永住
十二月の夜は長い。
家じゅうの灯りを落としてしまうと、台所の小さな明かりが残る。窓の外はもう暗くて、街灯の輪のなかを、雪が斜めに横切っていくのが見える。根雪はとうに固まっている。この街の冬は、これから三月の終わりまで、長く続く。プリマス――ミネアポリスの西にある、ありふれた郊外の一角だ。いま、この家で起きているのは、どうやら私だけらしい。
居間のほうから、消し忘れたニュースの音が低く漏れてくる。誰かが早口で何かを読み上げている。聞き取ろうとしなくても、いくつかの言葉だけが、耳のほうから勝手に立ち上がってくる。資格。取り消し。送り返す。――近ごろは、そういう種類の言葉を聞かない日のほうが少ない。以前は季節の変わり目に、ときおり耳にするくらいだったものが、いまはもう、毎晩のように部屋のどこかで鳴っている。私は音を大きくしない。大きくしなくても、もう十分に分かっている。
その言葉を聞くと、今日の帰り道が戻ってくる。
日はとうに落ちていた。西へ向かう高速の、家まであと二つの出口というあたりで、前の車のブレーキ灯がいっせいについた。事故だろうと思った。雪の日の夕方には、よくあることだ。流れは徐行になり、右の車線から順に、車が体を寄せるように左へ移っていく。
路肩に、乗用車が一台停まっていた。ハザードが点いていた。その前と後ろを塞ぐように、なんの表示もない車が二台。揃いの上着を着て顔の半分を隠した男たちが、何人か立っていた。上着の背には文字が刷ってあったが、私の目には読めなかった。読まなくても分かった、と言うほうが正しい。
運転席の男が、車の外に出されて立っていた。両手は体の後ろで組まれていた。抗ってはいなかった。何か言っているようでもなかった。
車のなかには、まだ人が残っていた。助手席の女が、子どもの頭を胸のあたりに抱えていた。子どもは二人だったかもしれない。窓の内側が白く曇っていて、はっきりとは見えなかった。家族なのだろう、と私は思った。思っただけだ。確かめたわけではない。
私の車がその横を通り過ぎるとき、女がこちらを見た。ほんの一瞬だ。泣いてはいなかった。叫んでもいなかった。助けを求める顔ですらなかった。もう終わってしまったことの前に座っている人間の顔だった。その顔を、私は知っている気がした。どこで見たのかは、思い出したくなかった。
私は停まらなかった。停まる理由も、停まれる理由も、何ひとつ思いつかなかった。速度を上げて、その場を離れた。ミラーのなかで、路肩の赤い灯が小さくなり、雪に紛れて消えた。
次の出口を降りるまで、私の右手は、上着の内側を押さえていた。財布のある場所だ。自分でも気づかないうちに、そうしていた。
テーブルの端には、夕食の残りの皿が、そのままになっている。居間には、絵美と直美が先週末に飾りつけた小さなもみの木があって、豆粒ほどの電飾が、ゆっくりと明滅している。その灯りだけは消さずにおくのが、この家の決まりだ。二階では、二人がもう眠っている。年に一度の、いちばん暖かい季節のはずだった。家のなかは、現に暖かい。暖房の音が、ずっと低く鳴っている。それでも私は、この椅子から立てずにいる。
財布から、一枚のカードを抜き出す。
永住権。この国に、期限を気にせず永く住むことを許された資格のことだ。緑がかった色をしているから、人はそれをグリーンカードと呼ぶ。私はそれを、もう十年以上持っている。手に入れた日のことは、よく覚えている。それまで何年ものあいだ、私は期限つきの紙を、また次の期限つきの紙へと繋いで、細い綱の上を渡ってきた。次の紙が間に合うかどうかで眠れない夜。期限の切れる日を、指で数える癖。そのすべてが、このカードで終わるはずだった。絵美も同じ日に、同じ色のカードを受け取った。二人で、やっと終わったのだと思った。
けれどカードの隅には、小さな文字で日付が刷り込まれている。有効期限。永住、と名のつくものにさえ、終わりの日付がある。何年かごとに、このカードを出し直さなければならない。そのことを、この国に来るまで、私は知らなかった。
永住権を持つ人間は、そう簡単には追い出されない。頭では分かっている。ずっと昔、弁護士もそう言った。それでも居間から漏れてくるあの言葉を聞くと、背中の奥のほうが冷たくなる。この冷たさには、覚えがある。二十一でこの街に降り立って、初めての冬を越したとき。あのときから、かたちを変えながら、ずっと私の底に居座っているものだ。
だったら、市民になってしまえばいい。そう言う人もいる。この国の市民になれば、追い返される心配など、ほとんどしなくてよくなる。そういう道があることも、私は知っている。
それでも私は、その道を選ばずにいる。
市民になるための審査では、これまでのことを一つ残らず書かされ、調べられるという。私に、隠していることはない。ひとつもない。それでも、その紙を出すことが、どうしてもできずにいる。
この街に来て、何年目かのころだった。私と同じような立場の男がいた。彼は何も悪いことをしていなかった。私よりずっと真面目で、期限のある紙をいつも先回りして揃えているような男だった。それでも彼は、ある学年の途中でいなくなった。どこかの誰かの机の上で、彼の記録が一行、噛み合わなかった。それだけのことだった。私は彼の書類を一緒に読んで、どこにも間違いがないことを確かめて、そして何もできなかった。
