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千秋万葉  作者: よさく。


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第一話

 だん!と乱暴に扉が開かれ、その中から一人の少年が荒々しい足取りで出てきた。

 小柄だ。年は十一、二の頃だろうか。小さな荷物を左手に下げ、右手には粗削りながらも中々の出来の木刀が握られている。赤みがかった黒の長髪は少々傷んでおり、赤い紐のようなもので乱雑に結われていた。

 扉の開き方によって、それでなくても周囲の人間に注目されているというのに、少年は何ら憚ることなく大きな舌打ちを鳴らした。

「俺の自称親族連中ってやつは……本当に屑だな」

 この荒みきった、抜き身の剣のような雰囲気を纏った少年の名は若儀《ルオイー》。字を随花《スイホワ》という。


 彼がいるこの国。名を玄華国《げんかこく》という。

 中原《ちゅうげん》に君臨する大国で、今までに十数代の皇帝を輩出し、今代は第十八代である浩久帝だ。歴史上の中でも三本指に入ると言われるほどの愚帝、先代飛鳥帝の第三皇子であった浩久帝《こうきゅうてい》は、上三人の兄姉が他でもない父である飛鳥帝《ひちょうてい》に殺されたがために即位した。弱腰で、二大公爵を筆頭とした六大家に操られる軟弱者と謗られている、今や皇帝とは名ばかりのお飾りの男が治めているこの国が、玄華国だ。


 そして、そんな国に住む少年が今までお世話になってきたのが、この、哀れにも乱雑に扱われて、悲しげにきぃきぃと自らを軋ませる扉の持ち主、若《ルオ》家である。

 若《ルオ》家と言えば、この辺りでは有名な、ちょっとした金持ちの家柄だ。いわゆる地主というやつだ。一応何代か時を重ねて、一族の者も多い。その一族の一人が、若儀《ルオイー》の父、若夕寒《ルオシーハン》なのだ。

「父さんの親族とは思えないほど、本当にクズだ。よくあんな蠱毒の巣窟みたいなところから、能天気な父さんが生まれたな。奇跡でしかないだろ」

 若儀《ルオイー》の父、そして母の瑚稜《フーレン》は、彼が幼い頃に死んだ。まだ5つかそこらの頃だったはずだ。父と母を失った心細さで泣きそうになっていたところ、前家主で父の祖母の若星杏《ルオシーハン》、つまりは若儀《ルオイー》の曾祖母によって拾われた。よって若儀《ルオイー》は曾祖母に大きな恩があったが、しかし最近、その曾祖母も死んでしまった。曾祖母以外の親戚は若儀《ルオイー》を疎ましく思っており、いずれ追い出されるだろうと踏んだため、彼は自ら出ていくことを決めた。それすらも親戚たちは良く思わなかったようだが。

 またもや若儀《ルオイー》は舌打ちをする。面倒臭い奴らだ。一度本気で叩きのめしてやれば良かった……。

 衣の下の大小の傷跡に今度はため息を吐きたくなる。

 最初は周りも派手な音と盛大な舌打ちに好奇心が大いにそそられたが、ため息を吐いて襟を少し緩めた少年の姿を見たときに、彼らは「見るんじゃなかった」と後悔した。

 少年の痩躯を覆う布の隙間からは赤青紫の打撲痕が見え隠れしていて、正直あまり関り合いにはなりたくない所業が行われていることが想像できたからだ。わざわざ関わり合いになって、自らの身体に同じものをこさえたいと思う者など居るわけもない。

 そんな理由から衆人環視は気まずげに目を逸らし、自身の目的を達成せんと足早に道を行った。

 少年はそんな彼らをちらりとも見ずに自らも目的地へと行かんと大股で歩き始めた。

 後ろに一瞥すらやることもなく。


 ◇◇◇


 一炷香ほど歩くと巨大な門がお目見えする。それが若儀《ルオイー》の目的地に繋がる場所だ。

 箱形と凹型の建物が渡り廊下で繋がっており、焦げ茶と濃緑で統一された校舎は驚くほど歴史が深い。艶のある黒檀の壁がその証左だ。広い校庭、機能性の高い訓練室、食の充実した食堂。武芸を志す者なら一度は憧れる、至れり尽くせりの武芸者育成学校。

 通称「虎狼《フーラン》」。彼は7倍という超高倍率の審査を通ってここに入学する権利を勝ち取った、武芸者の卵である。

「どうもー」

 声を張って訪いを告げる。暫し沈黙が辺りに漂って、急ににゅっと顔を出したのは小柄な彼よりもさらに小さなお爺さんである。どうやら門の目の前にある小さな小屋から出てきたようで、突然のことにぎょっとした若儀《ルオイー》も幾瞬かの後には少し落ち着いた。

