三十五話 雪解けを待つ街で
三月の終わりに、地面が出る。順番は決まっていて、車の通るところが先だ。次が人の歩くところ。歩道の際に押しやられた分は最後まで残り、灰色になって、縮んで、ある朝なくなっている。出てくるのは去年の葉だ。四か月敷かれていたので、色をなくして地面に貼りついている。この街の春は、緑より先に去年の秋が出てくる。私はそれをこの国で何度も見てきた。何度目かは数えない。数えるのをやめたのがいつからかも、覚えていない。
朝、車を出す。空はまだ暗いほうに近い。傷は顔にある。左の頰から顎にかけて、十六の冬から。この国では、それでほとんど何も起きなかった。誰もが少しずつよそ者で、傷のひとつくらいで人はふり返らない。それでも人の視線がこちらへ向くと、私はいまでも顔の角度を少し変える。癖というのは、置いてきたつもりのところから、いつまでも付いてくる。
高速に乗る。家からあと二つの出口のあたり。あの冬の夜、私はここで一台の車が停められているのを見た。ハザードが点いていて、前と後ろを、なんの表示もない車が塞いでいた。揃いの上着を着た男たちが立っていて、上着の背には文字が刷ってあったが、私には読めなかった。読まなくても分かった、と言うほうが正しい。運転席の男は外に出されて、両手は体の後ろで組まれていた。車のなかに女と子どもがいた。窓の内側が白く曇っていた。女がこちらを見た。ほんの一瞬だ。もう終わってしまったことの前に座っている人間の顔だった。その顔を私は知っている気がして、どこで見たのかを思い出したくなかった。私は停まらなかった。停まる理由も、停まれる理由も、何ひとつ思いつかなかった。
あの夜から、私は何度もそこを通っている。通るたびに何かが引っかかっていて、それが何なのかは長いあいだ分からなかった。分かったのはずいぶんあとで、それも探して見つけたのではない。あの男たちは、顔の半分を隠していた。私は隠していない。隠せない。十六の冬から、私は顔で標されてきた。学校でも、練習場の打席の前でも。いまは、それが一枚のカードに移った。的の場所が変わっただけで、根は同じところにある。ここに属していない、と誰かに決められること。
顔を隠しているのは、標す側のほうだった。
標される側は隠せない。隠せないから標される。あの夜の私はそれを見ていた。見ていて、言葉にできなかった。だから引っかかっていた。
出口を降りる。信号で止まる。右手が上着の内側へ行きかけて、途中で止まる。財布はそこにある。カードもそこにある。緑がかった札で、隅に有効期限が刷ってある。永住、と名のつくものにさえ、終わりの日付がある。いまでも私はあれを持ち歩いている。持っていなければならないことになっている。決まっていなくても、私は入れていただろう。入れていない日のほうが落ち着かない。
市民になれば、と言う人がいる。そうすれば追い返される心配はほとんどなくなる、と。その道があることを私は知っている。書き出す紙も、調べられる項目も、だいたい見当がつく。私は出していない。出さない理由を、私は長いあいだ二つに分けて持っていた。一つは、正しくしていれば大丈夫だという言葉を信じていないこと。何ひとつ悪いことをしていない男が、机の上の一行で消えるのを、私は学生のころに見ている。もう一つは、日本の国籍を手放すことが、いつか帰るかもしれないという細い糸を自分で切ることになるからだ。
二つ目のほうは、もう終わっている。いつ終わったのかは分からない。日付が無い。日付の無いものが減っていくことを、私はこの家で何度も見てきた。帰る先は初めから無かった。あの家は売った。教室の窓際の席も、練習場の網の内側も、戻る場所ではない。それは二十一の年から知っていた。知っていて、扉だけを閉められずにいた。閉められなかったのは、私の側の事情だ。
子のほうには、初めから扉が無い。あの子は、紙の上では二つの国を持っている。片方の国の字を、あの子は読めない。手続きも、書類も、学校も読めない。訊けば聞き取れるが、返ってくるのはこちらの言葉だ。私と絵美が帰れないのは、帰った先に何があるかを知っているからで、過去の側にある理由だ。あの子が行けないのは、私たちがここで暮らしたからで、私たちが作った、いまの側にある理由だ。誰も止められなかった。止めるには、どちらかが働くのをやめるしかなかった。やめれば、預ける先の代金は消える。消えるが、入るほうも消える。二人とも常勤だったのは、そういう算術の結果で、誰の落ち度でもない。落ち度でなくても、減ったものは減った。
だから、扉はもう閉じている。閉じたと決めたのは、私だ。書類は一枚も出していない。誰の机の上でも、私の名前の横の欄は変わらない。
二十数年前にも、同じことがあった。あのとき私は帰ると決めた。帰りたくない、を戻ってきたい、に言い直して、口に出さずに一度、頭の中で最後まで言った。誰も聞いていなかった。そして、それを受け取る紙はどこにも無かった。
いちばん大きいものが、いちばん軽い。
あのとき私は、それを軽いことだと思っていた。軽くはなかった。二十数年、あれが私を運んできた。
信号が変わる。家を出るとき、二階から声がした。行ってらっしゃい、ではない。こちらの言葉のほうだ。私は返事をした。返事をするときに、その音のことはもう考えない。絵美は先に出ていた。予定表に今日の分が書いてある。書いてあるものは、そのとおりに動く。決まっていないことを、彼女は言わない。
この街で買った上着は、とうに無い。何冬使ったかは覚えていないし、あれが最後にどこへ行ったのかも覚えていない。覚えているのは、買った日の夜に数えたことのほうだ。一冬なら高い、二冬なら半分。どちらになるかを決めるのは私ではない、とあの夜の私は思った。
決めるのは、私だった。
いまも、私はまだ怖い。
ニュースの音を大きくできない。路肩に灯りが見えると、速度を落とす前に息が浅くなる。あの一家がどうなったのかを、私は確かめていない。確かめようがない。二度、私は何もできなかった。学生のころに一度、あの冬の夜に一度。三度目が来たら何かできるのかと自分に訊いてみる。答えは出ない。出ないまま、私は今日ここにいる。
幸せは勝ち取るものだと、長いあいだ私は思っていた。資格を繋ぎ、仕事を得て、緑のカードまで辿り着けば終わるのだと。辿り着いて、終わらなかった。終わらないものを、人は勝ち取れない。毎朝、車を出す。迎えに行く。予定表を見る。数えるものを数えて、数えられないものは数えない。それだけのことを、明日もやる。やると決めるのは、明日の私だ。その決め方を、私はこの街で覚えた。
道の端の雪が縮んでいる。あと何日かで、去年の葉が出る。この街の冬は長い。長いが、終わる。終わったあとに出てくるのは緑ではない。去年のものだ。それが出てから、緑が来る。順番はそうなっている。
この街は雪解けを待つ。待っていれば、来る。
私が待っているものには、来る日が無い。
それでも、明日も同じ道を通る。




