」

 無理やり体を後ろで捻ろうとした私は、体勢が崩れた状態で背中から強烈な蹴撃をくらい、吹っ飛ぶ。

「はっそんなのダメに決まってんだろ。お前の考えていることなんて全部わかってんだよ」 

 しばし宙を飛んだ後、私は地面を転がる。

 まだだ、まだ私は負けてない!

 でも、地面に倒れた私が立ち上がるまでの隙は絶望的なまでに大きかったようで。

 手をついてはね起きようとしたところで、無防備な首筋に踵が振り落とされた。

「……う、ぁ……」

 自分の声が自分じゃないみたいに薄ボケて消えていく。

「えーっとで、俺、こいつを連れてかなきゃいけないの?はぁ勘弁してくれ……」

 警官の愚痴るような声が僅かに聞こえたような気がしたが、私の視界は黒く染まっていき、私は意識を手放した——。

 ——ガバッと起き上がった私は、そこまで広くない、見覚えのない部屋を見回す。

 普通の部屋だ。

 小さな棚といくつかの本や雑誌。それに、小ぶりなちゃぶ台。横には窓があり、奥からは何やら物音が聞こえてくる。これは、おそらく料理の音。

 手は拘束されていない。異能も、使おうと思えば使えそうだ。

 横を見ると枕元には薄手の手拭いが滑り落ちていた。

 先程まで口元にかけられていた感触はこれだろう。

 私が現状をどのように評価すればいいのか分からずに混乱していると、奥の方から誰かが近づいてきた。

 ぬっと顔を出した男はエプロンをして両手に湯気を立てる皿を持っている。

 それは昨晩、私を完封したあのキャッチ風の術師だった。

 咄嗟に身構えた私に対し、男は「とって食うわけじゃない」とめんどくさそうに言った後、一方的に告げた。

「鏡野レンヤだ」

「……」

「とりあえず、飯できたから食え」 

 そう言った【鏡野レンヤ】はどっかりと座り込むと皿をちゃぶ台の上に置く。

 その手つきが粗野な見た目にそぐわず妙に丁寧なのが愉快だった。

 もう何が何だか分からないが、どうも鏡野は私を警察に突き出すつもりはないみたいだ。

 目の前の皿の中身は炒飯だった。生意気にも焦し葱油の美味しそうな香りが漂ってきている。

 私はもう一度鏡野を睨み、自分の腹具合を鑑みて、一時休戦することにした。

「……むぐ、ん、で。なんで鏡野は私を匿う?」

「一旦口のもん飲み込んでから喋れよ。きったねぇな」

 その言い方にはかなりイラっときたが、汚いと言われるのは嫌なので一旦飲み込んでから喋ることにする。

「……もぐもぐ」

「……」

 というか、この炒飯、無駄に美味しい。

 ひと匙蓮華を持ち上げるたびに一粒一粒はっきりとした米が鮮やかなまでに輝きを放つ。

 立ち上がる芳香に包まれていると、それだけでもなんだか幸せな気持ちになってくるようだ。

 一つ一つの具材にしっかりと火が通っていながら、海鮮や野菜は新鮮さを失っていない。

 悔しいけど、今までに食べた炒飯で一番、美味しいかも……。

「……もぐもぐ」

「……」

「……もぐもぐもぐ」

「あーもう!お前食うのおっせぇ!」

 しょうがない。一口が小さいのだから。あと、この炒飯がやたらに美味しいのが悪い。

 それに比べるとアズサは私と大して変わらない口の大きさなのに、やけに食べるのが早かった。

 そう考えつつ私はせっせと口を動かし続ける。

 そんな私を呆れたように見ていた鏡野は、はぁ、と一つため息をついたあと、やけにうざったい仕草で前髪を掻き上げ、異能を発現させた。

 男の背中側、正確にはうなじ辺りから黒い獣の毛髪が湧き出すように生えてきた。

「あー構えんな、構えんな。お前昨日察しただろ。俺の憑けている怪異はサトリ。考えてることが読めんの」

 男はバサバサと邪魔そうに毛を揺らしながら言う。

 どうりで。昨夜はこちらの動きが悉く読まれていた。

「あーそう。これ結構邪魔なの。で、本題なんだが、マコっちゃん……あ、俺の上司は黒炎事件に関してサツの上の方が怪しいと睨んでる」

「……」

「お前らも昨日見ただろ。あっちは何かこっちが掴んでない情報を掴んでて、その情報を元に動いてんだよ。それにな黒炎事件に関しての妙な噂ってのがちょっと前からあるんだ」

 妙な噂……?

「警察の中にも知り合いとか親族が黒炎事件で死んだやつってのが当然いる。そんでな4年くらい前から黒炎事件について独自に調べてた警官たちがポツポツと消え始めたんだ。いや、実際には警察の上の方によって消されたんだろうが」

 その話が本当ならとんでもない話だ。

自分の手を離れて、黒炎事件がどんどん遥かな場所へと遠ざかっていく。

 元から黒炎事件は10年にもわたる未解決事件だったから、そんなのはわかりきっていたはずだけど、でもやっぱり悔しい。

 それに、私含め、トモやアズサの潜伏期間がどれほどの長さになるか全く見当がつかなくなる。

「まあ、お前は俺が匿えって言われてるから大丈夫だが、その二人は俺たちも早々に手出しできねぇ場所にいっちまったらしい」

 術師統制局が手出しできない場所?

「警視総監の愛娘がほぼ私有化してる屋敷だとさ」

 なんともアズサらしい、と思った。

 極度に消耗したうえ、片腕に銃創まで負った状態であえて相手の懐へ飛び込むとは。

 気づけば私の皿の炒飯は無くなってしまっていた。

 この炒飯……おかわりはないのだろうか。

 ピクリと眉を動かした鏡野が何やらメモをとった後、それを折りたたんでポケットにしまっているのが視界の端に映る。

 頭を軽く左右に振り、顕現していた獣の毛髪を消した鏡野は卓上の皿をさっと重ねると立ち上がった。

「ちなみにこれは又聞きした話なんだが」

 なんだか妙に機嫌が良くなったように見える鏡野はさっと付け足すように言った。

「黒炎事件には2種類存在するかもしれない、って黒炎事件を追ってて消えた警官が言ってたらしい。建物が燃える事件と、燃えない事件だ」

 そんなの、人がたまたまいるかいないかじゃないんだろうか。

 私の疑うような顔を見たからか鏡野は「あくまで噂だ」と断った。

「でもな——」

 それまで百発百中で標的を焼き殺してたのに、それが何の理由もなく、急に不確定になるなんてことが、あるのか?

 鏡野はそう大げさにいって見せた後、その仰々しさに少し苦笑した。

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