第十七ゲーム・伸ばされた手
レアンは湊に呼ばれて彼女を振り返った。そして、何故か湊の言いたい事が理解出来て、うっすらと笑った。お任せくださいませ。そう告げるように微かに頭を下げ、前方を見据える。集まりつつある魔物の群れと神代の足元に広がる大きな黒い影。朝霧はもう少しで着く。
「(その道を、切り開きましょう)…放ちなさい!」
レアンの力強い声と共に頭上に掲げた杖からあの時と同じ光線が放たれる。その光線は魔物達を蹴散らし、うずくまる神代の隣を数メートルの距離を開けて通り過ぎ、壁に激突して跳ね返った。跳ね返った先にいたのは別の魔物でその魔物もジュッと云う音と共に焼け朽ちる。光線を放ち終わったレアンはガクリと両膝をついた。体力が限界に近いらしい。その隙を狙って生き残った魔物が彼女に迫る。一人と一体の間に湊が間一髪滑り込み、短剣を迫って来た魔物の胸元に突き刺す。グ、と痛みで前のめりになる魔物に鍔の部分で追撃を与えると片手を気付かれないように背後に回した。その意味に気づいたレアンが小さく笑い、その手に杖を差し出した。ズン、と重さが湊の手から腕に伝わる。突然両手を離し、無防備になった湊に魔物は怪訝そうに首を傾げていたがチャンスだと思ったのか突き刺さったままになった短剣と鋭い爪で攻撃しようとした。して、目を疑った。レアンが湊の両足に手を差し込み、力いっぱい上へ押し出したのだ。その力を跳躍に変え、両手で持った杖を大きく振りかぶる湊。
「これ絶対筋肉痛になるってぇえ!!」
「まぁ桜ちゃんったら!」
ブォンと風を切る音が大きく響かせながら鈍器と化した杖が魔物を吹っ飛ばす。吹っ飛ばされる魔物の体に突き刺したままになっていた短剣を杖を振り切った数秒の間にギリギリで抜く。吹っ飛ばされた魔物は扉を突き破って廊下へと踊り出た。その瞬間に鉢合わせた団員からは「ぎゃ!?」という間抜けな声が上がった。それに二人は場違いながらも思わず顔を見合せるとクスリと笑った。扉が破壊された事で魔物が出現していることが知られてしまった。武器を持った団員が部屋に駆け込もうとしているのに気づいて女子二人は鋭い声を瞬間的に上げていた。
「「入らないで/入らないでくださいませ!」」
「?!何故ですレアンさん?!」
踏み込もうとしていたのはレアンを知る団員だったようで何故魔物が出現しているのかも、彼女が腕に怪我を負っているのかも、湊がいるのも理解出来ていないようだった。レアンは負傷していた事に気づいていなかったらしく、片腕を庇いながら叫ぶ。
「これは、あたくし達の問題ですわ。全てが解決するまで此処に入ることは断じて許しません!」
「っ」
レアンの鬼気迫る気迫に怖じ気付かない方が可笑しかった。団員達は黒い影を展開させつつも俯く神代と彼に向かって飛び出している朝霧とツキカゲ、獣を見てなんとなく悟ったようだ。そして、その表情が悲痛に歪んでいく意味も理解出来た。湊はツキカゲ達の方を、レアンを心配つつも振り返った。朝霧が剣で残ってしまった魔物を切り倒していた。しかし、別の一体が移動を防ぐ。レアンの放った光線でも掻き消せないほどに影から魔物は止めなく溢れ出てくる。朝霧はクッと唇を噛み締め、神代に向かって叫んだ。
「神代!顔を上げろ!」
その声に微かに神代は顔を上げかけたがまた顔を俯かせてしまった。と、その時目の前の一体を倒した瞬間、背後から魔物が迫って来た。振り返り様に剣を振っても間に合わない。そんなこと、目だけで背後を振り返った瞬間からわかりきっていた。思いきって走った方が早いか。そう考えたのが早かったか、足が動いたのが早かったか。朝霧はスタートダッシュを決めていた。しかし、魔物もそう簡単に逃がすはずもなく。一踏みで大きく跳躍し、一気に朝霧の眼前に踊り出ながら両腕ーなのか分からないがーから生えた刃物を突き刺すように振り下ろした。それでも朝霧はその歩みを止めなかった。
