若き王の悩み【6/完結】
「馬鹿な。陛下、な、なぜここに」
「二度目はないと言っただろう」
俺は大きく前に踏み出し、踏み出しざまに抜いた剣先を、俺の登場に驚き動けずにいた伯爵の鼻先にぴたりと当てた。
伯爵は後ろにのけ反り逃れようとするが、剣も同じだけ前へ動かし離さない。
そこに駆け寄ったケニーがジニーの首元にあてがわれた剣を取り上げて伯爵の腕を後ろに押さえ込みむ。
そして俺は空いた手でジニーを奪い、横抱きにしてカイルの側へと戻った。
「陛下、お聞きください。これは決して陛下に叛心があってしたことではありません。そう、国の為です。国が、王が、この青二才とあの女に玩具のように好きにされるのが許せなかったのです」
「黙れ。余の侍従長のみならず王妃をも愚弄するとは。お前の弁明はすでにこの耳でしっかりと聞いている。これ以上は不要だ」
「そんな、あれはこの男の前だったからで陛下御自らお越しだとは知らず……」
「あれが本心でなければなんだと言うのだ。今すぐこの場で手打ちにしたい所だが、ジニーにそんな所は見せたくないからな」
大勢の足音が廊下に響き、振り向けば入り口に数名の憲兵を従えたイーライの姿が見えた。
俺は怒りを押し殺し静かな声で命じる。
「ボルジニ伯爵とそこの男を拘束し連行せよ。処分が決まるまでの間許しのない者との接触を禁ずる。館は閉鎖し調査が終わるまで誰も外に出さぬように。カイル、すぐに手配し一族は謹慎。領地にはすぐに監察官と兵を派遣させろ。今から処分が決定するまでは一時的に余の管理下におく」
「そんな、お許しを。陛下、どうかお慈悲を。ジニー様を攫うよう指示したのは私ではなくそこの男。私は騙されていたのです。へいかっ」
「ご主人様、そんな後生な。私はただご命令通りにしただけですよ」
「この二人をさっさと連れて行け」
憲兵により後ろ手に縛られた伯爵は、俺達を憎憎しげに睨みつけ喚きながら引きずられていった。
もう一人の男は、そんな主人の後ろから青い顔をし俯いたまま引き立てられていった。
俺は手にしていた剣を鞘に収め、ジニーを抱き直した。
「怖い思いをさせたな。もう大丈夫だ」
「兄上、ぼくがリンにブラシをかけてやっていたら男の人がやって、変なにおいがして、起きたらここに。そうだ、キーシャは? 一緒に厩舎にいたんだ。あの人たちに怖いことされてないといいのだけど」
まだ混乱しているジニーに、俺は柔らかい黒髪をそっと撫でてやりながら言葉を選んで答えた。
「キーシャは無事だから安心しろ。あの侍女は……お前を探す手がかりをくれたよ。まだ色々話を聞かなければならないから、しばらく休みをとるはずだ」
「キーシャのことおこらないで! ぼくがあんな遅い時間に無理を言って外に出たのが悪いんだ」
「わかってるさ、お前は悪くない。悪いのはお前を利用とした大人と守ってやれなかった俺達だ。それから、お前に謝らねばならぬな。お前を傷つけ悩ませて悪かった。俺はお前が立派な俺の片腕になるのを楽しみにしてる」
「兄上……」
「お前の俺のためにという気持は兄としてとても嬉しいぞ。だが、臣として支えることだけが俺のためではない。俺は、俺が死んで国が無くなるのも、乱れることも望まない。平和で豊かで民が幸せに暮らせる国であって欲しいという俺の思いを、俺の子が王となればそれを助け、継ぐものがいなければお前が王となって繋ぐ助力をしてくれないか」
ジニーの顔をのぞきこんで問うと、利発な瞳を輝かせ神妙に頷いた。
本当に理解したのかとも思うがそれ以上は何も言わず、俺は笑顔で弟の小さい背中を撫でてやった。
「ユリウス様、護送の馬車は出発し、館内の制圧も完了しました」
