第二十七ゲーム・龍と美
「ご用じゃーーーー!!!!」
「叫ぶ!?そこ叫ぶ必要あったねぇ?!」
バッターン!!と大きな音を立てて観音開きの扉が左右に開かれた。湊が華麗に着地した。そして顔を上げた。そうして、愕然としたように、驚愕したように、失望したように顔を歪ませた。彼女の目にうつったのは湊と同じようにー恐らく彼女の大声に驚いたのだろうー驚く数人の研究者達と、その研究者達が運び出そうとしている人の背丈を越えるほど大きな大きなビーカーだった。ビーカーからは何本もの管が伸び、滑車がついている下部に繋がっている。そのビーカーの中にいる人物を見て、湊の瞳は先程よりも大きく見開かれた。
「嘘…でしょ…あり得ない……」
後ろからツキカゲと清光が慌てて入ってくる。彼らの登場に研究者達はハッと我に返ったようだったが、湊の悲痛な叫び声が先に響いた。
「龍華!!」
ビーカーの中に両膝を抱き抱えるようにしてプカプカと浮かんでいる人物、少年は〈神狩〉で湊が使用していた武器の片割れだったのだから。ビーカーの中の少年は湊の悲鳴にも近いその叫び声にピクリ、と反応したように見えた。
「?!マスターまさか、知ってるの?!これどういう事なの?!」
「グルルル」
「な、なんだ君達は!」
体に力が入らない。どうして、どうして君が此処にいるの。そこに、いるはずなんてないのに!ガクリ、と両膝をついて座り込んでしまいそうになる湊を間一髪でツキカゲが支える。青白くなっていく湊の顔色と震えるその体に異常事態だと分からないほど馬鹿ではない。ツキカゲは今にも倒れてしまいそうになり、ギュッとツキカゲの袖と服を握りしめる湊と慌てふためく研究者達とビーカー、そして先程よりも低い唸り声をあげる清光を見て聞いて、なんとなく状況を察した。嗚呼、彼は君の大切な子なんだね。
「マスター、大丈夫?」
「…う、うん。でも、でもなんで、なんで龍華が…」
「なんだね君達は!逃げるのを手伝ってくれるわけではないのかね?!」
「逃げる?」
研究者の言葉にツキカゲが怪訝そうに鸚鵡返しする。清光が再び低い唸り声をあげた。途端、研究者達はその唸り声に怖じ気つき動きを止めてしまった。その光景に我知らず、湊は小さく笑った。湊の顔に血の気が戻ってくる。大丈夫、大丈夫。私が倒れたら、なにも出来ないだろうが!湊がツキカゲの手を借りながらゆっくりと立ち上がると研究者達をどういうことですか?と睨む。その睨みはちょっと朝霧を真似しているので他人にとっては怖いはず。湊の思惑は当たったようで研究者達の数人の肩がビックウと跳ねた。だが、次の瞬間、研究者達の表情が湊達に睨まれた時よりも恐怖を露にした。なんだと湊が彼らの視線が向く方向、自分の背後を振り返った。そして再び、目を見開いた。この部屋についさっき駆け込んで来ましたと言わんばかりに肩を上下させた一人の少女がそこにいた。少女のまるで刃物のように鋭くも凛々しい瞳が、彼女が少女ではなく女性だと錯覚を持ちかける。
「あれ?桜ちゃん?!なんで此処にいるの?」
「ピィアレナ?!」
やっぱり、彼女だった。湊が確認したかった事は、視界の隅に入り込んだ少女だった。レアンや朝霧、神代のように異世界の住人の可能性もあった。けれど、布で顔を隠していなかった。そこから考えられる事は二つ。ツキカゲのように神様が送り込んだとか、記憶を持つイレギュラー。そして、人間側についている味方。研究者達の反応から敵側だったようだが、これで確信した。湊のゲームネームを教えたわけでもないのに知っている、すなわち記憶持ち。その事実にツキカゲも気づいたらしく、「なるほどね」と納得した様子だった。清光は「仲間?」とこんな状況にも関わらず可愛らしく首を傾げている。少女が嬉しそうに湊に歩み寄って来るとその手を掴んだ。湊も嬉しくなって少女と同じように笑顔になってしまう。