「どなたかね」

 老人はしゃがれた声音ではあるが、芯があり、どこか茶目っ気のある声だ。

「若儀《ルオイー》です。若随花《ルオ スイホワ》」

「あぁ、あの」

 納得したようにうんうんと大きく頷いた老人は「こっちじゃよ」と若儀を手招きする。

「出迎えに遅れてすまんかったの。ちょおっといざこざがあって、その後始末やら何やらで人手が割かれてたもんでな。まぁ、許してくれや」

「いえ、別に。気にしてません」

「そうかぁ」

 にこりと笑った老人は門の前へと移動する。若儀がその隣に立つと、老人は不意に若儀《ルオイー》に向き直った。

「虎狼《フーラン》へようこそ、若儀《ルオイー》。君は今日からここの一員じゃ」

 老人がどこからともなく取り出した鍵を見て、若儀《ルオイー》は酷く胡乱げな表情を浮かべたが、次の瞬間にそれから発せられた光の洪水に思わず目をぎゅっと瞑る。

「虎狼《フーラン》は君の訪いを歓迎しよう」

 余韻のようにどこからともなく頭に響いてきた老人の声が聞こえなくなり、やがて光の洪水が収まったと感じて若儀《ルオイー》が目を開けると、そこは最早、先程見ていたあの古臭い如何にも由緒はありそうだがボロそうな場所ではなかった。

 明らかに新しく建てられたであろう、白木の建物。爽やかな海の青に彩られた屋根と、所々に嵌められた玻璃の窓。

 その周りを、背の大小はあれどまだまだ幼い顔立ちの五十人ほどの少年たちが、ざわざわと騒めきながら囲んでいる。

 ある者は不思議そうな顔をして。ある者は決意を固めた顔をして。またある者は楽しげな表情を浮かべて。

 若儀《ルオイー》は半ば呆然としつつ、その光景を見ることしかできなかった。

「静粛に」

 しかしその雰囲気も一つの声が切り裂くことで収まった。まだ若い声だ。

 声がした方を皆が揃って見遣ると、そこには背の高い一人の男が気配も感じさせずに立っていた。柔和とは程遠い容貌の男だ。静謐さと苛烈さを身に含んでいるような濃紅色の瞳をしている。髪は高いところで結い上げられ、緑の髪紐がひらりと揺れた。

「虎狼《フーラン》へようこそ。私は楊舒《ヤン シュー》。君たちの代を纏める責任者のようなものだ。これから六年間君たち虎狼生を鍛える者の一人でもある。よろしく」

 短い言葉で口火を切った男は、「まず」と懐から書簡を取り出した。

「虎狼生としての基本的な規則を覚えてもらおう」

 一部の者が身を固くした。若儀《ルオイー》もその一人だ。規則というのは大抵面倒なものが多い。特に家の中でよく扱われていない者や奴隷に対しては。

 楊舒《ヤン シュー》はその反応を目敏く見て取ったか、「何、案ずることはない。規則はたったの三つだ」と言った。

「一つ、自分を大事にしろ。一つ、相手を尊べ。一つ、努力しろ」

 思ってもいなかった規則に驚く暇もなく、楊舒《ヤン シュー》は続ける。

「この規則はそもそも人として基本的なことだ。武を修めるならば更に必要不可欠なことだ。守れないはずがない。だからこそ、この規則は重要なのだ。破った者には重罰が下される故、心しておくように。他の細則については……まぁ、おいおい伝えていく。今言ったところで覚えていられる者などごく僅かであろうしな」

 どうとでもいいと言わんばかりの感じで、あっさり規則についての話を止めると、違う話をし始める。

「これから寮の割り振りを伝える。これから六年間寝食を共にする者だ。仲を違うことなく、協力し、常に共に行動しろ」

 ぴらりと紙を振ると、彼は皆を睥睨する。

「武において共闘する者とはかけがいのないものだ。武とは互いに練り、高めるもの。つまるところ、普段の生活から協力できないものなど、武を修めるに値しないということだ」