イーライが扉を開いて入ってくると、屋敷の騒然とした声や物音が大きくなった。
「ああ、ご苦労。ではジニー、城へ帰ろうか」
「ユリウス様、よろしければジニー様はオレが抱いてお連れしますよ」
「いや、このままでいい。薬を使われたようだし、医師の診断を受けるまでは心配だからな」
「兄上、ぼくは大丈夫です。降ろしてください、歩けます」
俺の腕の中のジニーがもぞもぞと身体を離そうとするが、俺は逆に腕に力を入れ強く抱きしめた。
「だーめーだ。このまま俺に抱かれて馬車に乗るんだ。お前が無事だった喜びをしばらく味あわせてくれ。これは王ではなく兄の命令だ」
「うう、皆に見られるじゃないですか」
「ユリウス様、ジニー様もこう仰っておられますし、許して差し上げては」
「あきらめろ。これも兄の喜びのためだ」
「イーライ助けて!はなしてください、あにうえ――」
俺は真赤な顔に涙目になって俺の肩を拳でたたき抵抗するジニーを抱いたまま、イーライ達に守られるように館から出て馬車に乗った。
背後を守るウィルーとケニーの、ブラコンだの言動がユカに似てきただのと囁きあうのが聞こえたが、気にせず年の離れた弟との触れ合いを楽しんだ。
ボルヂニ伯爵の王弟拉致事件から2日後。俺は昼間から寝台の中にいた。
朝から横の椅子には、エリスとアイーダが交代で腰掛けて編み物だの読書だのをしている。
うたた寝からめ、薄目で彼女の存在を確認した俺は思わずため息をつき、あわててそれをごまかすように寝返りを打った。
だがそんなことでごまかすことは出来ず、落ち着いたよく通る声が俺にかけらる。
「お目覚めですか、陛下」
「あ、ああ。まだ昼か」
「昼はとうに過ぎてお茶の時分でございますよ。ご気分は良くなりまして。よろしければ少しでも何か召し上がってお薬をお飲みくださいまし」
そう言って傍らの侍女に合図し、炭で保温してあったスープを用意させる。
「ただの軽い風邪だから構わないで一人にしておいてくれ」
「なりません。風邪といえども万病のもと。それにユカ様がたいそう心配なさって、側にいられない間、自分の代わりに出来るだけの看病をして欲しいと頼まれたのですよ。ですから私は出来る限りのお世話をさせて頂いてるのです」
俺は心の中で舌打ちした。
ジニー救出の際に雨に打たれ、伯爵邸で濡れた服がほとんど乾きそのままにしていたせいか、戻った後から熱を出して寝込んでしまった。
一晩で熱も下がったのに、ユカに風邪をうつしてはいけないからと女官や侍女達が彼女を俺に近寄らせようとしない。
今朝、公務に出かける前に部屋に顔を出したが、朝のキスをしようとしたところでアイーダとナナに見つかり阻止されたのだ。
主人想いなのは褒められるべきことだが、最近彼女らも親衛隊の面々も過保護に度が過ぎる。
今夜も一人で、女官や侍女に見守られて寝なければならないなんてうんざりだ。
それとも、もしや俺が知らされていないだけで重篤な病なのだろうか。
めったに出ることのない城の外、まして路上で暮らす民の多い薄汚れたあの北の一角に行ったせいなのか。
俺の不安を余所に、エリスが妙に嬉しげに口元へとスプーンを差し出した。
「さあさあ、お口をお開けくださいまし。しっかり召し上がれば早く治りますわ」
彼女の中の手のスプーンをとって自分で飲もうとすると、彼女の目が不穏な光を放つ。
しぶしぶ口を開けると、銀製のそれが差し込まれ温かいスープが口の中へと広がった。
野菜と鶏でとった金色のスープに卵を浮かべたそれは、幼い頃から病で寝込むと料理長が俺の為に作ってくれる慣れ親しんだ味だ。 もう一口と差し出されたスプーンを、今度は素直にくわえた時だった。
