第六十五ゲーム・響音
外では雨が降って来たようだ。この空間全てを魅了するかの如く響き渡る美しくも何処か儚げな歌声の合間に、まるで伴奏しているかのようにシト…シト…と音が聞こえる。此処は酒場で普通夜ならば大騒ぎの真っ最中のはずだが、誰もがみんなその歌声に耳を傾け、聞き惚れていた。ただ、ある二人を除いては。いや、正確に云えば、二割ほどは歌声に耳を傾けてはいた。けれども、それよりもこっちが重大なのだ。ツキカゲと龍華は酒場の真ん中辺りを陣取るテーブルの一つに座っていた。テーブルには二つのコップと既に半分なくなってしまった野菜の盛り合わせや唐揚げなどが置かれている。ついさっきまで夕食中だったのだ。ピィアレナは湊の事が心配で部屋に残っていたが、彼女を呼びに行く前に二人のお腹の虫が悲鳴をあげ、追い討ちをかけるように歌声が響き渡ったので移動は断念した。そうこうしながら手に入れた情報を二人で歌声の邪魔にならないように小声で整理する。
「やっぱり、マスターの情報も必要だね。僕達が集めた情報だけじゃ、やっぱり限りがある」
ツキカゲが背もたれに背を預け、天井を見上げながら言った。それに龍華が同意するようにコップの中身を飲む。中身であった飲み物は既に生ぬるい。
「そのようだね。ある程度は分かったけれど、なににそっくりなのかまでは主人にしか分からないからね。そっくりな世界設定を持つ異世界……彼女達が来るまで持ち越しだね」
「うん…マスター大丈夫かなぁ」
「大丈夫に決まっているだろう?あの彼女だよ?」
唐揚げをキャベツで包んで口に放り込んだ龍華の言葉を聞きながら、ツキカゲは頷いた。彼の云うあのとは何処から何処までの事を示しているのだろう?まぁツキカゲにとっても龍華にとっても湊は湊だ。変わらないのだ。ツキカゲがもう一度、飲み物を煽る。中身は既にからだ。酒場の人に歌声の合間を縫って追加を頼もうとすると、龍華が呟いた。その声がやけに真剣みを帯びていて思わず挙げかけた手を下ろしてしまった。
「あの時、主人はアンタを見ていた」
「あの時?なんのこと?」
「清光を救出した時の事さ。微かだけど、主人は驚いているように見えた……主人がアンタを見る時の様子が少し可笑しい気がしてね」
「気のせいでしょ」
野菜を口に運びながらツキカゲはそうつっけんどんに返す。龍華はその様子にクスリと笑った。その笑みが何か企んでいるように見えて、我知らず動きが止まった。
「アンタと会った時の質問を繰り返しても良いんだよ?」
「何が言いたい」
ギロリと苛立った様子を隠すこともなく、ツキカゲが龍華を睨み付けると龍華は両肩を竦めた。
「いや?ただ、そう感じただけの事さ」
クスリと笑って流し目でツキカゲを見ながら龍華は飲み物を含む。これ以上の話は野暮か。それに、危険か。野菜を咀嚼し、ツキカゲは先程とはうって変わって柔らかく笑った。それに今度は龍華が驚く番だった。
「気のせいだよ。移動したせいで混乱してるだけだよ龍華」
「ふふ、そうかもね。けれど、これだけは覚えておいておくれツキカゲ。主人は、大丈夫」
「……」
その大丈夫の意味が容易に分かってしまい、ツキカゲはテーブルの下で拳を握り締めた。嗚呼、だから、だからなんだよ龍華。と、ちょうどその時、歌声を響かせていた少女が軽くお辞儀をした。途端に割れんばかりの拍手が代わりに響き渡る。それと同時にピィアレナが酒場にやって来た。後ろを気にしており、それだけで誰がいるのかわかってしまう。彼女の背後から入ってきたのは案の定湊でその肩の上には清光が乗っている。湊は入った途端に拍手の嵐だったので何事かと周囲を見渡している。龍華が「こっち」と片手を軽く挙げるとピィアレナが彼女の手を引いてこちらにやって来た。
「やっと見つけたわ~この拍手なんなの?」
「歌ってた人への拍手だよ。マスター大丈夫?」
「うん!大丈夫!お腹の虫が鳴いたくらい大丈夫です!」
「そこ、胸を張るところじゃないよマスター。ハハッ」
湊の大丈夫そうな様子にツキカゲは安心し、ニッコリと笑った。それは龍華も同じでホッと胸を撫で下ろしていた。湊も二人に会えて嬉しそうに笑った。
「じゃ!情報交換しながらご飯でも食べようか」
「あらなによー龍華もツキカゲも先に食べてるじゃない。あたしと清光だって湊ちゃんと同じで我慢してたのに」
「にゃんにゃ!」
プクゥと両頬を膨らませながらピィアレナがテーブルの上に広がっている食事に文句を云う。清光も同意のようで声高に叫んだ。「ねぇ?」と湊と悪戯っ子のように笑いつつ、席につく。清光は湊の膝の上が特等席で、前足をちょこんとテーブルに乗っけている。女子二人と清光のズルい発言に男子二人はしょうがないなぁと顔を見合わせた。ツキカゲが片手を挙げ、酒場の店員を呼ぶ。いつの間にか拍手は止み、歌声の少女はテーブルごとに挨拶に回っていた。
「はい、なんでしょう?」
「お酒追加で三つ。それとオムライス二つにジュースとミルク一つずつ。ミルクはお皿にお願いします。野菜もお代わりで」
「分かりました、少々お待ち下さい」
ツキカゲが注文を終えると店員は笑って下がって行った。彼の注文に湊は首を傾げた。そうしてテーブルの上のコップを見る。コップと云うよりもジョッキの方が今思えばしっくりくる。中身は恐らく、お酒だ。
「…あれ?ツキカゲも龍華もピィアレナもお酒飲めるっけ?」
湊がそう聞くとピィアレナはクスクスと笑って答えた。
「湊ちゃん、あたし達は擬人化よ?見た目は幼いかもしれないけれど、作られてからもう何十年、何百年も経ってるのよ。お酒くらい飲めるわ。まぁ弱くなければの話だけど♪」
「あー、そういう数え方なんだ。びっくりしたぁ…ツキカゲも?」
「マスターの方がどうなってるのかは知らないけれど僕達の方は十六、七歳で成人だよ。だから、普通に飲んでたんだけど」
「…………うぉーマジか」
そういう数え方かぁ。ゲームの中とは、異世界とは云え自分と違う事に気付き、湊は納得するように頷いた。と云うことは、清光ももしかして?と清光を見下ろすと清光は首を傾げて「なぁ」と鳴いた。まぁ、いっか。と湊は考える事を放棄した。それ以前にお腹が減ったからだった。
「主人は飲めないだろう?」
「うんまぁね。まだですよー…じゃあ、ご飯が来るまでお話しよっか」
龍華のからかう言葉にそう返答し、湊は笑う。それに情報収集をして来た二人は真剣な表情になり、龍華に促されてツキカゲが話し始めた。
なんか一話投稿して次回は二話投稿して……の繰り返しになっているような気がします……あれ?




