第7話
その夜、私は城から帰してもらえなかった。
通されたのは牢――ではなく、客間だった。暖炉には火が入り、卓には湯気の立つ茶まで置かれている。扱いに困っているのが丸わかりの、丁重な軟禁だった。
毒を見抜いたよそ者の女。疑うには役に立ちすぎ、信じるには素性が知れない。騎士たちの困惑した顔を思い出し、私は茶を一口飲んだ。毒は、入っていない。
三日後、鼠は死んだ。
私の言った通り、三日目の朝に心臓が止まったのだと、報せに来た年配の侍女が硬い声で告げた。銀髪をきっちりと結い上げた、背筋の伸びた人だった。家政婦長のベルタと名乗った彼女は、私を値踏みするように長く見つめてから、口を開いた。
「旦那様がお呼びです。その前に――一つだけ、お聞かせ願えますか」
「何でしょう」
「あなたは、どちら側の方ですか。毒を見抜く目は、毒を盛る側にも要りようのものです」
まっすぐな問いだった。ごまかしを許さない、この城の空気そのものみたいな。私はカップを置いて、同じだけまっすぐに答えた。
「盛る側なら、囮の毒ごと黙って見送っています。あの場で口を出したのは、目の前で人が死ぬのを黙って見られない、ただの性分です」
ベルタさんは瞬きもせず私を見て、それから、ほんのわずかに目元を緩めた。
「……こちらへ。それと、これは老婆心ですが」
廊下を先導しながら、彼女は前を向いたまま言った。
「旦那様は口数の少ない方です。無礼と思わず、言葉の足りない分は察して差し上げてください」
執務室のジークハルト様は、書類の山の向こうから顔も上げずに言った。
「毒見役だ。破格の給金を払う。住み込み、衣食住は城が持つ。返事は」
「……お待ちください。順番が飛んでいます。私はまだ雇ってほしいと申し上げていません」
「三日前、俺の命を救った。腕は証明済みだ。他に何が要る」
「私の側の事情です。私は王都から流れてきた、身元の保証もないよそ者ですよ」
「知っている。ドニ商会に照会した。街道で商人を救い、井戸の毒を暴き、孤児を拾った。悪人の経歴ではないな」
調べは済んでいたらしい。私が黙ると、ジークハルト様は初めて書類から目を上げた。灰色の瞳が、燭台の火を映して揺れる。
「即答できないなら、理由を聞こう」
「……毒見役は、命を懸けるお仕事です。引き受けるなら、生半可な覚悟ではお受けできません。一晩、考えさせてください」
沈黙が落ちた。やがて彼は「明朝までだ」とだけ言って、視線を書類に戻した。
客間への帰り道、私はベルタさんに尋ねた。どうして辺境伯ともあろう方が、素性の知れない女をここまで急いで囲うのか、と。ベルタさんは長く黙り、それから廊下の窓の外――月に照らされた古い礼拝堂を見て、静かに言った。
「十年前、この城で、先代様ご一家が毒殺されました。晩餐の席で、旦那様のご両親と、まだ幼かった妹君までも。あの日、熱を出して食事を抜いた旦那様お一人だけが、生き残られたのです」
息が止まった。
「下手人は捕まりました。ですが、雇い主の名は吐かぬまま獄中で死にました。舌を、毒で焼かれて」
毒を扱う者を、毒で封じる。手口の冷たさに、背筋が粟立った。
「以来、旦那様は誰の作った食事も、心から信じたことがございません。あの方にとって食事とは、味わうものではなく――毎晩の、賭けなのです」
窓の外、礼拝堂の裏手の丘に、三つの墓標が寄り添っているのが見えた。
あの人は十年間、毎晩あの席で、死ぬかもしれない皿を前に一人で座り続けてきたのか。
一晩考えるつもりだった答えが、もう半分、決まりかけていた。




