第5話
王都を発って七日目、馬車はついにガルドの街に着いた。
辺境と聞いて寂れた村を想像していたら、いい意味で裏切られた。鉱山から下りてくる荷馬車、威勢のいい市場の呼び声、石造りの家々から立ち上る煙。王都のような優雅さはないが、その分、街全体が生きて働いている匂いがした。
問題は、私の職探しだった。
「薬師見習い? 女の? 冗談だろ」
「よそ者に薬なんか任せられるか。うちの客が死んだらどうする」
「王都から来ただって? ますます胡散臭いね」
街に三軒ある薬屋を回って、三軒とも門前払い。宿屋の下働きも、診療所の雑用も駄目だった。辺境の人々は気さくだが、その信用は身内にしか向かない。よそ者は、まず疑ってかかるのが流儀らしい。
五日もすると、路銀は底が見え始めた。安宿を引き払い、パンを一日一つに切り詰める。聖女様が聞いて呆れる、と自分で自分に苦笑した。それでも不思議と、王都にいた頃より心は軽かった。
その夕暮れ、私は路地裏で、うずくまる小さな影を見つけた。
「……ねえ、あなた。大丈夫?」
十歳ほどの男の子だった。ぼろの外套、汚れた頬、そして触れた額は火のように熱い。周りの大人たちは目を逸らして通り過ぎていく。誰かの囁きが聞こえた。孤児のトマだ、また熱病か、関わるとうつるよ。
熱病。最近この界隈で流行っているという。私は少年の目蓋をそっと開き、舌を見て、脈を取った。
――違う。
これは病じゃない。熱の出方も、皮膚に散った薄い斑点も、病のそれではない。もっと嫌なもの。ゆっくりと、少しずつ体に溜め込まれた類の――。
「毒……?」
考えるより先に、体が動いていた。少年を背負い、なけなしの銅貨で木賃宿の一室を借りる。井戸の水を汲もうとして、私は手を止めた。念のため、桶の水を視る。
視えた。水の底に、鈍い色をした澱のような気配。鉱山の古い毒が、ごく薄く溶け込んでいる。健康な大人なら何年も気づかない濃度。けれど痩せた子供が毎日飲めば、確実に体を蝕む濃さだった。
「そういうこと……」
熱病なんかじゃない。この界隈の井戸が、毒を含んでいるのだ。
私は宿の水瓶の水を一度すべて掌に受け、力を通して澱を消した。それから買い置きの薬草で解毒の煎じ薬を作り、匙で少しずつ少年に飲ませる。一晩中、額の布を替え続けた。
夜明け前、少年がうっすらと目を開けた。
「……ここ、天国?」
「残念ながら木賃宿よ。おはよう、トマ。お水、飲める?」
「なんで、俺の名前……てか、あんた誰?」
「ミレイユ。薬師見習い。あなたの熱の理由を知ってる者」
トマは椀の水を一口飲み、それから驚いたように目を見開いた。
「……水が、甘い」
「毒がないと、水は甘いのよ」
その言葉に、トマはしばらくきょとんとして、それから急に顔をくしゃくしゃにした。聞けば、両親を早くに亡くし、市場の使い走りで日銭を稼いでいるという。熱が出ても寝床で丸まって耐えるしかなかったのだと、なんでもないことのように笑う。その細い手首を見て、私は胸の奥が軋むのを感じた。腹が減った、と小さな声が言う。私は残り最後のパンを差し出しながら、考えていた。
あの井戸を放ってはおけない。トマのような子が、この界隈にはまだ何人もいるはずだ。でも、着いたばかりのよそ者の小娘が「井戸に毒が」と騒いだところで、いったい誰が信じるだろう。
窓の外が白み始める。パンにかぶりつくトマの頭越しに、私は街の向こうの丘を見た。朝焼けの中、辺境伯の城の影が、静かにそびえていた。




