第七十六ゲーム・真の勇者、君臨せし
「マスター、短剣は持ってるね?此処にいて」
「……うん」
ツキカゲは魔神族の死角になる路地裏に湊をゆっくりと優しく下ろすと背中を壁に寄りかからせ、座らせる。湊は片手に握った短剣を確認し、ツキカゲに向かって頷き返した。そうしてツキカゲを見上げた。
「大丈夫だから此処にいて」
湊の表情が不安そうに見えたのか、ツキカゲが彼女の頭を撫でた。湊は違う、と首を小さく振った。なんだが、自分が情けなく見えたのだ。自分だけが怪我を負って、撤退して。そりゃあ、私は普段は戦いなんてしない非戦闘民だけど。でも、此処では、せめて此処だけでは、
「(みんなの役に、大好きなみんなの役に立たせてよ)」
みんなにお願いしておきながら、一緒にいたいだなんて。それは何処か傲慢で、怠惰な考えかもしれない。それに気付き、湊は苦笑した。嗚呼、自分の悪いくせだ。いつの間にかツキカゲは戦闘に戻ってしまっており、路地裏に静寂が落ちていた。遠くから聞こえる刃音がまるで別世界のようで。嗚呼、私は。湊はギュッと唇を噛み締めると壁を杖代わりに立ち上がる。まだ体中痛いけど、けれど。ツキカゲ達を信頼していないわけじゃない。むしろ、しているからこそ。捻った足は治っている。視界を染め上げていた血を袖口で強引に拭い、怪我の状況を確認する。脇腹に一撃と片足、片腕にも一撃。でも
「これ以上に、ツキカゲ達だって怪我してるんでしょ?なら」
泣く理由なんてない!ガンッと壁を叩き、気合いを入れる。さあ、一歩足を。足を踏み出そうとしたその時、湊は自身の体が仄かに暖かい光に包まれていることに気がついた。
「?!なに?!」
驚き、周囲を見渡すが此処は死角になっているはずで魔神族からは見つけられはしない。まぁ、湊を抱いたツキカゲを追っていたならば別だが。敵かと周囲を見渡して湊は違う、と直感的に感じた。路地裏の先は行き止まり、前方は戦闘中。それにこの光は…
「…ま、間に合った…みたい、で、ですね…湊さん」
「!ハナト!」
スゥとまるで覗き込むようにして路地裏に顔を出したのはハナトだった。少し怯えた表情で湊に笑いかけると路地裏に入り、彼女を頭から爪先まで一瞬観察する。湊は怪訝そうな顔をしたがハナトはその逆に安心した顔をしていた。
「よかったぁ……効いた、みたい、です…ね…」
「効いた?どういうこと?」
「…ボクの、武器、です」
自信なさげな小さな声が、何故だろう、とても力強く聞こえたのは。湊は自身の中にまるで吸収されていくかのような光を眺め、嗚呼そうだと思い出す。光は、プレイヤーが持つ治療スキルだ。と、云うことは。湊は自身の怪我を片手で軽く触り、痛みがないことを確認する。ハナトに向き直った湊に彼は、決心が固まった瞳で言う。
「ボクは、弱い、です…でも……それは、誤解だった」
震えていた声に色がつく。震えていた体に力が入る。湊はそんなハナトを見て笑い、彼に向かって手を差し伸べた。その証拠に彼は迷わず、彼女の手を取った。一瞬だけ力強い視線が合ったのは、二人共、似た存在だと思っていたからかもしれない。信じた湊と信じなかったハナト。それはどちらも、きっと同じだった。
「気づいたんだね」
「はい。いえ……気づかされたんです。だから、行きましょう」
「うん!」
二人は強く頷き合い、路地裏から飛び出した。大丈夫、私達は。飛び出したちょうどその時、ツキカゲが魔神族と交戦中だった。刀を振り払うようにして敵の両腕を空に切断して飛ばし、その腹に蹴りを入れて後退させると再び一線。その横から別の魔神族が武器を振り回す。防ぐには距離が足りない。ツキカゲは刀を横にし、受け流そうとする。が、そこに湊が短剣片手に滑り込むとその一撃を防いだ。避難させたはずの湊が突然現れ、湊の時のようにツキカゲが「マスター!?」と驚愕の声を上げる。湊は顔だけで振り返り、無邪気に笑いを溢すと片手を足元に下げる。指先に触れたのは別の敵が落とした刃物。形状は持ってみないと分からないが、湊はその刃物を掴み、魔神族の顔を思いっきり殴った。魔神族が顔へのダメージで後退する。その懐に一踏みで一気に攻め込み、短剣と拾った短刀を突き刺す。そして、容赦なく引く。そして、軽く跳躍すると足を蹴り上げ、うなじ辺りに踵落としを食らわせる。ボキッと骨が折れた音がしたと同時に敵は通路に倒れ込んだ。湊は拾い上げた短刀を見下ろし、そのまま持った。
「マスター!隠れててって言ったでしょ?!」
ツキカゲが鬼の形相…とまではいかないが怒った様子で湊に歩み寄る。怒られるのも当然だと思いながら、湊は言う。
「分かってるよ!ツキカゲ達のこと、信頼してないわけじゃない。その逆。信頼してるから不安だったの!私の力はちっぽけで、ツキカゲや龍華やピィアレナ、清光の足下にも及ばない。でも、その手助けくらいはさせて。邪魔になっても良いから。仲間でしょ?」
湊の言い分にツキカゲは一瞬、複雑な表情をした。嬉しいのだが心配、そんな表情。暫し百面相を繰り広げ、諦めたように肩を落とした。
「全く……もぉ…なに言っても聞かないんだから、マスターは。無理だけは、しないでよね」
