第二十四ゲーム・擬人化との戦闘、壱
忘れていたのは、傲慢か怠慢か。それとも
スパン!
平和か。
耳をつんざくような破裂音とガラスが砕け散る甲高い音。その二つの音と共に悲鳴がエントランスホールを、ラボ全体を包み込む。階段をのぼろうとしていた湊達。ツキカゲが瞬時に彼女の手を引っ張って二階へと駆け上がると近くのカウンターの裏へ湊を投げ込んだ。その拍子に清光が肩から転げ落ち、「なおん」と鳴いた。湊に続いてカウンターの裏に滑り込んだツキカゲがカウンターから頭を微かに出す。あの音と今も足元から響いてくる悲鳴に誰が非常事態ではないと断言できようか。片膝をついて短剣を抜きながら、湊もツキカゲと同じように倣う。
「なに?!なにが起きたの?!」
「此処って盾じゃなかったの!?」
「盾だけど!盾じゃないんだって!よくわかんないけど!」
「意味分からん!」
「にゃあ!」
「コラ、清光!君は下にいなさい!」
悲鳴と騒音に掻き消されぬよう大声を張り上げる二人。逃げ惑う人々があっちこっち動き回り、場内アナウンスが緊迫を露にしながら響き渡る。清光がひょっこりと二人の間から顔を出したのでツキカゲが慌てて引っ込めさせた。清光は不足そうで「シャアア!」と唸り声をあげていたがほとんどそのタイミングで銃弾が彼らの頭をすり抜けて行ったので、口を閉ざした。どうやら三階ーエントランスホールを中心に三階まで吹き抜けになっており、全十階構造だーにお目当てがいたらしく、頭上で呻き声がした。
「!ツキカゲ、アレ!」
湊がその時、なにかを見つけ、身を乗り出した。そんな彼女の首根っこの服を掴んでしばし強引に、清光のようにカウンター裏に引き入れながらその方向を見る。そこにいたのは白い布で顔を覆った人物達で特攻隊なのか、その手…いやその手と腕と同化し、明らかに威力が増した武器がまるで絡み付くように、まるで食い込むようになっていた。特攻隊であろう彼らの腕には散弾銃やマシンガン、ライフル等の銃器が同化していた。中には普通に持っている者もいるが、同化している者の印象が強すぎて目に入って来ない。と、彼らの視線が二つに割れた。彼らが入って来たであろう正面玄関と湊達より上の頭上の階だ。湊がカウンター裏から頭上を見上げると武器を持った屈強な人物達が何十人も待機していた。彼らの視線が交差する。恐らく、頭上の階、三階にいるのがこのラボを拠点に敵である擬人化を倒している者達だろう。〈神狩〉で云うプレイヤー達だ。
「……攻め込んできたんだね」
「うん。寝返った元仲間を狙ってか、それとも人間か。どっちにしろ今私達は大変な状況だね…」
はは、と空笑いしながら湊が言う。と上を見上げていたためか彼らと目が合った。自分達を逃げ遅れた市民か仲間と思ったのか、大丈夫と云うように片手を振った。その時、ツキカゲが「あっ」と声を上げ、カウンター越しに覗き込んだ。清光も見たいらしく、苦行の策でツキカゲの背中を登って来た。これはもう無理だと思ったツキカゲは黙っておいた。短剣を構えた湊が言う。
「ツキカゲ?」
「っ!襲撃っぽいよ、他の奴らも来た!」
「え?!」
マジか!?湊が叫んだと同時に正面玄関から一気に何十人もの怨念に乗っ取られ擬人化した敵が侵入して来た。彼らの顔には一様に布が揺らいていた。その時、清光が突然甲高い声で鳴いたかと思うとカウンター裏から飛び出した。そしてその姿は徐々に大きくなって行き、黒い獣と化す。その正面にいたのはいつの間に湊達に気づいたのか、接近してくる敵だった。敵の腕と同化した刃物に向かって牙と爪を剥き出しにして攻撃する清光。その清光の脇を通りすぎ、別の敵が銃口をカウンター裏に突き入れた。その拍子に布がはためいて素顔が見えた。引き金が引かれる瞬間、銃口を狙ってツキカゲが素早く固有スキルを詠唱し出した刀をお返しだと云うように突き返した。反撃され、一旦退く敵を追い、ツキカゲはカウンターに身を乗り出す。
「ツキカゲ!清光!」
「マスター、とりあえず戦うしかない!彼らの狙いは僕達の命だよ!」