 鋭い言葉と視線に、少年たちは僅かに息を呑む。楊舒《ヤン シュー》の醸し出す圧倒的な雰囲気に呑まれたためだ。

「理解したのなら返事をしろ」

「「「「「はい!」」」」」

「ならば良し」

 楊舒《ヤン シュー》が書簡に書かれた寮の割り振りでそれぞれの名前を読んでいく。

「まず青桐寮だ。霖京子《リン ジンズー》と払艶谷《フー イェングー》」

「「はい」」

 返事をしたのは、一際真面目そうな黒髪の少年と、いかにも軟派そうな茶髪の少年だ。しかし先に呼ばれたということは……非常に優秀、ということなのではないだろうか。

 やっと頭が働くようになってきた若儀《ルオイー》がそう考えていると、楊舒《ヤンシュー》が二人に何やら渡した。桐紋が象られているあれは……鍵、だろうか。色付きの玻璃と銀で構成されたそれは、鍵と言うにはあまりにも高級そうだ。壊したら一体幾ら請求されるのだろうかと勘定をしつつ、若儀《ルオイー》は彼らを眺める。

「君たちは入口から見て一番手前の壱の一の部屋を使え。これが寮の鍵だ。使い方は部屋に行けば分かるから気にするな」

 どうやら寮の鍵を受け取ったらさっさと自室に行くらしい。しかし、部屋に行けば使い方が分かるだなんて……あまりにも雑すぎやしないだろうか?見た目は辛うじて鍵っぽいものとしか見えないのに、使い方を教えないというのはありなのだろうか。

 その後も順調に名前が呼ばれていったが、若儀《ルオイー》の名前は呼ばれなかった。ざっと四分の一程度が減って、寮の数は四つだと推測をつける。

 緑竹、黒松、と順々に呼ばれ、どうやら割り振りは植物のようだということに若儀《ルオイー》は気づいた。呼ばれていった少年たちの表情や声色、見た目などから、何となくの推測ではあるものの、青桐は成績優秀者、緑竹は武芸に秀でた者、黒松はどちらかというと勉学に秀でた者であると考えられる。そして……。

「最後に紅楓寮」

 残ったのは、恐らく問題児たち。

 横暴そうな者、他人と関わりを持たない者、自分本意な者、そして身分が大勢の中でも特に逸脱している者。

 若儀《ルオイー》は最後の原因が当てはまるのだろう。ふぅ、と諦めのため息を吐いて、残った者たちを見遣る。

 先ほどと同じように組み合わせの者同士で名が呼ばれていく。しかし、残り人数が少なくなるにつれて、自分の中で焦りが募っていくのが感じられた。他の者の名前は呼ばれていくのに、自分は呼ばれない。まさか自分はお呼ばれではないのか。

 そう悪い方悪い方へと考えている間に、どうやら最後の組み合わせになったらしい。

「最後に、若随花《ルオ スイホワ》と黎浩蓮《リー ハオレン》」

 ハッと楊舒《ヤンシュー》を見ると、呆れたような表情で「そうだ、お前だ。早く来い」と告げられる。

 慌てて彼の目の前へと至ると、そんな若儀《ルオイー》の隣に大きな影がかかった。横に目を滑らせると眼前には壁のようにそそり立つ、少年、というには大きすぎる青年がいた。しかも……すごく美人だ。

 最早先程の無表情はどこに行ったと言いたくなるほど、疲れたように眉間に皺を寄せる楊舒《ヤンシュー》は、若儀《ルオイー》を目に映すとどこか憐れみを感じさせる声音で、何度も口にした注意事項を伝える。

「これが鍵だ。無くさないようにな。……まぁ、どっちも頑張るんだな」

 せいぜい仲良くしろよ、と声をかけた楊舒《ヤンシュー》は、もう仕事は終わったと言わんばかりに踵を返すと、どこかへと行ってしまった。

 ちらりと横を向くと、青年__黎浩蓮《リーハオレン》が無表情のまま突っ立っており、若儀《ルオイー》は僅かに逡巡しつつも声をかける。

「寮の部屋、早く行こう」

「……」

 無視された。

(何だこいつ)

 苛立ちを感じたが、初っ端から基本規則を違えるわけにはいかない。若儀《ルオイー》に帰る場所など最早無いのだから。

 しょうがない、と諦めて何も言わない大きな美人を引っ張っていくことにした。最後尾のため他に人はおらず、何故か二人きりで歩くことになり、非常に気不味い。何がってこの美人さんはあまりにも綺麗な顔立ちなのにずっと無表情で、自らを引っ張って歩く若儀《ルオイー》をじっと見つめて、何やら観察しているようなのだ。何が楽しいんだか若儀《ルオイー》には全く分からなかったが、それがただただ気不味い。唯一の救いは、彼が引っ張られることに一切の抵抗をしないことか。

