第9話
毒見役としての初日は、厨房の沈黙から始まった。
「本日から毒見役を務めます、ミレイユです。よろしくお願いいたします」
頭を下げた私に返ってきたのは、鍋の煮える音だけだった。料理人たちは手を止めず、目も合わせない。ようやく口を開いたのは、白髭の料理長だった。
「……あんたが来たってことは、儂らが疑われてるってことだ。挨拶されて喜ぶ者はおらんよ」
「疑っているのではありません。守りたいだけです。閣下も、皆さんの料理も」
「口はうまいな、王都の人間は」
取りつく島もない。まあ、当然だった。昨日まで名も知らぬよそ者が、今日から自分たちの仕事を検分するのだ。私が逆の立場でも面白くはない。
私は言い返す代わりに、仕事を始めた。
朝は夜明け前に起きて井戸と水瓶の水を視る。食材の搬入に立ち会い、荷の一つ一つに目を通す。調理の間は厨房の隅に立ち、鍋に入るものを黙って見守る。そして配膳の直前、すべての皿を検めて、閣下の御前で先に口をつける。
初日の朝食の毒見で、給仕たちがざわついた。毒見役が本当に主人の皿を食べるところなど、この城の誰も見たことがなかったからだ。
「毒はございません。どうぞ」
ジークハルト様は何も言わず、匙を取った。ただ、食べ終わった皿が、前任の毒見役の頃より綺麗になっていたと、後でベルタさんがこっそり教えてくれた。
使用人たちの目は、まだ冷たかった。廊下ですれ違えば囁きが聞こえる。王都から流れてきた怪しい女。閣下に取り入るのが目当てだろう。あの若さで毒に詳しいなんて、まともな育ちのはずがない。
言葉の毒は、消せない。だから慣れたふりで、私は淡々と手を動かし続けた。街に残してきたトマは、ドニ商会の使い走りとして雇ってもらえたらしい。休みの日には城下で顔を見に行ける。それだけで、冷たい視線の二つや三つはどうでもよくなった。
意外なことに、最初に態度を変えたのは厨房だった。三日目、私が搬入の香辛料の樽から湿気た一角を見つけ、「ここだけ黴の毒が出始めています。この部分を除けば残りは使えます」と告げたときだ。料理長は樽に鼻を突っ込み、長いこと唸ってから言った。
「……儂でも気づかん湿気だ。あんた、樽ごと捨てろとは言わんのだな」
「食材に罪はありませんから。それに、この胡椒はいいものです。産地の乾かし方が丁寧」
「ほう。分かるか」
それから料理長は、少しだけ口を利いてくれるようになった。厨房とは、食材への敬意で会話する場所らしかった。
一方、家政婦長のベルタさんの検分は厳しかった。毒見の手順、身だしなみ、言葉遣い、城の者との距離の取り方。毎夕、その日の私の仕事に細かな指摘が入る。けれど不思議と嫌ではなかった。彼女の指摘はすべて「私がこの城で疑われないため」のものだったからだ。
「あなたを信じるかどうかは、まだ決めていません」
ある晩、ベルタさんは言った。
「ですが、あなたの仕事ぶりは信じ始めています。この城では、それで十分です」
「ありがとうございます。私も、それで十分です」
その夜、私は日課にしている薬草庫の在庫改めをしていて、ふと手を止めた。帳面の数字と、棚の現物が合わない。
鎮痛草の束が、記録より三つ少ない。
先週の記録を遡ると、やはり少しずつ、誰かが持ち出している。鎮痛草は毒の材料にはならない。ならないが――帳簿に載らない持ち出しがあるという事実そのものが、この城のどこかに「隠れて動く手」があることを示していた。
「……減りが、早すぎる」
燭台の火が、帳面の上で小さく揺れた。




