第二話
同室になってから十日が経った。
結論から言おう。若儀は既に疲れ果てていた。
「……あのなぁ、黎飛?洗濯の仕方、昨日も一昨日も教えただろ?何でこんなぐっちゃぐちゃになってるんだ?」
「……すまない」
僅かに青を含んだ、この世のどんな黒よりも美しい濡れ羽色の黒髪。値の張る宝石のように色濃く澄んだ紫水晶の瞳。肌理細かな肌に柔らかな稜線を描く輪郭。鼻梁は高く、薄い唇は淡い桜色だ。手足は細く長く、体躯の諸部位に程よくついた筋肉が美しい。
そう、黎飛の見た目は、まるで麗しく高貴な月の神のようなのだ。
しかし。浮世離れした美しい見た目の通り……家事全般が、全くできない。
これは、寮生活においては致命的であった。
寮の朝は早い。卯の刻に起き出して牀榻を整え、すぐに食堂に向かって朝餉を食べる。準備時間に当てられているのは二刻のみであるため、その間に身支度を整えなければならない。そして辰の刻と巳の刻の間に座学が始まり、午の刻に昼餉、未の刻から実技だ。実技はそこから酉の刻までの三時辰行われ、戌の刻に夕餉を食べ、亥の刻になる前に消灯する。
この生活の流れは、黎飛の今までの生活の流れとは全く異なるらしかった。
黎飛の今までの生活はと言えば、巳の刻に起き出し、午の刻に昼餉を食べ、戌の刻まで発明と剣の修行に勤しみ、亥の刻に長い湯浴みをして、また発明に勤しんだ後、丑の刻に眠りにつく……という感じらしい。
……正直言って、とても不健康だった。
若儀の生活の習慣とは似てもつかない。使用人同様に扱われてきた若儀はそもそもが起きる時間が寮で起きるべき時間よりも早かった。日が出る前に起き出し、眠れるのは翌朝の朝餉の仕込みが終わった深夜だ。時には日付が変わっていたこともあった。そこは黎飛に似ていなくもないが……。
「お前さぁ……」
「……本当にすまない」
洗濯を続ける中で「あ、これは続けさせちゃ駄目だな」と何となく感じ取り、今度は掃除をやらせてみたが、何故か雑巾をビチャビチャのままで床を拭き始めてしまった。結果、今、若儀たちの部屋は水浸しである。
「……家事、やったことないだろ」
「……すまない」
「謝ることないって……俺が聞かなかったのが悪かったんだし」
まさかここまで家事ができないと気付かなかった自分が悪い。
「えっと……料理とかは……」
「それならばできるが……ここでは意味がないから……」
「そう、なんだよなぁ……」
何でも、発明をする過程で、料理は覚えたそう。軽いものなら一炷香ほどで五品は作れると言う。
「便利なものを作るには、自分で欲しいと感じたものを作るのが、一番手っ取り早いから……」
「……何でお前はそれで料理だけじゃなくて家事にも目を向けなかったんだ……」
悲壮感漂う若儀に黎飛はもう一度「すまない」と謝った。最早最初の若儀の幾分か警戒心を含んだ雰囲気と、黎飛の無表情と静謐な雰囲気は鳴りを潜め、随分と仲良くなっていた。
「うん、お前は一旦薬の整理やっててくれ。そういうのだったら、得意そうだし」
「任せて」
純真な子どものように、こくんと小さく頷くと、彼は文机の上にどっさりと積まれた薬包を小さい引き出しがたくさんついた棚に、独自の分類をしながら整理していく。
それを眺めつつ、若儀は手早く床を拭き直す。何度も桶と床を往復し、どうにか綺麗に拭き終わって、若儀は「ふぅ」と息を吐く。
今は亥の刻の半ばほどで、本来寝る時刻よりも一刻近く過ぎている。元より早寝早起きが習慣となっている若儀は、既に眠くて眠くてたまらなかったが、どうやら朝は弱いものの夜には強いようで、黎飛は欠伸をすることもなく、真剣に薬包の整理をしている。
「黎飛、そろそろ寝ない?」
「もう少し時間が欲しい」
「俺、眠い……」
「あと少しだけだから、先に寝てて」
眩しいんだよ……という若儀の言葉は華麗に無視され、彼は諦めて牀榻に潜り込んだのだった。
どんどん投稿していこう……。