あれから私は、正しくしていれば大丈夫だという言葉を、信じていない。二十年以上ぶんの住所と、勤め先と、この国を出入りした日付を、一つの間違いもなく書き切れる人間が、どれだけいるだろう。
それに――市民になるということは、この手で日本の国籍を手放すということでもある。いつか帰るかもしれない、という細い糸を、自分で断ち切ること。帰る場所などないと、とうに分かっている。あの家にも、あの町にも、私を待つものは、もう何もない。顔の傷とともに置いてきたものに、いまさら戻れるはずもない。それでも、その扉に鍵をかけてしまうことだけが、どうしてもできない。二度と通らないと決めている扉を、閉じることだけが、できずにいる。
気づくと、傷のある側の頰に、手が伸びている。昔からの癖だ。人の視線がこちらを向くと、私はいつのまにか、顔の角度を少し変えている。この国に来て、その癖はずいぶん薄れたはずだった。ここでは、誰もが少しずつよそ者で、傷のひとつくらいで、人はふり返らない。こういう夜には、戻ってくる。標されている、という感覚だ。あのころは顔だったものが、いまは一枚のカードになった。的の場所が変わっただけで、根は同じところにある。ここに属していない、と誰かに標されること。その怖さだけは、二十年以上がたっても薄れない。今日、路肩に立たされていたのは、私ではなかった。それだけのことだ。
二階で、直美が寝返りを打つ気配がする。あの子は、この国で生まれた。私の傷も、私の後ろめたさも知らないまま、二つの国のあいだで、まっすぐ育っている。絵美がいまここにいたら、こんな夜更けに何をしているの、と短く言うだろう。そうして私を、いつもの現実に引き戻すはずだ。絵美も、私も、それぞれに帰れない事情を抱えて、この街で出会った。三人で、ここまで来た。
家族の幸せとは、勝ち取るものだと、長いあいだ私は思っていた。安定した資格、まともな収入、人に言える肩書き。それさえ手に入れれば、家族は幸せになれるのだと。だから私は、ひとつずつ手に入れてきた。資格を繋ぎ、仕事を得て、この緑のカードまで辿り着いた。手に入れたはずだった。
それなのに、一年でいちばん暖かいはずの夜に、私はまだ怖い。
カードを、テーブルの上に置く。電飾の灯りが、緑の隅で小さく揺れている。安全なはずの人間が、どうしてまだ、こんなに怖いのだろう。
窓の外では、雪がまだ降っている。街灯の光の輪を、斜めに、いつまでも横切っていく。この降り方を、私は知っている。この街に来てから、何度も見てきた。いちばん最初の冬から、ずっと。
二十一の夏の終わり。私は、たった一枚の航空券を握りしめて、この街に降りた。その年の冬がどれほど寒いか、そのときの私は、まだ何も知らなかった。
この話の背景を、少しだけ補足します。
はじめに、路肩の場面について。
この国では、在留資格を確かめるための取り締まりが、路上や職場、住まいの前などで行われます。担当するのは連邦の機関で、地元の警察とは別の組織です。制服の警察官ではないので、来た人がどこの誰なのかは、見ただけでは分かりにくいことがあります。
担当者は揃いの上着を着ていることが多く、背にはその所属を示す文字が刷ってあります。表示のない車で来ることもあります。また近年は、顔の下半分を覆って現場に立つ姿が見られるようになりました。
止められた人がそのあとどうなるかは、一様ではありません。その場で解放されることもあれば、そうでないこともあります。通りがかった側から確かめる手立てはありません。
次に、永住権について。
永住権は、資格そのものと、それを証明するカードとが別のものです。期限が来て更新するのはカードのほうで、資格が切れるわけではありません。
永住権と、その国の市民になること(帰化)とは、別の段階です。永住権を持つ人は選挙で投票できず、限られた場合には資格を失うこともあります。市民になれば、その心配はほとんどなくなる――ふつうは、そう考えられています。
帰化の審査では、これまでの経歴をすべて書き出し、細かく調べられます。
また、帰化すると日本の国籍を失います。日本の法律では、自分の意思で外国の国籍を取った時点で、日本の国籍は自動的に失われます。手放すかどうかを選べるのではなく、その瞬間にそうなります。以後、日本のパスポートは更新できません。生まれた国へ行くのにも、査証が要ります。
ただし、市民権も絶対のものではありません。生まれつきその国の市民である人とは違って、帰化して市民になった人は、あとから市民権を取り消されることがあります。主な理由は、帰化を申請したときに、重要な事実を隠していたり、偽って述べていたりした場合です。裁判所の手続きが要り、国の側に高い水準の立証が求められるため、これまでその例は多くありませんでした。近年は、以前より目を向けられるようになっています。
物語の現在は二〇二五年の十二月です。この時期、移民の在留資格を巡る空気は厳しさを増していました。
この作品はフィクションです。制度や手続きについては、その当時のものをできるだけ正確に書くようにしていますが、筆者は弁護士でも、移民法の専門家でもありません。制度は年によって変わりますし、同じ制度でも、一人ひとりの事情によって扱いが変わります。ここに書いたことを、ご自身の手続きの判断に使わないでください。実際に手続きが必要な方は、移民弁護士(在留資格の手続きを専門とする弁護士)など、資格のある方に必ずご相談ください。これらの記述について、筆者は責任を負うことができません。