「桜ちゃんがなんで此処にいるのかはわからないけど、また会えて嬉しいわ!」
「ピィアレナ、覚えてたの!?」
「うん!だって幸せだったんだもん。忘れるなんてヤダもん。あ、桜ちゃん、龍華を助けるの手伝ってくれないかしら?あいつら、龍華の呪いを使ってあたし達を木っ端微塵にする気なの!」
「!やっぱりそうだと思った!龍華がいるの可笑しいと思ったんだよ!」
笑顔だった湊の表情が少しの間でも大好きだった彼女達を利用しようとする計画に怒りを覚え、みるみるうちに歪んで行く。その怒りに触発されたかのように清光が研究者達に向かって唸り声をあげ始め、研究者達は再び震え上がった。何人かは腰を抜かしてしまっているようで身動きすら取れていない。ツキカゲが湊の服の袖を引っ張る。ほぼ一度きりであった湊の般若顔がツキカゲの視界いっぱいに広がった。
「マスター、あの子、助けるで良いんだね」
「うん!あの研究者達、龍華を使って武器達を殺そうとしてるの。それも命からの破壊。そんなことしたら、余計に怨念が膨れ上がるだけだって云うのに!」
そう、怨念はその手によって紡がれ、大きくなる。それは人類も武器も同じ。湊の言葉に数人の研究者達が視線を逸らした。分かっていながらやっている者達だろう。自分達の命のために再び怨念を大きくさせる必要があるのかと一瞬でも悩むならばまだ良い方だ。駄目なのは
「我らの命を殺すとでも云うのか!このラボの恥だ!破壊をもたらす災いだ!」
命のために簡単に被害を大きくすることを考える方。此処の最高責任者であろう研究者が怒気を含んだ声で批判する。それに湊は即答した。
「そういう考えがあの子達を生み出すんでしょうが!!」
グッと研究者数人が押しとどまった。怨念を生み出し、乗っ取られる原因になったのは半分が人類である。これは公式情報であり、まさしく償いのための戦いでもあった。けれど、その上層部は逆の思考が多い。その事が初心者や新規には易しくない機能となって現れている現象でもあった。まぁかく云う湊もそんな一人なのだが。ルールと世界観は知っていた。まぁ、今は良い。此処は異世界であり、そっくりな世界設定を持つのだから。
「私達の仲間を、返して貰うよ!お願いします、ツキカゲ、清光!」
「にゃんな!」
「任せてマスター!」
湊は清光に向かってビーカーを指差した。清光が答えに、大きく跳躍した。その傍ら、ツキカゲも走り出した。途端、狼狽え始めたのは上層部と同じ思考を持つ研究者達である。狼狽えるだけで彼らを止める手段などない。清光がテーブルを足場にビーカーへ飛びかかった。ガリン、と音がして清光の爪がビーカーに引っ掛かった。だがビーカーはそんな攻撃では割れないようにでも出来ているようで清光のみがズルズルと落ちて行く。わーわーと慌てふためく研究者達を尻目に今度はツキカゲが大きく跳躍し、その黄金に輝く刀をビーカーに突き刺した。パリン、だがバリンだが音が響いた。ビーカーの真ん中にヒビが入ったのはその時だった。研究者達も「嘘だろ?!」と目を見開いている。刀に対する耐性はなかったようだ。可笑しなものだ、敵がいるのに。ビーカーの足元に落ちた清光がツキカゲに向かって声をあげた。ピシピシ、とヒビが入りビーカーは一気に割れた。割れ目からビーカーの中を満たしていた黄緑と云うか紫と云うか不気味な色の液体が水鉄砲のように流れ落ちる。その液体が床に当たった瞬間、ジュッと音がして焼けた。それを横目に見ていたツキカゲは一瞬、息を呑んだ。ビーカーの中で目を覚ました少年と目があったのだ。その目に刻まれた二つの龍がツキカゲを見つめていた。
なんかビーカーの中で浮かんでる子って神秘的な感じがします。あと妖艶。




