第四十二ゲーム・夜の盃
「……湊ちゃん湊ちゃん、起きて」
「んにゅう?…ピィァ…レナ?」
ユラユラと体を揺すられて湊は夢の世界から目を覚ました。眠け眼を擦りながら、自分の隣で丸くなって眠っている清光を起こさぬように横になっていた体を起こす。湊を起こした声はピィアレナだ。だんだんと鮮明になっていく視界と意識。湊の目の前にはピィアレナが立っており、湊の舌足らずな言葉に彼女は微笑ましそうに笑っていた。
「あら可愛い。ってそうじゃない。行くんでしょ?夜のお買い物」
「……買い物……あ!」
思い出した!湊の意識がカッと覚醒する。慌てて起き上がり、ベッドから下りると清光も起き出して来た。そうだ。ツキカゲの服を買いに行き、店員に「また夜にどうぞ」と言われ、自分が行きたいと言ったのだ。だがその夜と云うのが何時からだったのか分からず、変化があったら教えると言われて湊は眠気に負けて寝てしまったのだ。そして今に至る。寝癖を手櫛で慌てて整えていると、ピィアレナがバスルームの洗面所から櫛を持ってきた。そして湊の寝癖をとかす。湊はありがたく彼女に身を委ねると起き出して来た清光をなんとなく抱き上げた。部屋は周りの客を考えてか、小さな光しか灯っていない。ツキカゲと龍華を探して暗い中で目を凝らすと二人は窓辺にいた。窓の外から仄かに妖艶な光が漏れており、その光が二人を妖しくも美しく映し出している。ツキカゲはまだ服が乾いていないらしく、替わりの服装である。
「へぇ、店員が言ってたのってこういう事だったんだ」
「昼間とはまた違うよね。僕、こういうの好きだな。世界観が似てる」
窓の外を興味深そうに眺める二人の会話に湊は気になり、体がウズウズしてしまう。寝癖をとかしてもらい、湊が待ちきれない!と言った感じに窓辺に向かって走り出した。突然走り出したので膝の上にいた清光が吹っ飛ばされ、ベッドの上でバウンドした。湊に激突しないよう、彼女に気づいた二人が窓辺から離れた。バンッ!と両手を窓につけ、額がくっつきそうになるまで顔を近づける。夜の下に広がる幻想的な光景に湊は見開き、声を失った。
…*…
「すごーい!万華鏡の中にいるみたい!」
くるくると昼間は商店街であった道の真ん中で楽しそう回る湊。その視界の先、湊の周りに広がっていたのは昼間とは全く違った世界。至るところに妖艶な紫色の光を放つ灯籠がかけられ、妖しく人々を迎い入れる。灯籠だけでなく、仄かな光を灯した飾りが家々を飾り上げ、まるで星のよう。昼は西洋風が多かったようにも思うのだが、夜のせいか和風が多く見える。商店街を歩く人々一人一人がまるで別人のように妖しい雰囲気をまとっている。そして月明かりがそれらを美しく映し出す。この光景に完全に目が覚めた湊である。ツキカゲはくるくると楽しそうに回る湊の肩を掴むと「落ち着いて」と促す。ツキカゲの肩には清光が欠伸をかましながらも鎮座している。ツキカゲに止められた湊のテンションと興味は留まる事を知らず、彼に詰め寄りながら目をキラキラさせる。
「ツキカゲ!すごいよ!昼とぜんっぜん違う!すごいすごい!綺麗!」
「マスター、テンションが上がりすぎて語彙力なくなってるよ」
「ふにゃあ…ぁ」
ツキカゲに言われ、湊はハッと恥ずかしそうに声を潜めた。一人こんなにテンションが上がって恥ずかしい…そんな恥ずかしさを追いやるように周囲に視線を巡らす。龍華とピィアレナがゆっくりとこちらに向かって歩いて来ているのが目に入った。そして、周りの人々にも目がいった。なんと云うか、人間なのだが少し違和感があるのだ。その違和感に湊は首を傾げたが自分でもわからなかったので放置しておいた。と、昼間の店を見つけた。あの店にも灯籠がかけられている。湊は夜に和服を取り扱うと言っていた事を思い出し、ツキカゲの手を握ると駆け出した。
「ちょっ!マスター?!」
「行くよ!」
驚くツキカゲの手を握りしめて昼間の店に向かって行く。その後ろを龍華とピィアレナがまるで幼い我が子の成長を眺める両親のように見ていた。店に滑り込むように行くと店員は湊と清光を覚えていたらしく、和風美人な笑顔が夜に咲き誇った。
「おや!昼間のお客さん!来てくれたんですか?!」
「はい!和服見せてください!」
「喜んで!嗚呼、そのお兄さんですね?確かに和服が似合いそうです」
「いつも和服だから、私にとっては新鮮で嬉しいんだけどね!あ、ですね!」
まるで久しぶりに会った友人のように二人は喜び合う。ツキカゲが店員に向かって軽く頭を下げた。その拍子に肩で舟を漕いでいた清光が落ちかけてしまい、間一髪でキャッチした。湊も慌てて手を出していたのでツキカゲが受け止めて、二人はホッと胸を撫で下ろした。店員は「仲良いですね」と和んでいた。服の替わりが必要だったのがツキカゲだとわかったのは、店の服を着ていたからかもしれないが一番は湊の反応だろう。とそこで湊は店員の違和感に気づいた。怪訝そうに首を傾げていると龍華とピィアレナが到着し、昼間に店員に出会っている龍華もあれ?と声をあげた。
