第四十三ゲーム・オレンジ色の刃
視界の隅が仄かに明るくなってからどのくらいの時間が経っただろうか。いつの間にかカーテンの隙間から見える空は青く染まり、宿屋の周りに点在する商店街が夜から昼へと姿を変える。それらを音で聞きながら、二度寝をしようと布団に潜り込んだ。まだ誰も起き出して来ないのは昨夜はしゃぎすぎたからだろう。ゆっくりと寝かせておいてあげよう。そう思い、布団を引き寄せた。その時、目の前で黒い物体が動いた。黒い物体なんて清光以外にあり得ないけれど。小さいし。
「…なぁあおん」
「ん……」
ポフポフと清光の前足が顔を優しく叩く。湊に言われた事を守っているようで、二回ほど顔を前足で叩くと「起きて起きて」と云うように乗っかってくる。眠い、と云うように顔を布団に埋める。と、布団を剥ぎ取られた。なんだと起き上がると清光が布団を噛んで引っ張っていた。しょうがなさそうに清光に起こされたツキカゲは清光の頭を撫でながら起きた。部屋を見渡すとツインベッドの一つが大きく膨らんでいた。昨夜ーもう今日かーと同じように湊とピィアレナが寝ているのだ。そしてもう一つ、龍華が寝ているであろうベッドはからだった。近くのティーセットのポットがなくなっているので水を沸騰させている最中なのだろう。ついでに水が流れる音もする。ツキカゲはソファから下りると窓辺に干された服へと足を向けた。触ってみると乾いていた。全て取り外しながら軽く着物を羽織る。そしてなんとなく、寝ている湊の傍らに座り込む。穏やかな寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っている湊を見て、ツキカゲは安心し、微笑んだ。立ち上がるついでに腰を屈め、湊の髪に起こさないように口付けを落とした。何を思ったのか、自分でもよく分からないと言えば、誰かに怒られる気がした。誰に怒られると云うのだろうか。立ち上がり、ローテーブルに乗った清光と目が合った。小さく鳴いた清光の頭を撫でて着替えようとバスルームに向かった。するとその近くにある備え付けのキッチンから龍華がポット片手に出て来た。もう少しでぶつかりそうになってしまった。慌てて龍華が端に寄ったので難を逃れたが。
「おっと…おはよう龍華」
「おはよ。ツキカゲはなにか飲むかい?」
「んーお茶ある?」
「あるよ。淹れておこう」
「ありがと」
そう会話をかわしてツキカゲがバスルームに入って行く。龍華がなにを思ったか突然振り返ると閉まりかけているバスルームの扉に手を突っ込んだ。勢いあまってツキカゲが後方に仰け反った。ガゴン、と鈍い音が響き湊とピィアレナが起きやしないかとヒヤヒヤとした。そんなツキカゲとは裏腹に龍華は云う。
「なに?マスター達、起きるよ?」
「…頼みがある。鍛練に付き合ってくれない?」
…*…
ポカポカと日差しが暖かい。その日差しのもとで日向っぼするのはとても気持ちいい。そう思いながら清光はベンチに座り直した。寝てしまいそうになるが、寝てしまっては頼まれたお留守番が果たせない。清光は頑張ってオッドアイを見開く。傍らに畳んで置かれたタオルに顎を一度乗せると、目の前で今まさに行われようとしているツキカゲと龍華の鍛練に目を向けた。
「いきなり鍛練なんて、どうしたの?」
手元に黄金の剣を出現させ、握りしめながらツキカゲが問う。彼らがいるのは昨日清光が丸洗いされた中庭である。今は朝なのであまり人はいない。商店街の方から朝食の美味しそうな匂いが容赦なくやって来ている。龍華が足の付け根辺りから脇差を抜刀し、云う。
「主人に助けられた時に、少し腕が落ちた気がして。それに、ついでにアンタの実力を自分の腕で確かめたくてね」
「なるほど。僕もちょっと不安になる時があるからちょうど良い」