「!うん!ありがとごめんね!」
「ハハッ、なにそれ!」
君の思いには負けたよ。さすが、僕達の。ツキカゲの言葉に湊は嬉しそうに笑った。感謝と謝罪を一度に伝えるとツキカゲはその言い方がツボったようで袖口で口元を隠して笑った。と湊の片腕に軽い衝撃があった。なんだと顔を向けると黒い獣、清光が嬉しそうに湊の腕に顔を擦りつけていた。湊も笑い、清光を撫でる。
「~♪~♪~♪」
「?この声……?」
すると、歌声が響き渡った。戦っている者全員を優しく包む、何処か儚げで壊れてしまいそうな、それでも強くなれるそんな歌声。歌姫と称されたウィンには遠く及ばないが、それでもその歌声には力があった。暖かい感触にツキカゲと清光が自身の体に視線を移す。そして、癒されていく傷に目を疑った。
「こ、これって!」
『嗚呼…』
ツキカゲの驚愕の声は、ウィンの感嘆の声に飲み込まれた。彼の視線の先にはタロットカードを握りしめたハナトがいた。魔神族の憎らしげな視線がハナトに突き刺さる。嗚呼でも、以前は怖かったその視線がもう怖くない。あんなに怖かったのが、嘘みたい。ハナトは息を吸い込み、戦っている人々の視線も魔神族の視線もその身に一身に受け、告げる。
「……我が血筋に継承せし証のもとに、我、その名を表明す。ボクは…いや、私は、ハナト。勇者の証であるタロットカード『魔術師』を継承せし、勇者!」
『嗚呼!貴様こそ、俺が、俺達が待ち望んだ、呼んでいた勇者だ!』
声高々に告げられたハナトの言葉に戦っていた人々は歓喜と勝利の雄叫びを上げる。その雄叫びからひしひしと伝わってくる、待っていた、と。そこにハナトが怯えていたものは存在しない。ただただ、自分を信じる、戦っている人々はそれを知っていた。各地で上がる雄叫びに魔神族の顔が歪んでいく。と、上空にいるウィンの視界に一体の魔神族がハナトに向かって刃物を振る行動に移る姿が見えた。再び始まる戦いに周囲は熱気に包まれ始めている。湊もツキカゲも清光もそれに気づいていた。ウィンが慌てて空中を滑るように歩き出そうとした、がそれに気づいて頬を緩めた。ハナトも魔神族に気付き、タロットカードを握りしめながら口を開きかける。その時
『ゴシュジンサマには、このヒイロちゃんが触らせないんだから!』
「え?!」
ハナトが握りしめる『魔術師』のタロットカードから光が放たれ、ウィンの時のように人を形作り、魔神族の攻撃を防いだのだ。驚く湊達とハナトの前で光が徐々に姿を現す。大きく弾かれた魔神族の前に立っていたのはウィンと同じように空中に浮いた少女だった。少女は空中でニヤリと笑うウィンを見上げ、ニッコリと笑う。そして、湊は少女の正体に少なからず気づいていた。きっと、彼女は。
『ウィンお兄ちゃん!やっと来れたよ!』
『遅かったな、ヒイロ』
『えへへ』
「し、知り合いですか…?」
少女の背に庇われたハナトが彼女に戸惑い気味に問うと少女はニッコリと笑って言った。この子は。
『こんにちは勇者のゴシュジンサマ!ウチはヒイロ。「正義」のタロットカードだよ!』
「『正義』…『魔術師』の他にも…え、どういうこと?」
納得した様子のハナト。だがツキカゲは納得出来ていないらしく、湊に問いかける。
「『魔術師』が言ってたんだ、『勇者の証となるタロットカードは、勇者の心そのもの』って。それとゲームの知識を合わせて考えると証のタロットカードは、ハナトの心。ハナトが自分の事を信じたから『正義』が目を覚ました…ってところかな」
「……マスターってさ、難しい事は苦手なのにそういうのは得意だよね」
「そういうのってなに!?そういうのって!!」
湊の説明にツキカゲがちょこっと意地悪でそう言うと彼女は不貞腐れ、頬を膨らませた。清光も湊側らしく「にゃあ!」と鳴いている。まぁそんなこんな、ヒイロと名乗った少女はクルクルと楽しそうに笑いながら言う。
『お姉ちゃんの言う通り、ウチらは勇者の心そのもの!ヒイロちゃんはゴシュジンサマの「正義」。ゴシュジンサマの自分を信じる正義だよ!』
クルリと少女、ヒイロはハナトを振り返り、その手に彼が持とうとしていたのであろう薙刀を片手に形作り、それをハナトに渡す。そして、優雅に頭を垂れた。ウィンも空中でハナトに頭を垂れる。少し驚き、目を見開くハナトに言う。
少女、ヒイロはゴールデンイエローの髪で、前髪と毛の切っ先のみがスカーレットと云う珍しい色合いをしており三つ編みにしたツインテールを両サイドにお団子にして丸めている。結び目には大きめと小さめの花で彩られた髪飾りをし、瞳はスカーレット。上服は控えめな赤のチャイナ服で左袖だけは短く半袖のようになっており、左脇腹にはスリットが入っている。腹出しスタイルで下は白のズボン。同じく左足の裾だけが短く、薄茶のブーツ。こちらは左足の方だけが異様に長い。腰のベルトからはチェーンで繋がれた白い花が飾られている。
『さあ、ゴシュジンサマ』
『『俺達に/ウチらに』』
『『心を』』
そこにいる二人のタロットカード達は、まるで、王を守る守護騎士のようだったと後の人は語った。
初!予備日投稿!