「朝霧!」
朝霧の背を勢いよく押して前方に突き出すと彼の体にふもふとした触感が当たった。何事だと顔をあげると朝霧は獣の背中に埋もれるように倒れ込んでおり、先程まで自分がいた場所にはツキカゲがおり、魔物の刃物を刀で受け止めていた。ツキカゲは片足を魔物の目を狙って振り上げ、目潰しをする。痛みに後退する魔物に容赦なく回し蹴りと共に刀を横に振り、真っ二つに分断しつつ片方を反対側にまで飛ばす。ツキカゲは朝霧に目配せした。それは彼に向かってやられているにも関わらず、獣はまだ状況を理解していない朝霧を背にいまだに魔物を増やし続けている神代に向かって走り出す。しかし、魔物の動きは先程よりも鈍くなり量は減っている。チャンスは今しかない。朝霧と獣が駆けて行く道を湊とツキカゲも駆ける。朝霧は剣を横に出し、風圧も利用して魔物を切って行く。もう少し。神代に向かって手を伸ばす。と、目の前にひときわ大きい獣姿の魔物が現れた。急停止した獣の上から朝霧が勢いよく投げ出されるが、手を伸ばせばもう届く。それを知っていたからこその急停止のように思えた。朝霧は飛び過ぎぬよう足でスピードを調整しながら神代に向かって手を伸ばした。足元の影が彼を捕らえようと魔物の手を伸ばした。
「認めて!神代!」
何を認めるかなんて、もう分かっているでしょう?叫んだのは湊だった。その声は何処か悲痛そうだった。だって、知ってるもん。その声と共にようやっと朝霧の手は神代に届いた。顔を覆う両手を無理矢理下げ、神代が弱音を吐く前に全てぶちまける。
「貴様な、信じてたのならば言えば良いであろうが!俺が貴様を見捨てなどするものか。そう思われていた事の方がよっぽどだ。信頼しているからこそ待っておったのだ…此処まで言っても分からぬわけないだろう?」
「神代さん、あたくし達、まだ一緒ですわよね?今さら、貴方がいなくなってしまうなんて許しませんわよ」
二人の言葉に背を押されたのか、神代の足元に展開されていた影は徐々に小さくなっていき、そこから出現した魔物も出そうになっていた魔物も戦っていた魔物も全て、影に吸収されていく。魔物は何処か嬉しそうにしながら腕を伸ばしていた。感情が収まった神代に対して喜んでいるのだろうか。あの魔物達が本当に神代が心を通わせて仲間としたのか、はたまた近くにいたから反応したのかは不明だ。全ての魔物が吸収され、神代はゆっくりと顔を上げた。そこにはいつの間にかレアンもやって来ており、彼女に至っては泣いてしまっている。神代は少し茫然とした表情で目の前に片膝をついている朝霧と座り込んで泣きじゃくるレアンを見て、スゥ…と瞳から涙を一筋流した。嗚呼、なんだ。僕は、何を怖がっていたんだろう?二人はいつも、此処にいたのに。手離そうとしたのは、
「……ありがと…ごめんなさい…」
「今度は、信じてくださいませ!」
バッと神代に負傷した片膝を庇いつつレアンが抱きついた。朝霧は何も言わずに二人の頭を優しく撫でた。ありがとうの意味なんて、ごめんなさいの意味なんて先程と違う事は容易く理解出来た。神代は二人の、今まで実感していたのに目を背けていた信頼に包まれて、小さく嬉しそうに笑った。
これすれ違いだったんじゃないかと投稿しながら思ったのです……お前ら仲良くしろよ!!




