第四話
「よ、ようやく終わったぁ……」
「よしよし、よくできたね。偉いよ、明月」
べそべそと泣きべそをかきながら昼餉を食べる明月を、小さい子供でも相手しているかのように「偉い偉い」と繰り返して褒める柳河。
まるで親子のような光景に、若儀は若干白い目を向けつつ、隣の黎飛を仰ぎ見て、僅かに感心していた。
「お前ってさぁ……」
「……うん?」
「料理を除く家事全般は、全くと言っていいほどできないのに、算学はできるんだなぁ」
「……」
沈黙しつつも、幾許か恥ずかしがるように耳を赤く染めた黎飛が、小さく頷いた。
「発明で、使うから」
「どんな風に?」
「私の得意分野の一つは、符術で……新しい符を開発するのに、数学にも手を出していたから」
「え……思ったより凄かった……」
「数学は、楽しい。様々な過程を経て、ようやく一つの答えに辿り着いた時、とても嬉しいから……」
「それ、凄く良いな!」
新しく知れた黎飛の得意なことに、若儀は嬉しさとともに、目を輝かせた。
「俺は結局のところ、実用的な方面の算学しか習っていないから……学問としての数学は、あまり興味を持ってこなかったんだよな。それでなくても、そういう数学とか、専門的な内容の学問を学べるような環境じゃなかったし」
さすがの若儀とて、若星杏に拾われてから彼女が亡くなるまでの短期間に学べることは限られていた。二年と半年程度では、文字を覚え、算学を学び、礼儀教養、家事などなどを覚えるだけで精一杯だった。あとは、若星杏が勉強や趣味に使うようにと渡してくれた、僅かな本を読むくらいか。
「……そうなのか」
黎飛がやや躊躇うように間を挟んだ。そして息を一つ吐くと、「では」と若儀に声をかけた。
「私が持っている本を読むか?それから、学術教本とか」
「……え。良いのか?」
「もちろん。……君には、世話になっているから。新しく買うわけでもないから、それくらい、大したことでもない」
黎飛の言に、若儀は戸惑う。好意を受け取っても良いものか、という戸惑いだ。しかし、黎飛はやや忙しげに言葉を重ねる。どこか焦っているかのように。
「せっかく繋いだ縁だ。大事にしたい」
「……じゃあ、有難く読ませてもらおうかな」
そう若儀が答えると、無の一辺倒を行っていたはずの黎飛の表情に、僅かに朱が灯った。口角はやや上に上がり、目尻を柔らかくして……。
「……笑った」
若儀は呆然とした。初日に見て以来の笑顔だ。一緒に行動することが多い彼ですら、一回しか見ていなかったというのに。
と、向かいの席に座ってぐずぐずと泣いていたはずの明月がこちらを凝視していることに気が付いた。目をまん丸くして、同じ様に珍しく驚いたような様子の柳河の衣を引っ張って顔を向かい合わせると、同時にまたこちらを向いた。柳河が、気の抜けたような声で、
「笑ってるの、初めて見た……」
と呟いた後、ようやく実感が伴ったのか、明月を顔を見合わせる。
「黎兄って笑うんだ」
すごく失礼なことを明月が抜かして、「こら」と柳河に小突かれた。
その時には既に黎飛の表情は普段のような無表情に戻っていたものの、彼の笑顔が二人に与えた衝撃はよほど凄まじいものだったらしい。しばらくは魂が抜けたような顔をして昼餉を摘んでは、やはり呆然と口に入れていた。
勇んで投稿していきますぞ。よさく、今日は自由な日。