「ああもう!!」
再び襲ってきた刃物を刀で弾き返しながらツキカゲがカウンターに飛び乗った。湊は少々乱暴に髪を掻く。それと同時に討伐隊ー名前は知らんーが三階から一斉に飛び出した。なにやら叫んでいるが両者の雄叫びが反響してなにも聞こえない。ツキカゲと清光が敵に攻撃を始めている。湊も覚悟を決めて飛び出そうとしたその瞬間、カウンター裏に別の敵が侵入してきた。慌てて立ち上がり、短剣を低く構える。背後の棚に片足を軽く添え、いつでも跳躍できる体勢を取る。相手の片手にはナイフが握られている。敵が大きく跳躍した。凄まじいスピードで湊に迫ってくる敵の裏を掻き、頭上へと跳躍し、カウンターに軽く手を駆けると飛び越える。敵が逃がすまいと追って来る。飛び越える湊の懐に接近し、ナイフを振る敵。胸元に突き刺さるのを間一髪で短剣を滑り込ませて防ぐ。が敵の片手が落下する湊の首に伸びた。
「うわっ?!」
「っ、動くなっつーの!」
「動くわ!」
上半身を捻ってその手を逃れ、床に背中から着地する。背中に鈍い痛みが走るが気にする間もなく、素早く立ち上がり短剣を振る。それをナイフで片膝をついた状態で防がれる。すかさず片足を振り下ろし、追撃を加える。がこちらも片腕で防がれてしまう。そのまま腕を力一杯押し出し、湊は弾かれてしまう。階段を転げ落ちそうになり、間一髪で手摺を掴み、滑り降りる。階段下にも銃器を持った敵が数人おり、討伐隊や滑り降りて来る湊を射殺しようと銃弾の嵐を巻き起こしている。
「!?やっべ!」
慌てて手摺に短剣を突き刺しスピードを落とす。落としながら見よう見まねで銃弾をひらりひらりとかわす。と突然、銃器を持った敵の中に刃物を持った敵が投げ飛ばされた。突然飛んで来た仲間に敵達が「お前どっから飛んで来た?!」「大丈夫?!」と声をかけているが滑り台中の湊でも完全にその敵が敗北した事は見て取れた。胸元を抉るようにつけられた鋭い刃に付け根辺りから消失した左足。普通の人間ならば即死だが、武器の擬人化である彼らにしてみれば大したことはない。彼らの本当の弱点。ゲームを少しだけやっていた湊でもちゃんと覚えていた。敵の弱点を知るのは当然だ。クルン、と手摺から階段へ飛び降りるとその弱点がよく見えた。右胸に咲く黒い華と、醜いと云う素顔が露になっていた。白い布は吹っ飛ばされた衝撃で取れたらしく、素顔が露になっていた。顔の左半分が焼け落ちたその素顔。それでも瞳の色は美しいと湊は思った。そう、彼らの弱点は右胸だ。人間で云う心臓部分である。ものによっては同化した部位に外部から弱点を埋め込んでいる場合もある。大騒ぎの敵達が再び銃器をぶっ放つ。そこへ清光が銃弾なんてなんのその、と云うように飛び込み、弱点を的確に突いて倒して行く。自ら弱点を見つけたのか、はたまた。湊は背後に感じた気配に向かって短剣を逆手に持つと、背後に突き刺した。
「?!な、んで…」
「舐めないでよね。私、これでもメイン武器と意志疎通出来てたんだから。ゲーム内だったけど」
ケラケラと陽気に笑い、バッと短剣を容赦なく抜き放つと右胸を貫かれた敵が階段を転げ落ちて行く。恐らく、湊に気づかれていないと思っていたのだろう。だが、その怠慢が仇となった。そして再び、殺気が湊を襲った。その殺気を狙って回し蹴りを放つ。その蹴りが横から飛び出して来た敵の首根っこに当たり、肩に乗り上げた湊の足に敵が刃物を振り下ろす。しかし、湊はもう片方の足を踏み込み跳躍し、敵の背後に回った。そこへツキカゲが現れ、敵に一線。大きく肩から刻まされた痛みに敵が一旦後退する。そこへ他の敵も一斉にやって来るが、清光が飛び込み蹴散らしてしまい二人へ近づく事を許さない。グルル、と低い声で唸る清光の背後に背中を合わせて並ぶ湊とツキカゲ。湊は頼もしい彼らに小さく笑った。
『レベルアップしました。ただいまのレベルは24です』
自分達に向かって殺気を隠しもせずに放つ敵達に対しても彼らは臆しない。そして、両者睨み合い、大きく跳躍した。
もう十一月ですよ十一月!!冬!




