11話
俺たちはビルの屋上から夜空を眺めていた。
「……アズサ。腕は平気なのか?」
「うん、ちょっと痛むけどまあなんとかね。今はお腹の減りの方が気になる」
「お腹の減りって。さっきあんなに食べてただろ?」
元から犯人扱いされていないようだったサキを、いつまでも俺たちに同行させるのは良くないだろうということで、ある程度のところでサキとは別れた。
そして俺たちは今、町外れに昔からある廃ビルの屋上に潜伏している。
少し目線を落とすと、眼下には電気製の安っぽい星空が光っている。
遠くにパトカーの赤色が行き交っているのが見えるような気がした。
何がどうなっているのかさっぱりだが、どうやら俺たちは追われているらしい。
しかも、生死を問わないレベルで。
あの警官隊、とくに指揮官らしき男の様子は尋常でなかった。
俺たちが黒炎事件の犯人だとまるで確信しているかのように。
それで……だめだ、疲れで考えがまとまらない。
「とりあえず状況を掴むためにも、まずは潜伏先を見つけないと」
アズサが言っている内容を聞いて俺はなんとなく頷く。
手元のスマホをチラリと見たアズサはなんとも言えない、という顔をして独り言を言った。
「……まあいいか」
「?」
俺が尋ねるとアズサは肩をすくめようとして傷が引き攣ったのか顔を顰める。
アズサは銃弾を喰らったのだ。
マンガなどでは腕に一発くらったくらいだとまるで軽傷であるかのように描かれていることもあるが、実際、銃創というのはかなりの重症。
いかにアズサでも流石にちょっと顔色が悪い。
「どっかで治療しないと」
そう言った俺の言葉に対し、アズサは「何か食べれば治るよ」と、ことも無げに言った。
「あれ、治癒能力なんてあったっけ?」
憑けられる怪異は一人に一体というのは、小学生でも知ってる基本ルールだ。
アズサは影からずおっと蜘蛛腕を引き出すと、そちらに目をやらずに動かして見せる。
「僕の憑けてる怪異は牛鬼。使える異能は蜘蛛腕の召喚と操作。それに食事による回復、だね」
アズサは手元でスマホをいじっていた。片手が動かせないため、かなり不便に見える。
彼女はどこかへ連絡をとっているようだ。
「それと潜伏先が見つかったよ。前言ったお金持ちの子。今回のレストラン代の出資者だね」
「随分と早いな……」
「……まあ、この子はいつ送っても一瞬で返信が来る子だから。あと五分もすればここの下にリムジン回すってさ」
「それで配車まで早いわけか」
「……まあ、ね。ほら、この子」
アズサはスマホの写真アプリを見せてくる。
黒髪の清楚系美少女だった。ただ、目つきが若干怖い。
アズサの交友関係がこんなところで有効活用されるとは。
「その子は信用できるんだよな?」
ちょっと不安に思ってアズサに聞いてみる。
アズサは少しだけ微妙な顔をして頬を掻いた。
「まあ、警視総監の娘、かな?」
*
白宇根マコはカツカツと硬質な音を立てて通路を歩いていた。
普段の朗らかな笑みを消した彼女は鋭利な輝きを瞳に宿している。
他に通路を行き交う人は皆、彼女に会釈をしてから通り過ぎていくが、彼女はそちらへは目もくれない。
数人のスーツを着た彼女の部下らしき人物が駆け足で追いかけてきて彼女と並んで歩きながら言葉短く報告をおこなう。
「警察と例のホシが動きました。場所は——」
「警察上層部のリストです。こちらのリストの——」
「先ほどの現場での状況は収集された模様です。そちらでは——」
ある報告を聞いた白宇根はピタリと足を止めた。
「——早乙女アズサと比良坂トモが黒炎事件の重要参考人として指名手配されたんですか?」
「はい。その二名は二階堂の別邸へと車で向かっているようです。そちらへ追跡の手を回されますか?」
「……」
白宇根はしばらく考え込んだのちに、判断に迷っていると言わんばかりに瞳を彷徨わせた。
「いや、前々から用意していた警察関係の情報をマスコミへリークします」
「……かしこまりました。情報レベルは」
「赤、まででお願いします」
そう言った白宇根はまた歩き始めた。
カツーンカツーンと彼女の足音が通路に反響する。
その硬質な音が一度途切れズシャーという、まるで見栄を張ってヒールを履いた結果コケた、みたいな音がした気がしたがおそらく気のせいだろう。
ここは新宿の不夜城とも称される術師統制局本部。
悪質な【憑き人】による犯罪を、所属する憑き人によって取り締まる、警察機構と双璧をなす日本の治安維持機関である。