そういえば湊も鍛練したいって言っていたな、なんて思い出しながらツキカゲは瞳を細め、龍華を見つめた。武器を置いている位置が位置なため龍華は脇差をほとんど逆手持ちにしている。戦いの間に持ち直す事もあるだろうが、はてさてどういう作戦で行こうか。ツキカゲがそう考えていると龍華が彼に向かって跳躍して来た。鍛練はすでに開始しているらしい。地面を強く蹴り、龍華が大きく頭上へ飛ぶ。ツキカゲが数歩後退すると刀を横にし、頭上から振り下ろされた一撃を防いだ。防いだ脇差は逆手持ちだったらしく、火花を散らすかのように龍華が自分の方へ脇差を引き、通常の持ち方にすると刀の隙間から懐に脇差を突き出した。間一髪、後方に仰け反ってかわしたがツキカゲはそのままバク転をして龍華と距離を取る。片膝をついた龍華が跳躍し、脇差を振る。それら一つ一つを丁寧に弾き、防ぐツキカゲ。脇差を振る一瞬の隙にあいた隙間を見つけ、刀を素早く滑り込ませる。その時のツキカゲの瞳は細く、まるで獲物を狙う肉食獣のようだった。思わずそれに恐怖してしまった龍華は動きが遅れてしまい、脇差を手中から弾かれる。すぐさま拾おうとする龍華の首筋へツキカゲが刀を突き刺す。寸前で止めたツキカゲがニヤリと笑った。が、それは龍華も同じ。
「終わりじゃないよな?」
え、と思ったのは誰だったか。龍華が素早く足を振り上げ刀の軌道をずらす。すかさずツキカゲが半回転しながら回し蹴りを放つ。それを態勢を低くしかわしながら素早く動き、脇差を手に入れる。と同時にツキカゲの刀が振り下ろされた。上段からの一撃を片膝をつき、脇差を横にして防ぐ。そのまま跳躍する反動を使ってツキカゲを弾き、立ち上がる。
「誰も降参なんて言っていないだろう?」
「……ふふ、そうだね。でも、終わりの合図くらい決めておかないといつまでも終わらないでしょ?」
「それもそうだな…清光!」
龍華に呼ばれ、清光が「なぁ?」と顔をあげた。刀を構えながらツキカゲが龍華と同じように清光を見る。清光はピンと背筋を伸ばして二人を見ている。
「好きなとこで止めて。良いかい?」
「なぁにゃ」
「返事」
「なぁ!」
ニッコリと笑いながら清光が鳴く。ツキカゲが承諾の意で頷いた。そして、二人は武器を構え直し、大きく跳躍した。一直線にぶつかった二人の刃が大きな音を立てる。両者一歩も譲らず、相手を弾く。とツキカゲが横から刀を振った。それを脇差を突き出すようにして防ぎ、柄に手を当て、支えとする。すかさず足でツキカゲの腹を蹴り、態勢を崩すが背中に肘打ちを食らわせる前にツキカゲが龍華の脇を通りすぎた。そして刀を振る。しゃがんでかわす龍華の思惑は分かっている。そう言わんばかりに距離を取り、刀を中段で構える。空振りに終わった脇差を振って持ち直すと空中に投げ、キャッチすると逆手持ちにする。理由は知らないが何か龍華なりの考えがあるのだろう。左右にステップを踏む龍華を睨むようにして警戒する。と素早く、まるで滑るかのように龍華に接近すると中段から殴りあげるように振り上げた。そう来るとは思わなかったのか、龍華が脇差で防ぐと弾き、追撃へ動くツキカゲの両腕を軸にして彼の背後に回り込んだ。ツキカゲも背後を振り返り様に刀を振った。キィン、と刃の切っ先が擦れたような音がしたかと思うと二人は同時に振り切り、振った。途端、刀と脇差が相手の首筋を捉えた。
「なぁああ!!」
その時、清光の鳴き声が響き渡った。龍華の云う通り、自分が思うところで制止の声をあげた。ツキカゲが清光を流し目で見ると清光は尻尾を揺らしていた。カチャリ、と龍華が脇差を納めた。それを見ながらツキカゲも消す。
「休憩でもしよう」
「そうだね」
「にゃあ!」
いつの間にか額からは汗が零れ落ちていた。
此処までで今年最後の投稿とさせていただこうと思います。まだこの番外編は続きますが、ちょうどよいと言ったらちょうどよいので、この辺で。次は……来年のぉー……月曜日ですかね。予定としては。
それではよいクリスマスとよいお年を!




