第10話
毒見役となって半月が過ぎた頃、城で晩餐会が開かれることになった。
客は近隣の領主が三家。鉱山の水利権を巡る、年に一度の顔合わせだという。ベルタさんいわく「笑顔で牽制し合う席」であり、料理長いわく「一年で一番、皿数の多い夜」だった。
そして私にとっては、一番危ない夜になる。
「人の出入りが増えます。客の従者、臨時の給仕、酒の納入。紛れ込むには絶好の機会かと」
前日の打ち合わせで私が言うと、ジークハルト様は短く頷いた。
「警備は増やす。お前は食にだけ集中しろ」
「承知しました。ただ、一つお願いが。当日、私が皿を止めても、理由は聞かずに従ってください。説明する時間が惜しい場面があり得ます」
「いいだろう」
即答だった。半月前には素性も知れなかった女の判断を、この人はもう疑わない。その信頼の重みで、背筋が伸びた。
晩餐会当日。私は夜明けから厨房に張りついた。食材、水、酒、香辛料、燭台の蝋燭に至るまで、口と鼻に届くすべてを視ていく。人の出入りは普段の三倍。客の従者が廊下を行き交い、臨時の給仕が荷を運ぶ。この雑踏のどこかに毒の手があるのだと思うと、指先が冷えた。けれど怯えは目を曇らせる。私は深く息を吸い、いつも通りの順番で、いつも通りに視ることだけに集中した。
最初の異変は、配膳直前のスープだった。
冬野菜の乳白色の中に、糸のような苦い気配。舐めれば僅かに舌が痺れる程度の、量を抑えた痺れ毒。私は黙って給仕長に目配せし、鍋ごと差し替えさせた。予備の鍋は、こんな時のために私が朝から検分済みで守らせてある。
――一つ目。でも、妙だ。
毒の量が少なすぎる。これでは客が「料理の味が変だ」と眉をひそめる程度で、誰も死なない。まるで、見つけてくださいと言わんばかりの。
二つ目は、乾杯用の葡萄酒の樽に沈んでいた。こちらは検毒水晶にも反応する、教科書通りの毒。給仕たちが青ざめる中、私は樽を封じさせ、代わりの酒を開けさせた。
広間からは談笑が聞こえてくる。何事もなく進む宴。給仕たちの顔に、危機を二つ越えた安堵が浮かび始めていた。
その安堵こそが、狙いだとしたら?
あの晩の遅効毒を思い出す。囮で油断を作り、本命を通す手口。慎重で、執念深い作り手。だとすれば、まだ終わっていない。私は配膳台に並び始めた最後の皿――食後の焼き菓子と蜂蜜――の前に立った。
視る。粉、卵、乾果、どれも綺麗。蜂蜜も、一見は澄んだ金色。
けれどその金色の奥に、同じ金色をした毒が、ほとんど完璧に溶け込んでいた。甘みに紛れる遅効毒。三日後、客と閣下を諸共に止める毒。水利権で揉める領主たちが一斉に死ねば、この地方そのものが焼ける。
「この蜂蜜、止めます。菓子は蜂蜜なしで出してください」
私の声に、厨房がしんと静まった。三つ目。誰かが喉を鳴らす音がした。
晩餐会は、最後まで何事もなく終わった。領主たちは上機嫌で帰り、給仕たちは膝から崩れ、料理長は無言で私に湯気の立つ夜食を差し出してくれた。卓の下で行われた攻防を知るのは、厨房の面々と、閣下だけだ。
深夜、報告に上がった私に、ジークハルト様は静かに問うた。
「三つ。偶然重なった線は」
「ありません。三つの毒は量も質も役割が違いすぎます。囮、囮、本命。一人の設計です」
私は一拍置いて、告げた。
「それと閣下。段階で油断を剥がしていくこの手口――王都の暗殺者の教本にある手法です。そして三つの毒はすべて、調理より後、配膳の間に仕込まれています」
「つまり」
「敵は、外から来たのではありません。この城の中に、います」