「?どうしたの龍華」
「いや?昼間見た時とは何か違う気がして。目の下にペイントしてなかったよな?」
「「え」」
龍華が言った事に湊は驚いた様子で店員を振り返った。店員はニヤァと口角を上げて何処か不気味に微笑んでいた。その目の下に描かれたまるで波打っているような模様ー隈取が妖艶に歪む。その笑みと龍華の判断にツキカゲは思わず湊を引き寄せ、背中に隠そうとした。がそれよりも先に店員が言った。
「嗚呼、大丈夫ですよ。俺、妖怪なだけなんで」
「妖怪…?…え!?」
「!?にゃああ!?」
「あらあら…」
店員の言葉に湊が驚愕で声をあげ、船を漕いでいた清光も驚愕で起き出した。龍華とピィアレナはなんとなくわかっていたのか、納得した様子だ。ツキカゲも呆けた状態だったが、次第に納得した様子で店員に問う。
「えーと、昼間は人間だったって事?」
「はい。此処は昼は洋風、夜は和風になるのです。そして俺は、本来は夜の妖怪です。ですので、こうして正体を表しているということです」
両腕を広げて店員が親しみ深そうな笑みを浮かべる。そんな店員の背中から今まで折り畳まれていたのだろう翼が広げられた。
「ようこそ、和の世界へ」
妖しく店員の瞳が光り輝いた。つまり、この異世界では昼は洋風、夜は和風と云うこと。それで和服は夜にしか売っていないと言ったのだろう。うん、合ってるっちゃあ合ってるわ。
「不思議~でも、昼は女の人だったような…」
湊が首を傾げながら問うと店員は翼を折り畳みながらクスクスと笑った。その間に龍華とピィアレナが和服となった品々を興味深そうに物色している。清光はツキカゲの肩に乗り直そうと動いていた。
「嗚呼、俺、妖術使えるんで昼は女性なんですよ。昼は女性のお客さんが多いんで。夜はどっちもどっちなんで服に合わせて元の性別に戻ってるんです」
「へぇ!不思議!」
「マスター、適応能力高過ぎ…」
肩の上に清光が乗っかるのを片手で支えながらツキカゲが云うと湊はてへと笑った。此処は昼よりも興味が尽きない。ワクワクと肩を弾ませる湊を見て、ツキカゲも笑う。湊がピィアレナの背中に抱きつきながら二人の物色に参加する。どうやら二人は和服よりも洋服派らしい。簪を龍華が持ち上げて見ていた。
「それ買う?頭につける奴だけど」
「大丈夫よ。見てるだけでも十分だわ!綺麗ねぇ、そう思わない龍華?」
「そうだね」
龍華が持った簪をピィアレナに抱きついた湊の髪の結び目に当てる。そして二人して「似合う」と微笑んだ。嗚呼、愛しい。ギュウ、と二人を抱き締める湊。龍華とピィアレナは湊の行動がよく分からず、顔を見合せると同じように抱き締めた。その和む光景に清光が行きたそうにツキカゲの肩の上で尻尾をフリフリと振っている。ツキカゲは清光を片手で押さえる。と、あるものが目に止まった。それはこの店には合わない盃だ。だがその盃の中には小さく夜桜が刻まれており、酒を飲む際に桜を飲んでいる気分にもなるのだろう。夜桜、湊の本名にも使われている名だなとツキカゲは少し嬉しくなった。片手で本人である湊に声をかける傍ら、器用にその盃を手に取り、下から覗き込む。すると店員のニヤニヤとした表情と目があった。
「それ、良いでしょう?この間、俺の姉さんが作ったんですよ。傑作だって言ってたんでこうして店先に並べてるわけです」
「ってことは今、君のお姉さんも性別逆なの?」
「いえ、姉さんは妖術使えないんで普通です。センス良いんですよ姉さん」
「へぇ。君のお姉さん、センス良いね。清光もそう思わない?」
「なぁ」
ツキカゲが清光にそう言って盃を見せると清光も気に入ったのか、その盃の頬擦りした。片手で呼んでいた湊にも見せようと振り返りかける。それを見て店員はにっこりと笑い、云う。
「買いますか?」
案外食えない奴だ。
その後夜の買い物、と云うよりもただただ商品を見て回り帰った湊達。テンション高めに歩き回ったせいか、部屋に戻るなり湊はベッドに潜り込み寝てしまった。楽しくて疲れてしまったのだろう。そう思い、ツキカゲ達は寝かせてあげることにした。ピィアレナも疲れて眠くなったらしく、湊が寝たほぼすぐあとに彼女の隣に潜り込んだ。すぐに寝息が聞こえて来た。それに男子二人して小さく笑ってしまった。そして清光も眠くなったのか、二人が寝るベッドに潜り込んだ。そんな彼らが眠っている様子を眺めた後、ツインで寝るのはきついということで龍華がベッドで、ツキカゲがソファで寝ることになった。そうして真夜中の買い物が終わり、朝になっていく。
遅くなりました!すみません!次回は月曜日ですが……もしかすると今年最後の投稿になるかもしれませんねぇ……タイミング的にか、タイミング外してか……




