第七十四ゲーム・勇者の思い
「にゃん、なぁんなぁー!」
「…うぅ…」
「みゃな?にゃんが!んなぁー!」
「……分かってる…分かってる、よ…」
布団に潜り込んだハナトに清光が同じように潜り込んで彼にオッドアイでガン見しながら叫ぶ。清光が言っている事は最もだ。きっと悪い…いや、弱いのは自分。けれど、それを認めるのさえボクには怖い…!
すると清光が暑くなったのか、はたまた諦めたのか後ろ歩きで布団から這い出た。清光が呼んでいる、そう感じてしまい、ハナトも恐る恐る布団から顔を出した。ウィンを追って行った湊とピィアレナ以外の二人、ツキカゲと龍華がからになったカップを片付け、ちょうど戻って来たところだった。ハナトは二人の視線に何故かびくつきながらベッドに腰掛け、サイドテーブルに置かれていた自分のロングコートを手に取り着、靴を履く。清光はいつの間にかベッドの上でなにやらこちらに来る二人に向かって鳴いていた。
「にゃぁ、にゃーな」
「清光、今日はよくしゃべるね……うん、分かってるよ」
ツキカゲが清光を優しく見つめ、頷く。なんとなく、言いたい事は理解出来る。そして、先程の後遺症でかびくびくとしているハナトに近寄った。彼の隣にゆっくりと腰掛ける。龍華もなにも言わずに先程まで湊とツキカゲが座っていたベッドに、向かい側に座る。清光もやって来てツキカゲの膝の上にちょこんと可愛らしく座った。暫しの沈黙の後、龍華が言った。
「……なにか、言いたい事あるかい?」
「…っ、あ…えと…」
優しく問いかけているのに、罪悪感からかハナトの口は重い。うつむいた彼を見て龍華が軽くため息をつきながら、右側の龍を見せるように腕を突き出した。
「人は……いや、誰でも生まれた時は弱い。でも、自分で自分を縛りつけたら弱いままさ。アンタは強くなって勇者として使命を全うしたいのかい?それとも弱いままでその背中を眺めているだけで良いのかい?」
「……ボク、は…弱い……だから」
「それは言い訳だ。オレはアンタ自身に問っているんだよ。アンタがその心と向き合わなければ、閉じ籠ったままだよ」
龍華は右腕に視線を寄せ、龍達を指先で撫でながら懐かしむように言う。少しでもその事実を知るツキカゲと清光が少し瞳を伏せたのは、内緒である。
「オレは、大切な存在を守れずにただただ泣き叫ぶ事しか出来ないくらい弱かった。でも、自分を信じる事に気づいたから、大切な存在や笑顔を守る事が出来る強さを持てた…自分が信じられないんだろ?弱いから、自分は何も出来ない役立たず。なら、役割を強い者に交代すれば良い……そんな考えに辿り着いたってところかな……甘えるなよ」
「っ!」
突然、優しく、まるで眠る前の物語を語りかけてくるように優しくも暖かかった龍華の声が低くなった。怒気を孕んだ。ハナトはそれにびくっと怯えた。が、全て事実だった。だから、否定する権利があったとしても自分で線引きして、閉じ籠って、信じられなくなっている自分を何処かで変えたかった。
「それは逃げだろ?自分の心に、自分自身に正直になれない、信じられないアンタにその選択肢はあり得ない。全ての壁に直面し、それでもなおその壁が壊れなかったならば、その時は、楽か試練かを選べる。アンタは、どっちを選ぶ?」
まるで挑発するように龍華が言う。右側に刻まれた龍がハナトを見上げて「どっちだい?」と微笑んだ、ように見えた。見え、ハナトはドキッとして少し仰け反った。すぐに答えようとするが、自身の弱さが後ろ髪を引いてハナトの口を閉ざす。それを横目で見てツキカゲが言う。
「龍華の言っている事は最もだよ。ウィンだって気づいているはず。でも君は、それを自分以外のせいにしたんだよ……その様子だと理解はしてるけど不信が邪魔しているみたいだね」
なにも言わないハナトの顔を覗き込んでツキカゲは苦笑した。ハナトは覗き込んできたツキカゲに驚き、顔を上げた。そして、二人が待っている事を知った。自分を信じれないのは、弱いから。でも……と、清光と目が合った。ハナトを元気付けるように清光がオッドアイを細めた。
「なぁ、んな」
「……っ。は、い…自分が信じられなくて…よ、弱いから…ウィンが…世界が…望む、勇者に…なれる…じ、自信も……なくてっ!弱いままなんて、ボクだって嫌だけど!……けど……」
