第七十三ゲーム・魔術師の歌
やはり男性が向かった先は丘だった。湊とピィアレナが着いた時にはベンチに一人座っていた。先程まで手にしていた杖は何処かに片付けたのか、影も形もない。周りに誰もいないのは好都合と云えば好都合だ。景色に溶けてしまいそうなほどに透明な髪が風になびいている。まるでそれが今の男性を示しているようで、透明になって何処かに行ってしまいそうだと湊は思った。湊はベンチに座る男性にゆっくりと近づくと前に回り込む。男性は先程ハナトに言われた事が堪えたのか、はたまた反芻しているのか茫然とし、さっきまでの妖艶なまでの色気は綺麗さっぱりとなくなってしまっている。
「………ねぇ」
湊が前方に回り込み、スカートを押さえながらしゃがみこみ、声をかける。ピィアレナは男性の隣に腰かけようかと悩んだあと、ベンチの背後に立った。男性は湊の声に我に返ったようで少し元気のない声と表情で湊を見下ろした。
『なんだ?俺のことを笑いにでも来たか?』
「なんでそっち行くの!?全然違いますがな!?……お話ししに来たの」
優しく、ピィアレナの笑みを真似しながら湊は笑う。きっと、ピィアレナの母親のようなあの笑顔はみんなを安心させてくれるから。男性は怪訝そうに表情を歪めた。ピィアレナも湊が言っている半分の意味が理解出来ないらしく首を傾げている。
『……どういう』
「ハナトは弱いよ。それは、みんながそうなんだよ。最初は、みんな弱い。最初から強い人なんて、それこそ神様とかそういう人だよ。でも、弱いというのは、枷じゃない。君も、わかってたんでしょ?」
ね?と湊が優しく問いかけると男性は自嘲するかのように口元を軽く歪めて笑った。そう、誰でも最初は弱いに決まっている。それをハナトも彼も知っている。けれど、その存在を否定して閉じ籠ってしまった。それは、心を閉じ込めたと言っても過言ではないのであろう。
『……嗚呼。勇者の証となるタロットカードは、勇者の心そのもの。あいつが「弱い」と云う理由で悩んでいるのは知っていた。だが、あいつの何処が弱いと云うんだ?』
「…それは、心とか?」
男性の問いに答えるようにピィアレナが発言した。湊と男性がピィアレナを振り返ると彼女は爪に塗られた証を愛おしそうに撫でていた。
「あたしもね、生まれた時はなんにも出来なくて、自分を弱い存在だと思ってたの。守れなくて、強くもなくて、なんにも出来なくて、自分が嫌になって全てを投げ出したくもなった。きっと、あの子もそうなんでしょうね。自分を弱いと感じて、全てを投げ出したくなって……でも、強くても弱い人がいるように、彼は弱くも強いわ。自分の弱さに、限界に蓋をして、殻に閉じ籠ってしまっている。それじゃあ、いつまでもあの時の……最初の時のまま。信じれば人は、強くなれるわ。あたしは…それに気づいたから分かるわ」
『……あいつも同じだと』
「でしょうね。あの子の目には、何処か信じられない、不信感があった。貴方に対してじゃない、自分に対しての不信感」
ピィアレナの言葉に湊は立ち上がると思わず彼女に抱きついた。ピィアレナは驚いたようで一瞬よろめいたが湊を受け止め、「湊ちゃん?」と小さく笑った。知っているはずだった。けれども、その時の心情を知っているのは彼女だけで。自分だけが何処か場違いな気がして、ピィアレナのその姿が儚げで何処かに行ってしまいそうで不安になった。湊のその思いを感じ取ったのか、ピィアレナは愛おしそうに笑いながら彼女の頭を優しく撫でた。二人を見ていた男性は羨ましそうに小さく笑った。
『………仲が良いな』
「あのねー君達もそうだよ?相手の事をそんなに考えて思ってるなんて、友情じゃん?まぁ、ちょっと違うかもしれないけど」
ピィアレナの胸元に顔を埋めていた湊が顔を上げて言う。そして笑った。大丈夫、と。
「ハナトも分かってるよ。ただ、きっと怖かっただけ。だから、大丈夫だよ。『魔術師』」
ニッコリと笑った湊の笑顔に男性は、ウィンは少し安心したように頬を綻ばせた。知っている。だからこそ、踏み込めなかった。けれども、そろそろ潮時なのかもしれない。
男性、『魔術師』はまるで透明な美しい水晶のようなシルバーの長髪で、前髪の一房のみが少し顔にかかりそれが色気を出しているようだ。瞳はエメラルドグリーン色。首に黒のチョーカーをしているが灰色のポンチョによってほとんど見えない。袖口が少し長い服のようで腹出し。黒のアームウォーマーをし、青のジーンズを履いている。右足が軽くスリットになっており、左足首に銀のアンクレットをしている。靴は履いておらず裸足である。
『人の事情に首を突っ込んで、解決していくとはな』
「それが湊ちゃんでありあたし達だからね♪」
ウィンの言葉にピィアレナはクスクスと笑った。彼が皮肉や嫌みで言っているわけではない事を理解しているから、そのように答えたのだ。いまだに抱きついたままの湊の頭を優しく撫でる。その様子がやはり姉妹とかに見えてしまい、ウィンは『本当に何者だ?』と首を傾げたとかなんとか。ピィアレナはウィンの少し困ったような視線を受け止め、言う。
「あの子は気づいてるわよ、大丈夫。その扉を開くのはあの子次第。貴方が信じなきゃ誰が信じるのよ」
『ハッ、言われなくても信じるさ。俺は、ハナトに代々受け継がれて来た守りのカードだぜ?俺が信じなくて誰が信じるんだぁ?』
「はは!そうだね!」
ニィと自慢気にウィンは笑いながら二人を振り返る。その自信満々な笑顔が何処までもハナトを信じきっているのが伝わってくる。きっと、ハナトもそれに気づいているのだろう。湊がピィアレナから離れつつ、ウィンに笑いかける。嗚呼、やっぱり違う。まるでシンデレラとメアのような関係だ。
「(まぁ…私達も似たようなものかな)」
クスクスと湊は楽しそうに笑った。ピィアレナもニッコリと笑う。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
「え?もう戻るの?」
「湊ちゃんのお節介が終わったからね~」
ケラケラと笑うピィアレナから湊が離れ、プクゥと頬を膨らませる。そうだけど、そうだけどさ!不機嫌というかそんな事を訴えるように膨らませるとピィアレナはまた愉快そうに笑う。それに湊もなんだか笑えてきてしまう。ウィンも楽しげに笑いながら立ち上がり、空中で浮遊した。そして、二人を振り返り、お辞儀をした。その意味が容易に分かり、二人は顔を見合わせた。ピィアレナが彼に顔を上げるよう手を伸ばした、その時。
『?!』
「?!」
ピィアレナとウィンが突然、丘の下、街を振り返った。何か聞こえたような…?湊は「どうかした?」と怪訝そうに首を傾げ、そして二人の視線の先を追った。その先に見たものに湊は息を呑んだ。
『ハッ。暇人めが』
ふわっと空中に一気に上昇したウィンは片手に杖を出現させながら、嘲笑した。湊はそれを聞き「本当にね」と心の中で苦笑した。
……次回作の量が大変なことになってヤバい
そんなことは良いのです!うん!次回は来週です!