 やっとのことで寮の指定の部屋まで辿り着いた頃には、黎浩蓮《リーハオレン》と比較しては更に際立つほど小柄な若儀《ルオイー》は軽く汗をかくほどで、しかし彼は全くの涼しい顔でやはり若儀《ルオイー》を見つめているものだから、若干の諦めを伴った動きで部屋の鍵を扉の窪みに嵌める。するとカチャリと音を立てて鍵が解除され、扉が自然と開く。そこに自ら動く気はなさそうな黎浩蓮《リーハオレン》を押し込み、自身も中に入ると、漸く若儀《ルオイー》は一心地をつくことができた。

「はぁ……」

「君は」

 とか思っていると、何故か黎浩蓮《リーハオレン》が無表情のままこちらに問いかけてきた。

「何故私に構う」

「相部屋だからだけど」

「怖くないのか」

「何が」

「……顔が」

「百人いたら百人が振り向くほどの美人ちゃんだな。俺はそう思うけど」

 それが何か?と逆に問いかけてみれば、彼はほぅ、と吐息を漏らし、「そうか」とどことなく安堵したように呟いた。

「……そうか」

「何が言いたいんだ?」

 黎浩蓮《リーハオレン》の口数は少ない。そこから言いたいことを把握するのは中々難しいものがある。

 つと躊躇するも、彼は小さく声を発した。

「……今まで、怖がられてばかりだったから」

「……あぁ、そう」

(この美人さんを怖がるなんて、損してる奴らだな。勿体ない。何が怖いんだって言うんだ)

 心の中でそう独り言ちつつ、「安心しな」と若儀《ルオイー》は笑った。

「あんたを見て俺が怖がることはない。あんたは美人ちゃん。それが全てだからな」

「……ありがとう」

 若儀《ルオイー》の言葉に、彼は無表情のままではあったものの、先程まで纏っていた雰囲気を僅かに和らげて、用は終わったと言わんばかりに自分の荷物を解き始めた。結局黎浩蓮《リーハオレン》が何を言いたいのかよく分かりはしなかったが、まぁ、この先何だか悪くなさそうだと思って、若儀《ルオイー》も荷物を解き始めるのであった。

 ……とは言っても、ほぼ身一つでやって来た若儀《ルオイー》である。自分の荷物は自製の木剣と弓、あとは襤褸《ぼろ》よりマシ、という程度だけの着替えが三着と、父母の形見である翡翠の玉佩《ぎょくはい》、そして放浪していた頃に顔も朧気な誰かから貰った射干玉《ぬばたま》の簪《かんざし》。これが全てである。

 ところが黎浩蓮《リーハオレン》の方はどうだと見てみれば、何やら大荷物のようである。ぎょっとして「おい、あんた……」と声をかけると、切れ長の濃い紫水晶の瞳がこちらを見て言った。

「黎飛《リーフェイ》」

「……え?」

「私の名は、黎飛《リーフェイ》」

「ん?あぁ……黎飛《リーフェイ》、黎飛《リーフェイ》ね……」

 何故名前で呼ばせようとするのか。少し呆れも含んだ声色でそう繰り返して、ふと自分の名前もそうやって呼ばせようと思い立ち、「なぁ黎兄」と黎浩蓮《リーハオレン》……いや、黎飛《リーフェイ》にそう呼びかける。すぃ、と視線を遣られて、不意の出来事に心臓がどくん、と大きな鼓動を刻んだ。それを気の所為だと頭を振って、にこりと笑みを浮かべる。

「じゃあ俺も名前で呼んでよ。若儀《ルオイー》って」

「……若儀《ルオイー》?」

「そ、若儀《ルオイー》。六年間、よろしくな、黎飛《リーフェイ》」

 そう自分で言った後、若儀《ルオイー》は息を呑んだ。

「……うん、よろしく」

 黎飛《リーフェイ》が笑ったのだ。と言っても微笑だが。しかしそれが、今までの無表情と相まって、それが……特に……。

 ここに来て思ったことだが……黎飛《リーフェイ》の笑った顔は、まるで雪原の真っ只中に咲いた清らかな待雪草の様だ。慎ましく、儚い。

「どうかした?」

「ううん、何でもない……」

(こんなの反則だ!俺よりすごく背が高いのに……何でこんなに可愛いんだよ!)

 そう心の中で叫ぶ若儀《ルオイー》は恐らく無意識の面食いであった。

こんにちは、昨日ぶりの更新です。

最初の方だから早めに出しときましょ、と思いまして。一旦3話くらい連続で出そうかな?ハマってくれる人募集中です笑。頑張って書いていきますね。

それでは。

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