ハナトの目尻に涙が溜まる。ハナトは思わず顔を両手で覆った。弱い、その言葉がハナトの不信を招き、閉じ込めている。彼自身だって分かっている。自分が強くも弱くもなれる存在だと云うことに。けれども、今言いたい事は…。ツキカゲは龍華に視線を送ると彼は足を組み、その片足に頬杖をつきながらハナトのこの後の様子を眺めていた。ツキカゲの視線に気付き、「どうぞ」と云うように流し目でツキカゲを見た。ツキカゲは軽く肩を竦めながら、注意深く目を凝らした。そうしてハナトの肩を優しく叩いて言う。
「あのさ、ハナト?」
「…な、んで…すか?…」
「勇者の証が望む、世界が望む勇者ってなに?」
「…………え?」
ツキカゲの言葉にハナトがほうけたように顔を上げた。驚愕したハナトの表情が「どういうこと?」と怪訝そうに、不思議そうに歪んでいる。その表情がまるであの時のようで、ツキカゲは少し苦笑した。清光のふわふわの尻尾がツキカゲの手首を撫でる。
「それは本当に望まれているの?此処は勇者と云う人材を求めているんじゃない。君と云う勇者を望んでいるんだよ。その証拠に全てを勇者に押し付けず、出来る限りをこなそうとしている……ねぇハナト。君にとっての勇者って、一体なに?」
「………え、っと……」
ツキカゲの言葉を咀嚼し、懸命に理解し答えようと努力するその姿を見てツキカゲはもう既に自分を信じているのではないかと思った。けれどそれを彼自身は、気づいていない。ハナトは暫し考え込み、決心がついたと言わんばかりに顔を上げた。が、その時、
「「!?」」
「ヒィ?!」
「フシャアアアア!!」
悲鳴にも似た、いや実際に悲鳴がまるで耳元で叫ばれたかのように響いたのである。途端、清光はグルルと低い唸り声をあげ始め、ツキカゲと龍華も腰を上げ武器を手にする。ただ一人、ハナトはぶるぶると怯え、ベッドの影に隠れてしまった。龍華が警戒しつつ、慎重に窓辺に近づく。窓から身を隠すようにして外の様子を伺う。伺った様子に思わず舌打ちが漏れた。それだけでも容易にわかってしまうが、悲鳴に続いてつんざくような騒音やざわめきから誰が非常事態ではないと断言できようか。部屋を振り返った龍華に「どう?」と出現させた刀を握り締めながらツキカゲが視線で問う。
「魔神族、って言えば分かるかい?」
「嗚呼、そうだね」
窓から飛び降りた方が早いか。ツキカゲはそう考え、龍華の方へと歩み寄る。
「清光」
「にゃん!」
清光を視線だけで振り返ると清光は歩くツキカゲの肩の上に上手い具合に飛び乗った。ツキカゲ達が何をしようとしているのか、分からないほどハナトは馬鹿ではない。ベッドから微かに顔だけを覗かせながら、窓辺に集まった彼らを見る。
「い……行く、んです…か?」
「訊く必要ある?」
ツキカゲがハナトを振り返って笑う。その笑みが何処か妖艶であり、戦士の表情だった。ツキカゲは龍華の方へ向き直り、窓から身を軽く乗り出し外の様子を見た。異形な姿をした何十体もの魔神族が街の人々を襲い、逃げ回っている。中には勇敢にも魔神族に立ち向かう、ツキカゲ達のような戦士達がいた。避難誘導も同時に行われているようで大声がこの部屋にまで響き渡っている。
「此処、何階だい?ツキカゲ」
「三階……考えてる事は同じみたいだね龍華」
「なぉん」
クスリと小さく微笑した龍華にツキカゲも頷き、二人は軽く頷き合う。そして、ツキカゲが最初に窓枠に足をかけると勢いよく飛び降りた。ハナトが驚き、ベッドから勢いよく身を乗り出す。ツキカゲの肩に乗っていた清光も眼下に消えた。龍華は驚くハナトを一瞥し、自身も飛び降りた。ハナトは再び驚き、立ち上がった。が、窓の外を見る気にはなれなかった。外から響く騒音や悲鳴がハナトの耳元でまるで反響しているようで思わず耳を塞いでしまう。
『君は、嘘つきだね』
「っ」
いや、塞げなかった。塞ぐ直前、彼の言葉が甦った。あの言葉は、きっと……ハナトは耳を塞ごうと挙げかけた腕をゆっくりと下ろし、胸元で組み服を握り締める。自分は、どうしたい?嗚呼、もう、決まっているんじゃないか。ハナトはバッと顔をあげ、踵を返した。そして全速力で部屋を飛び出した。その表情は、誰がなんと言おうとも、
予定では四月頃に終わらせるつもりだったんですが……無理な気がしてきたので、予備日(水曜日)解放します!