「あにうえっ!お見舞いにきまし……兄上はまだ、乳母にごはんを食べさせてもらってるのですか」
花束を抱えた義弟の口から、悪気の全くない素直な言葉がこぼれた。
「ジニー様、エリス夫人は乳母ではありませんよ。それに病気の人は何歳になってもご飯を食べさせてもらっていいのよ」
ジニーの後ろから、涙をためて笑いを噛み殺しながらユカが入ってきた。
「まあまあ、ジニー様、ユカ様。ユリウス様のお風邪がうつってはいけませんから、少し離れてくださいまし」
「エリス夫人、熱も下がったし咳もないから大丈夫よ。医師達もそう言ってるわ。後で手を洗えば平気よ」
「ですが万が一もありますし……」
ユカは咎めるエリス夫人を笑顔でなだめ、ジニーと俺の側にきた。
「食事がとれるようになってよかった。あと少しね」
「寝ているのに飽きたぞ。仕事をするといっても、女官達が侍従たちが離宮に入ることを許さないんだ。普段でも休めないうえに、例の後始末もあるのに」
「仕事熱心なのは結構だけど今日一日は我慢してしっかり休んでちょうだい。さっき執務室をのぞいたけど、カイル達がしっかり留守を守っていたわよ。心配ないからと伝えてくれって。さ、ジニー様。ユリウスにお見舞いを言いたいのでしょう」
ユカに背中を押され俺の枕元に立ったジニーは、花束を手渡し俺の頬に小さい唇を押し付けた。
「母上と今朝お庭で摘みました。キスは母上からです。どうぞ兄上が早くお元気になられますように」
「ありがとう。来てくれて嬉しいよ。これは前庭の薔薇だな、綺麗だ」
俺はジニーの黒髪をぐしゃりと撫でてやり、花をエリスに手渡した。
ジニーはすぐに授業に戻るからと、後日改めて会うことを約束し部屋を出ていった。
そんな俺達を傍らで柔らかい目を向け見守っていたユカを側に来させると、俺は彼女の手を両手で握り締めた。
「ところで、ユカも見舞いに来たんだろ?それともただ顔を見せにきただけなのか。見舞いの品を忘れたのならこれで……」
例の騒動からまだろくに二人で過ごせていない。
ユカが恋しくてそろそろ限界だったところだ。
見つめ合い彼女の手をたぐりよせ、ようやく届いた肩を引き寄せた所で、俺達の顔の間に盆が差し込まれた。
「恐れながらそういうことは快癒なさってからにしてくださいまし」
やっぱり駄目か。
俺ががっくりとうなだれると、ユカがそっと頭を撫でた。
「そうがっかりしないで。明日になったらいっぱいしましょう」
「お元気になっていたら、ですよ」
「たかが軽い風邪じゃないか。どうして二人ともそんな神経質になるんだ。いつもお前達は落とした菓子は3つ数える内は平気とか言ってるくせに」
つい、子どもっぽい口調で反論した俺に、ユカとエリスは困ったように顔を見合わせる。
そしてユカは、俺をのぞきこみ額に軽く口付けると、握り締める俺の手を両手で包むと、そっと自分の腹へと導いた。
「ユリウスが元気になってからと思っていたのだけど。ここに私達の子どもがいるのよ」
その晩俺は驚きと興奮と喜びのせいか再び高熱にうかされてしまい、仕事の復帰とユカと甘い生活に戻ることができたのは、更に三日後のことだった。
「若き王の悩み」を読んで頂きありがとうございました。
キャラクター投票1位記念でのユリウスが主役回だったのに、美味しい活躍が少なかったような。
でも私にとってはこれがユリウスなんですよね。
さて、せっかくのアフターストーリーなのに、ストーリーとの兼ねあいで書ききれなかった各キャラのエピソードやネタを、この後掌編でぼつぼつ書きたいと思います。
もちろん、引き続き投票も継続中です。
最後になりましたが、毎更新沢山の拍手をありがとうございました。